関東戦記 ― 第二次都道府県大戦 ―

hard(ハルト)少佐

グンマの野望

 和暦一九三三年

グンマ帝国首都・前橋市


「親愛なるグンマ国民の諸君。本年十月二八日――諸君らが望み、闘争の末に勝ち取った、挙国一致の新政権が樹立された。」


 前橋国会議事堂より、三十五の市町村へ向けた言葉が放送される。

 グンマ帝国・新首相――安藤仁志あんどうひとしは、その壇上にて就任演説を行う。雄弁かつ獰猛な眼差しを持ち、グンマ人の心の底に眠る愛国心を揺さぶる言葉は、この男をその二百万人の頂点に押し上げた。


「私がこの場に立てるのは、二百万のグンマ人による運動の賜物であると確信している。――そこで今一度、我々の闘争の目的を思い返してほしい! ……我々の目的はなんだ。」

「「「偉大なるグンマを創造する!」」」

「その通りだ! そして諸君らは今日この時、その第一歩を成し遂げたのだ!」


 意気揚々とした発言。身振り手振りと言葉に釣られて、多くの聴衆が声を上げた。


「我が帝国は北関東の地にて、〈トチギ〉や〈イバラキ〉、延いては〈サイタマ〉に負けず劣らず……ただ邁進してきたはずだ。しかし、グンマは世界の影に埋もれてしまっている! ――何故だ⁉」


 問いの直後、一瞬の静寂。一秒未満の間隙に、すかさず言葉を入れた。


「それは、我々に海が無いから――関東諸国はそう言った! そして、我々グンマ人の地位を堕としたのである!」


 歓声と共に、弁論が熱を帯びる。演説全体では序盤の言葉であるが、そこに感じられる抑揚が聴衆を駆り立てた。

 静寂によってトーンを下げ、そこから差が出る熱弁。抑揚を利用した大衆煽動術。


「……思い返すのだ。グンマがこれまで、どのような扱いを受けてきたのかを! ――グンマには黒人の先住民が住んでいるだの、成人式には槍で戦うだの、好き放題言ってネタにするのだ!」

「そうだべ!」

「海が無い、空港無い、何も無い、あっても草津温泉! 関東諸国だけではない、他の日本人も皆そう言う! ……貴様らにグンマの何がわかる、我々にしか知りえない魅力がある、何もないはずがない! 私は若かりし頃から、この鬱憤を感じ続けてきた。そして今、その怒りを政治の場で開放する時が来たのである――グンマ人の代表として!」

「いいぞー!」 「草津温泉だっていいじゃないか!」


 怒りが露になる演説は、民族意識という潜在的団結を呼び覚ます。

 卑下された過去。土地を、郷土を、祖国に対して「何も無い」という、これ以上ないほどの侮辱をぶつけられた時代。積み重なった記憶が、彼らの中で山となる。


「何が〈魅力度ランキング〉だ、何が〈住みたい国ランキング〉だ……私が首相の座に就いたからには、そのような時代は終わったも同然だ。これよりグンマは進化する! 我々を見下した愚かなる者どもが、白目を剥いてひっくり返るような時代が来るだろう!」


 彼は拳を握りしめる。それは、新しく強いグンマの誕生を表すかのような、たくましい姿勢。「鉄槌を下す」とでも言わんばかりに、その拳を振り下ろした。


「海が無いだと? 我々には素晴らしき文化がある、誇りがある、そして勝機がある! 赤城山のようにそびえ立つグンマの魂が、諸君らの活力となるだろう!」


 その迫力に、歓声が息を呑む声に代わる。


「グンマ人よ、立て……その魂を栄光に変えて! 帝国は、諸君らの力を欲しているのだ! ――グンマ帝国、万歳!」

「ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい……」


 国会議事堂を飛び越え、前橋市の夜空に木霊する万歳三唱。拍手喝采。

関東国家に広がる大戦の火は、この瞬間に熱を得るのだった。



 



 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る