11 君だけの魔法使い

  *




 宰相の進言のおかげで、シャルロットを王の養女、つまりは自分の義妹にする許可はすぐに下りた。


 問題は、シャルロットを養女にすることが命令ではなく許可であったことだ。つまり、『伯爵家の合意を得る』ことが必要となる。


(にしてもな〜〜〜〜)


 かの伯爵家で発言権が最も強いのは当主ではなく正妻だったはずだ。当主である伯爵は、妻の許可なく平民の愛妾を作った手前、夫人に強く出られなかったんだよな、確か。だからシャルロットを放置した。

 あの夫人が自分の実の娘二人を差し置いて、妾の娘が王女になることを許すだろうか。


「……よし」


 毒喰らわば皿までだ。

 せっかく協力していただいたのだ、宰相閣下には最後まで付き合ってもらおう。

 



「――ようこそいらっしゃいました、公爵閣下」


 そして、春。


 アンベール伯爵邸正門前にて、屋敷を訪れた宰相を出迎えたのは、堂々とした美しい立ち姿の女性だった。勝ち気そうに吊り上がった瞳は、気の弱い人が見ればたじたじになりそうな光を秘めている。出迎えがないということは、伯爵は仕事で屋敷にいないのだろう。それとも公爵の来訪に逃げ出したか。


 ……それにしてもこの女がアンベール伯爵夫人か。

 なるほど、ヒロインを虐める婦人らしい顔立ちをしている。


「出迎えありがとう、伯爵夫人。突然の訪問、驚いたことでしょう」

「いいえ、とんでもございませんわ。確か、もう一人後から来られるとか? ささ、中へ。その方をお待ちしながら、お茶でもいかがでしょうか」

「ええ、すみません」


 頷いた宰相が、さりげなくこちらに視線を寄越す。すかさず頷くと、俺は正門が閉じられる前に敷地内へ飛び込んだ。

 俺が無事に中に入れたことを確認した宰相が、よし、というように頷く。


「閣下? いかがなさいまして?」

「ああ、失礼、夫人。ここの花々に見惚れてしまってね。素晴らしい庭園です」

「まあ、ありがとう存じます。この庭の植物はわたくしが選んだんですのよ」


 宰相と談笑しながら中に入っていく夫人の目には、俺は写っていないようだ。


 ――当然だな。

 今俺は宰相の魔術によって、他人に姿を見られない状態なんだから。


 幼い頃から魔術を使っては魔力が無駄に全身に巡って身体に悪い、という理由で俺はまだ習ってはいないが――透明化の魔法なんて便利なものである。

 

 これでシャルロットを探しに行ける。


 どうせ正面から行っても『病で伏せっていて』とかなんとか言ってのらくらとかわされて隠されてしまうんだから、虐待の現場を押さえ、それを利用して強引に養子縁組をしてしまえばいい。

 だからこその隠密魔術。屋敷に人知れず侵入して、虐げられているシャルロットを見つける。それが俺のやるべきこと。


 懇願して俺がシャルロットを見つけ出す役目を負わせてもらったのだ――将来の姉が助け出した方がのちのちの印象がよかろう、と。


『あなたは可愛らしいお顔をして意外と策士だ』な〜んて、宰相様は苦笑顔で言っていたが、仕方がないじゃないか。打算で命と国が助かるなら安いものだろうよ。そんなこと青天白日な宰相閣下にはとても言えないけどな!


(しっかし立派な屋敷だな……掃除も隅々まで行き届いてるし)


 歩き回れどシャルロットの姿は見えない。姉二人は多分、夫人と一緒に応対に出てるので――夫人としては娘が宰相の息子に見初められたのだと思い込んでるだろうから――いないが、末娘はどこだ? 私室は屋根裏部屋だったか? なら、そこにいるのだろうか。

 ……確認するったって、女子の部屋、勝手に覗いていいのかな。もし着替えてたりでもしたら……。

 いや待てよ……? 今は俺も女性だから許されるのでは……って、シャルロットまだ九歳だよバカ。


(いや九歳でもダメだろバカ……)


 無意味極まりないことを考えながら屋敷の裏手に周り、そこで人影を見つけた。

 ――水を汲み上げるための手押しポンプ、それにもたれかかって、ぐったり眠る少女。


(古い召使いの服、ひどいクマ、皹だらけの手、細い身体……でも、榛色の髪に、人形みたいに整った顔立ちだ)


 つまり。

 この子が、シャルロットか。


(知識としては知ってたが、酷いもんだな)


 恐らくだが、掃除に使う水を汲んでいる最中に、疲労で寝こけてしまったんだろう。

 痛々しくこけた頬に、思わず、手を伸ばす。そして指の先が触れたその瞬間、目を覚ました彼女は「誰……?」と呟いた。


 ――春の女神のささやきを聞いたのかと思った。

 それほどに、柔らかで可愛らしい声だった。


(うわ……)


 瞼を開け、アメジストの目が露になったその瞬間、彼女は凄まじいほどの美少女であると、俺は改めて理解させられた。痩せていてもなお愛くるしく、痛々しささえ儚さを演出する美貌。


 ――原作で、ディアナがシャルロットの美しさに嫉妬していたわけだ。


 天使のように愛らしいと褒めそやされてきた王女ディアナは、事実として愛らしかったし、自分よりも美しい女を見たことがなかった。……そんな彼女が、自分より愛らしく美しい少女を見て、妬むのも無理はない。


(すっげー、可愛い……)


 こんなん男なら誰だって落ちる。

 潜入中だった魔族太子アインハードがこの子に落ちたのも納得だ。



「――【明らかにせよアンヴェイル】」



 透明化の魔術を解術する呪文を唱え、俺は彼女の前に立った。その呪文は奇しくも、シャルロットの家名によく似た発音だった。

 突然目の前に現れた俺に、シャルロットが目を見開く。


「シャルロット・アンベール?」

「あ、あな、あなたは……」


 驚きで口を開閉させるシャルロットに、俺は思わずくすりと小さく笑った。間抜けな顔だ、それでも可愛い。さすがは生まれついてのヒロインだ。

 


「――初めまして灰被り姫シンデレラ

 わたしはあなたの、あなただけの魔法使いよ」

 


 あなたを助けに来たの。

 

 俺は込み上げてくる笑いを誤魔化してから――おとぎ話のフェアリーゴッドマザーのように、陽気に、そして優雅に微笑むと、美貌の少女に手を差し伸べた。

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