第9話

 ポロイの駐屯基地はこの国最大の軍事施設であり都市である。故に敷地内にありとあらゆる商業施設が設けられていて、一つの軍事都市として経済が成り立っていた。


 特に最上階にある部屋から窓の外を眺めると豊かな自然が一望できる。あそこの見えるのはここから五キロほど離れたところのある田舎町ローズタウンである。


 多くの生徒の下宿先であり職人の集まるこの町は義理と人情と伝統あふれるところだ。


「空から眺めてましたが、綺麗なところですね」


 ヴィンズは地下の尋問室に着くなりリアムに声をかけた。


「おい勝手にしゃべるな魔術師」


 強気に言った若い兵士の声は震えている。無理もない口先だけで詠唱すれば人を傷つけることができる魔術師だ。


 しかも自分の目の前にいる連邦の男は一級魔術師。最悪の場合抵抗できずに殺させることだってあるのだ。


「怖がらないでほらあなた方がつけた手錠はしっかりついてますよ」


 ヴィンズはそんな若い兵士をまるでいきがってしまった哀れな学生を眺めるように嘲笑する。


「き、貴様ぁ!」


「やめないか、彼に殺意はない。落ち着けみっともない」


 リアムは兵士をなだめた。周囲を見渡しため息を吐く。


 ――まったく仕方ないな。


 リアムはまず部下の非礼を謝るとヴィンズは少し驚いた顔をしたが気にしていないとこちらを気遣った。 


「ここの土地は連邦の侵攻を受けなかったからですよ。でも地上戦になった地域もある」


「知ってますよ、パスツール上陸作戦の成功は我が軍の悲願で、そこでたくさんの仲間を失った」


 リアムは机の下で静かに拳を握りしめる。身勝手に涙ぐむヴィンズの顔に一発かましてやりたかった。


「大佐何か飲まれますか?」


「いただけるなら」


「アイスコーヒーお好きですか?」 


「えぇ」


「わかりました。おい大佐の拘束をとけ」


 リアムは若い兵士に命令する。


 しかし彼らは返事をしたあとで顔を合わせて、わかりやすく顔をしかめた。


「別にお構いなく」


 そう言うとヴィンズは差し出されたコップを見つめて東側諸国の言葉で何かをつぶやく。


 するとコップは青色のオーラを纏いながら宙に浮き始めヴィンズの口元でとまった。


 一口だけ飲んでから拘束された手で涙を拭った。


「お見苦しいところを申し訳ない。あなた方もたくさんの仲間を失ったはず……」


「それはお互い様です。それが戦争ですから」


 続けようとしたヴィンズの言葉をリアムは止めた。


 二人が座る席の後ろには下仕官クラスの軍人がその様子を監視していた。


「しかし大変ですね、どこの兵士も。私は丸腰なのにあんなに気を張って」


 ヴィンスは警戒する兵士を見渡しながら皮肉交じりにこたえる。


「魔法なんて言う理屈がわからない力を使うあなたを警戒しない兵士はいませんよ」


 ムッとした若い兵士をリアムは手をあげて再び制しさせる。


「大佐あなたの目的はなんだ? どうして連邦を裏切る真似をしたのです?」


 端的に尋ねた質問にヴィンズは天井を見上げ、しばしの沈黙の後呆れたように笑った。


「……中尉、あなたに妻はいますか?」


「いえ」


「では恋人は?」


「……いえ」


「そうですか、それは幸運ですね」


「何が言いたいのです?」


「いえ別に、ただ早い話が最愛の女に愛想をつかしましてね」


「ふざけてますか?」


「滅相もない、ここからは個人的な愚痴になってしまいますが聞きますか?」


「お話しください」


「ありがとうございます。私の祖国は平等主義を掲げているのはご存じですか?」


「もちろん、すべての人民は国から与えられた仕事をこなし、その成果をすべての人民で分け与えることでしょう」


「ご名答。ただそれだけではちと言葉不足……私たちの国家では魔法や魔術が継承されてきました。その名残で魔力は人間だれしも持つ能力であり、個人によって差はあれど特定の人間が魔法や魔術を独占することは許されていない。その思想の元、土地・金・道具の管理は国家が受け持つ。資本家と労働者という階級対立をなくし、すべての人々を魔術師と定義して平等な社会をつくろうとする素晴らしい社会構造だ。サラリーマンであろうが、街の肉屋であろうが、エンターテイナーであろうが支給される賃金は同じ。ただし将校の軍人は違うのですよ。実際彼らの数十倍以上の富を得ている」


「ほう」


 淡々と答えるヴィンズの言葉にリアムは興味をそそられる。

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