王太女編
1 聖女にして王太女
――おにいちゃんがまもってあげるからね!!!!!
な~~~~んて、純粋に思ってた時もあったんですけどね。
一年に一度、祈りと魔力を女神に捧げる神事の日。
俺は中央神殿の奥の祭壇、月の女神が宿ると言われる黄金の鐘に、魔力を奉納しながら白目を剥きたい気分になっていた。
(ハァ~~~~)
しんと張り詰めたような空気で満ちた拝殿は、壁も床も全てが白で統一されている。
中央神殿の高潔で冴え冴えとしたうつくしさが、溜息一つでさえも許さないような緊張感を孕んでいるのは常のことで、奉納の儀式の最中、微動だにしない神官・巫女たちは、その光景に溶け込んでいるかのようだ。
(どうしてあんなふうになっちゃったかなあ)
アンベール伯爵家から助け出して、義妹にした時は、あんなに素直で可愛くて、喜びも悲しみも顔に出て、わかりやすかったのに。
――シャルロットを引き取ってから、十年近く。
十九歳となり、亡き兄王子アーダルベルトに代わり立太子された俺は、いまやすっかり立派な『聖女』でもあり――
「月の神子様はこの度もつつがなくお役目を果たされました」
「我らが女神のいとし子よ、これにてまた一年、この大地は女神の加護を賜るでしょう」
祭壇から降りれば、神殿に仕える巫女と神官が跪いて俺を迎える。――今日も今日とて凄まじいまでの居たたまれなさを感じながら、俺は愛想笑いを浮かべて「ようございました」「ご苦労様です」などとお座なりに応じておいた。
しかし、寄せられる賞賛も感謝も、素直に受け取れるわけがない。
なにせ、俺はニセの聖女なんだからな。
(結局、自分が『真の聖女である』と国民を偽って、こんなふうに魔力を奉納してる)
中身があの性悪王女でないというのに――結局、ヒロインであるシャルロットから魔力を奪い、彼女の立場を奪い、いまだ『真の聖女』を名乗っている空前絶後のクソ野郎なのだから。
「お義姉様」
「シャルロット……」
「お待ちしておりました。お役目、お疲れ様でございます。さあ、どうぞ馬車の中へ」
神殿を出ると、豪奢な仕立の二頭立て馬車が止まっており、そのそばには月の神子の側仕えとしての装いをしたシャルロットがいつもの微笑を浮かべて立っていた。
(ねえそれどういう気持ちの顔?)
何を考えているのかわからなくて怖い。
もしも、「お前、ちゃんと自分の立場、わかってんだろうな?」という笑みだったらどうしよう。たぐいまれな美少女の微笑みなんてご褒美が、恐怖の対象でしかなくなってしまっているのがツラい。
(そもそも俺がいまだに『真の聖女』装ってるのにも紆余曲折あったけど……)
「お義姉様? いかがされました?」
「――いいえ、なんでもないわ。ありがとう、シャルロット」
「とんでもございません、お義姉様」
シャルロットが先に馬車の中へ入り、手を差し出してくれる。その手を取って馬車に乗れば、ヒロインは頬を染めてふわりと笑う。……何? 何かおかしいことあった、今?
ビロードの張られた座席に腰掛けると、ほどなくして馬車が動き出した。大型とは言えないが、揺れにくい工夫がされているこの馬車ならば、道が舗装されていることもあってほとんど振動を感じない。
「お義姉様、先程からお顔の色が優れないようですが。大丈夫ですか?」
「ええ……、その、シャルロット。あのね」
馬車は振動を感じにくいとはいえ、そこそこの環境音はある。誰にも聞かれないことを望むなら、ここで言ってしまった方がいいと、俺は口を開いた。
「もう……こんなこと、やめにしない?」
――真の聖女の正体を公表しようよ。
言外にそう含ませると、シャルロットは眉尻を下げて困ったように笑った。
「いけません、お義姉様。外でそのようなことを口になさっては」
「誰にも聞こえないわ。あのね、シャルロット。わたしが今受けている賛辞は、本来なら全てあなたが受けるべきものなのよ。それを……」
「いいえ。わたしは魔力の扱いにおいて、才能がありません。魔力を奉納しようとしたときに、調節を誤っては何をしてしまうか。……ですから、魔力操作にも、魔術にも長けたお義姉様にわたしの力を使っていただき、お義姉様が聖女として尊ばれば、わたしはそれで幸せなのです」
わたしの役目を押し付けてしまって、それは大変申し訳なく思いますが――と、シャルロットは続ける。……別に俺は、聖女の役割そのものを辛いと思ったことはないので、それは構わない。政で多忙な王族もしくは高位貴族から聖女が出た場合、その仕事は基本的にただ神殿に足を運んで祭壇に魔力を奉納するだけだ。
(辛いことがあるとすれば、義妹のものである栄誉を不当に掠め取っていることだ)
――そう。
俺が『真の聖女』になってしまった経緯は、原作とは少し違う。
原作では王女が王家に伝わる魔法の宝玉(正式名称は「ディアテミス=アエロリット」というらしいが長くて覚えられない)を使って彼女から魔力を奪い、「わたしの功績としてしまったほうがわたしに恩あるあなたも幸せよね?」と、我慢を強いていた。
しかし、「こちら」では違う。
(そもそも魔力を渡すから聖女になってくれって言い出したの、シャルロットの方なんだよな……)
俺は三年前、すべての始まりを回想する。
――原作と同じように、十五歳の誕生日、シャルロットは聖女に選ばれた。
マルガレータ様が亡くなったことを悼みながら、俺は大いに喜んだ。シャルロットが聖女であるということ、これをつつがなく発表し、中央神殿に彼女が正式に聖女と認められれば、ようやく破滅の恐怖から解放されると。
『素晴らしいわ、シャルロット! これであなたは月の神子、聖女よ。聖女に選ばれることはとても名誉なことなのよ。羨ましいくらいだわ』
『う、羨ましい、ですか……?』
驚いたような顔をする義妹に、俺はにっこり笑ってみせた。非常に上機嫌に。
『ええ、早速明日にでも発表して、お祝いしましょう。あなたはわたしの、この国の誇りだわ。あんな……あんな辛い目に遭っていたあなたが、いまや国で一番の名誉を得る存在になったなんて。これぞ、禍福は糾える縄の如しね』
『そんな、福は、お義姉様の妹になれた時に十分……。っそれに、あの、国一番の名誉、というのは、まさかお義姉様よりも……?』
なぜか顔を青ざめさせたシャルロットに、一瞬「ん?」と首を傾げながらも、俺は頷いた――シャルロットは優しい子だ。そしてとても謙虚で純粋。だからきっと青ざめたのも、大きな栄誉と聞いて困ってしまったからなんだと思った。
『そうよ、月の神子は、なんといっても女神のいとし子ですもの。王太女であるわたしよりも、当然称えられるわ。喜ばしいわね。……まあ、将来わたしたちが女王と月の神子になったら、もう軽々しく姉、妹と呼び合えなくなるから、それは寂しいけれど……』
『……ッ』
この時点で、聖女に選ばれた緊張でか、顔を真っ青にしていたシャルロットは、『覚悟を決めるので数日時間をください』と言って自室に籠もった。
そうだ。魔国と組んで祖国を滅ぼした豪胆聖女も、もともとは心の繊細な子なのだ。俺は温かく待つことにした。
しかしその数日後、なぜか彼女はこんなことを言い出したのである。
『魔力が、魔力がなぜか突然うまく扱えなくなってしまったのです! 聖女になって、いざという時に力を暴走させてしまったら取り返しがつきません! どうかお義姉様がわたしの代わりに聖女の座に就き、この国を救ってくださいませんか……⁉』
『はい????』
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