500字未満の掌編集

翠雪

気が付かなかったかと言われても

「実は僕、人間じゃないんだ」

「奇遇だな。俺もだよ」


 何度も何度も練習した、一世一代の告白だった。


 大学の空きコマにたびたび足を運ぶ、若い夫婦が営むカフェの窓際に、彼と僕は向き合う形で座っている。真面目な懺悔があまりに軽く躱されて、思わず呆気に取られていると、口が乾くぞ、と嗜められてしまう。


「あだ名のことじゃなくてさ」

「分かってる」


 外見上の特徴に起因して、僕たちは周りから「天使と悪魔」と呼ばれている。アルビノの僕が「天使」で、翠眼の彼が「悪魔」だ。


——本当は、僕の翼こそ黒いのに。


「からかわないで。真剣なんだから」


 皮肉屋の彼は、マグカップに注がれたブラックコーヒーで喉を潤した。片眉を上げ、飲み口に唇をつけたまま、視線だけをこちらに向けてくる。きっと、己の赤い虹彩には、凪いだ表情の青年が投影されているのだろう。紅茶が揺れる手元のカップに視線を落としても、悪魔は水鏡に映らない。


「証拠ならある」


 見るか? そう言われてしまったら、顔を上げるに決まってる。


「ほら」


 メニューの品名へ指先をあてるように、彼は頭上の証拠を叩いてみせる。それは紛れもなく、天使にのみ掲げることを許された光の輪だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る