片付け終えるまでが旅行です
「何これ。海?」
私のスマホが、彼の手に弄ばれている。汚れを落とすためのシャワーを終え、湯冷めに急ぎゆく肌を、暖房モードのエアコンが慰めた。
「うん。エモいでしょ」
画面に映し出されているのは、波打ち際で夕焼けと向かい合う、ワンピース姿の私である。橙色の逆光が眩しくて、ほとんどシルエットでしか捉えられていない。
「可愛い顔が見えないよ」
「急に行きたくなって。先週、遠出をしたの」
「言ってくれれば、車出したのに」
引き寄せるために抱かれた肩口へ、鈍い痛みが走る。青紫の痣は、先の行為で生まれたばかりだ。私の身体には、似たような痕がいくつもある。煙草の火口を押し付けられた焦げ跡も、背中に多くあるはずだ。
「次はお願いするね」
「そうして」
満足げに口付け、そのまま押し倒してきた彼のせいで、浴びたシャワーが無駄になる。
——次なんて、あるものか。
愚鈍な君は察せない。観光シーズンを過ぎた冬の海に、奇遇なシャッター係は望めないことを。
一人旅だなんて、私は一言も口にしなかった。
シャワーの後、密やかに開けておいた玄関から、男が一人やってくる。旅行先でカメラマンを務めた彼は、家主が首を捻る前に、新品の包丁を振り下ろした。
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