リアル
sui
リアル
リアル
当たり前の一日だった。
本当に、普通としか言いようがないその日。
「あっ」
「何だよ」
たまたま揃った俺と友達と、部屋の中でギターを弄る。
ただの暇潰し。
平凡な人生に少しだけ不満を感じたり、どうでもいい笑い話を共有するだけが目的の些細な会合。
会話の合間にスマートフォンを弄り出した友達が小さく声を上げた。
「これ、×××の家じゃねぇ?」
「は?」
型に嵌まったようなニュースの内容が少しばかり友達の意識に引っかかり止まった。
続きを眺めていれば、聞いた事のある地名。そこで浮かび上がる一人の顔と名前。
「だって俺知ってるし」
見覚えがあるらしい建物にそわそわと落ち着きを失う友達。
「えー、どうしよ。一応聞いとこうかな」
画面の向こうにパトカー。リアルタイムで映されているらしいそれに物々しさを感じはしたが、嫌な感じも予感もない、どこまでも他人事にしか思えない。
まさかそんな。
馬鹿馬鹿しい。
杞憂だろう。
大体友達程度の人間に、この場から一体何が出来ると言うのか。
「良いと思うけど、あんま変な噂になる事はするなよ」
こんなニュースになるような事に知り合いが関わっている訳がない。精々『実は周りでこんな事があって~』という話になって終わるだけだろう。寧ろそんな状況なら、連絡をする方が迷惑かも知れない。だから静かにしていた方が賢い。
そう思っていたんだ。
「あいつ、あそこに居たって」
「……マジかよ」
世の中では次から次へと事件が起こる。
僅かな報道の後、音沙汰のなかった中身を身内話が補強する。
×××は死んだらしい。
本当の所、あいつを友達と言っていいのか分からない。こちらは友達だと思っていたいが現実を見れば精々が知り合い、あいつにすれば何度か顔を合わせた事がある他人かも知れない。
ある日友達が友達として連れて来た。全員、趣味の方向が同じだったから繋ぎになった友達が纏めて声をかけてくれて、時々遊びに出掛けたりした。
×××は普通の人間だった。でもはっきり言って凄かった。
その時、明らかに誰よりも抜きん出ていると感じた。何でそんな風に出来るのか理解するのが難しい、そういうレベルのヤツだった。
あんまりにも上手いから、そもそも声をかけるという事がしにくかった。時に軽々しくそいつを扱う友達を少しばかり無神経なヤツだと思った事すらある。
ウマが合うという程でもない。ただこちらがふざけて見せれば向こうはヘラヘラ笑ってくれた。
調子に乗ってあんまりにもやり過ぎるとどうして良いのか分からない、というような顔をされたし一つの趣味以外ではまるで接点がなく、個別に誘える用事もない。隣り合って座ってみれば向こうの話が理解出来ずに放置されたりという事も多々あった。
けれども間にいた友達がそいつの話をしていたから、何となく聞き知った話が増えて、親しい気分でいられた。
それがある日、どこかへ引っ越すという話を聞いた。
才能ある誰かに誘われて、本気でプロを目指すらしい。
それについて当人と会話した訳ではない。だから「ああ、そうか」と思っただけで終わり。
その時に友達扱いするのは止めた。
素直に言えば少しだけ癪に障った。ハブられたのではないと分かってる。ただ自分が外側の人間だと思い知らされて、自尊心が傷付いただけ。
そんな悔しさが何となく、自分も将来あいつと同じ道に乗っかれたとして、そうしたらその時あいつの前に顔を出してやろうと、そんな気分にさせただけ。
結局、努力をしたつもりでいても芽なんかロクに出ない。自分に才能がないとは微塵も思っていないけれど、上手くやれているとも思えない。あいつのようにはどうしてもなれない。
どこかで流れた音楽。
風の噂であいつが作ったのだと知った。
広くて大きな世界に出てしまえば、それはあり触れた一曲でしかなかった。
けれどもそこにあいつはいるんだと、そう思った。
友達は葬儀へ行って泣き喚いてきたらしい。
本当はその輪に入りたくもあった。けれども仲間ではなかったから、迷惑な気がして出来なかった。
あれから何となく、友達同士で集まる回数は減った。そもそも自分が行かなくなった。
それから時は進んで周囲はどんどん大人になり、自分は取り繕いばかりが上手くなって、けれども未だに後ろを見ながら、ただの趣味みたいな顔をしてギターに触れ続けている。
なぁ。お前、俺を見ていただろう?どう思った?
聞けもしなかった質問に、答えは一生返らない。
リアル sui @n-y-s-su
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