20 偶然、そして知らない人

 最近……、春川さんが積極的になった。

 いや、同居を始めた頃から積極的だったけど、なんか……以前とちょっと違うっていうか。気のせいかもしれない。そう、気のせいだ。あの春川さんが、自分の気持ちを伝えるようなことなど———。


 やっぱり、今のままで十分……だと思う。

 でも、抱きしめられた時の春川さん……すごく不安そうに見えた。


「確かに……、春川さんが働いているカフェ……ここだよな」


 帰り道、愛莉が今日バイトをしてるから、そっちのケーキを買ってきてって姉ちゃんからラ〇ンがきた。俺も甘いもの嫌いじゃないけど……、春川さんと姉ちゃんはほぼ毎日食べてる……。大丈夫かな? 太るって言ったら、頭殴られるかもしれないから、それは言えなかった。


 でも、実際「太った?」とか聞いてるし。


「それにしても、すごいお店だな。イ〇スタやってる人なら必ずこのカフェ来そう」


 さて、今日は……あいつに挑戦してみようか。


「あれ? 渚くんじゃん。どうしたの?」


 お店に入ってきただけで春川さんの人気を実感する。

 ここにいる男たちさっきからちらっと春川さんを見てたし、彼女に見える人と一緒にいる男も春川さんの方を見ていた。さすが…………。そして、気のせいかもしれないけど、バイトをしている時の笑顔は俺に見せてくれた笑顔と少し違うような気がした。


 まあ、気のせいだろう。


「姉ちゃんにケーキ買ってこいって……言われました」

「えらいね〜。褒めてあげるぅ〜」

「やめてくださいよ〜。子供じゃあるまいし」

「子供だよ〜。ふふっ」

「じゃあ、大人になったのを証明して見せます」

「おお? どうやって?」

「エスプレッソください」


 キメ顔を忘れず、カッコよく注文してみた。

 完璧だぞ、望月渚。


「はい、これ。うちの新メニューだよ。抹茶フラペチーノ、私の奢り」

「えっと……、エスプレッソは……」

「渚くんにエスプレッソは無理だよ〜。あはははっ」

「…………あ、ありがとうございます。春川さん……」


 姉ちゃんにも春川さんにも……、俺は子供だった。悲しいけど、子供だった。

 なんでもいいから成長したのを見せてあげたかったのにな。

 そして、じっと春川さんを見ていた。バイトをしている春川さんも可愛いな。それにこの抹茶フラペチーノも旨いし。


「ねえねえ、可愛いね。彼氏いる?」


 席に着いて十分も経ってないのに、すぐ春川さんに声をかけるヤンキーたち。

 でも、春川さんもそれに慣れているように見えた。

 さりげなく「はい」と答えた後、俺の方を見て笑みを浮かべる。仕事場では意外としっかりしていて、ホッとした。そういえば、春川さんは物事をはっきりと言わない性格だったから姉ちゃんにいつも怒られてたよな。


 でも、今は全然違う。

 やっぱり、姉ちゃんに怒られると変わるんだ。


「で、めっちゃ声かけられてるし。人気者だな。春川さん……」


 そのまま春川さんのバイトが終わるまで待つことにした。時間もあるしな。

 もし、変なやつに声をかけられたら一言言ってあげよう。「それは、俺の女だ!」とか! んなこと起こるわけないよな。


「…………」

「お疲れ様でした! 渚くん! お待たせ〜」

「はい。行きましょう」

「うん!」


 ……


 春川さんと一緒に帰るのは少し不思議だった。

 大雨の日は傘がなかったから仕方がなかったけど、これは……俺の意思だ。一緒に帰りたかったから、春川さんを待っていた。学校であったことをいろいろ話して、楽しい時間を過ごす二人。いつもの帰り道と全然違った。


 それに、手の甲が触れてる。


「で、渚くんはどうして私を待ってくれたの? 先に帰ってもいいのに」

「それは……」


 変な男たちから守ってあげたいとか、言えないよな。

 恥ずかしい。


「た、たまには春川さんと一緒に帰りたかったんで。あはは……」

「そう? ふふっ」

「おお? 久しぶりだね、愛莉。元気だった?」


 後ろから聞こえる男の声、春川さんがその場に立ち止まる。誰だ?

 名前を呼んだのは春川さんの知り合いってこと。

 でも、この反応は……。


「どうしたんだ。どうして、俺を見てくれないんだよ〜。愛莉。何年ぶりだろう。あははは」

「…………声、かけないで。もう関係ないでしょ?」

「うん? あれ? あの愛莉がもう関係ないって、面白いね! いや、愛莉は俺の女だったから関係ないとは言えない。それで、隣のあれはなんだ? 新しい彼氏? 暗いな」


 あれってなんだ。


「行こう、渚くん」

「待って! 愛莉。俺の話は……!」

「その汚い手で春川さんを触るな! 関係ないって言っただろ?」


 あいつの手首を掴んだ。

 マナーがないな、何気なく春川さんを触ろうとするなんて。


「お? マジか、お前……愛莉の彼氏なのか」

「…………」

「答えろ! 愛莉。男ができたのかよ! お前には俺がいるだろ?」

「うるせぇな。人の彼女に大声出すなよ」

「はあ? マジで、彼氏だったのか」

「そうよ。渚くんは私の彼氏だから、あんたと関係ない。二度と私に声かけないで、気持ち悪いから」

「…………」

「…………こいつと別れて俺のところに来い。これは命令だ」

「今の彼氏があんたより優しいし、遥かにカッコいい。そして、私は……あんたの物じゃないから、黙れ」

「…………」


 この人は春川さんの元カレか……。

 すでに別れたように見えるけど、なんで……こんなことを。


「行こう、渚くん」

「は、はい……」


 そう言いながら、舌打ちする男の後ろ姿を見ていた。

 いや、お前は春川さんと似合わない。

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