第21話 最終ゲーム②
モナークさまは急に全員不合格を言い渡した。私たちは驚いて彼を見つめる。
「……理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」
私が絞り出すように言うと、モナークさまは淡々と答える。
「さっきは花嫁ゲームで一番恐れていることを聞いたが、君たちは自分のことばかりを考えていた。なぜ自分が花嫁になりたいのか? なぜ自分は幸せになれると思ったのか? それを考える前に、自分が他人に対して何ができるかを考えるべきだった」
「……っ!」
私たちは思わず息を呑んだ。図星を突かれた気がしたからだ。
確かに私たちは自分のことしか考えていなかった……。
「君たちは自分が幸せしか考えていない。だから、他人を愛することができないんだ」
モナークさまはそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。そして私たちを見下ろすように見る。彼の視線に射抜かれて、私は動けなくなってしまう。
「君たちは他人を愛することができない。だから、私の花嫁になる資格はない」
このままではいけない。不合格では待っているのは死だ。私は必死に考えを巡らせる。
すると、ネルが立ち上がった。
「私まで不合格って嘘よね? 自殺志願者が集められて、最終的に私が選ばれるゲームだと言われて参加したのよ!」
ネルは怒りを露わにしてモナークさまに詰め寄る。
自殺志願者? 私はジュラと顔を見合わせる。ジュラも驚いていた。
「そんな約束があったとは知らないな」
モナークさまは首を横に振って、ネルの訴えを否定する。
「だって、あの支配人がそう言っていたわ。だから私は志願したのよ!」
ネルは悔しそうに言った。
名指しされた支配人にモナークさまは「本当か?」と聞くと、支配人は首を振った。
「いいえ。彼女が勝手に言っているだけですねえ」
「そんな……嘘をつかないで!」
ネルは叫んだが、支配人は怪しい笑みを浮かべながら「滅相もない! 嘘ではありませんよ」と答えた。
彼女が嘘をついているようには見えない。むしろ怪しいのは支配人の方だ。
ネルの言い分が正しかったとしたら、なぜ支配人はネルが勝ち進めるように仕向けたのか?
「確か、第4ゲームの『はなむけの言葉』でネルの友人が手紙を読みましたよね」
私が話し始めると、支配人から「それが何か?」と聞かれた。
「他の人たちはぶっつけ本番だったのに、ネルの友人だけは手紙を準備する時間をもらえたんだなぁと」
私がそう言うと、モナークさまは「何が言いたい?」と聞き返す。
「私が言いたいのは、支配人は最初からネルを花嫁にしたかったんじゃないかということです」
「……ほう」
モナークさまは感心したように言った。
「だって、ネルの友人だけ準備する時間がもらえるなんて、特別扱いもいいところじゃないですか。彼女は支配人にとって都合の良い人物だったんじゃないですか?」
私がそう指摘すると、支配人は「それは……」と口ごもった。モナークさまは私に向かって言った。
「なかなか面白い推理だな」
モナークさまはそう言うと、ソファに深く腰掛けた。
「第4ゲームの『はなむけの言葉』でネルの友人が手紙を読み上げたとき、君は何かに気付いたようだったな」
モナークさまの言葉に私は頷いた。
「あのときのネルは明らかに様子がおかしかったんです。だからもしかして……と思いました」
そして私はネルの顔を見た。彼女は青ざめていた。どうやら図星のようだ。モナークさまは「なるほど」と呟いたあと、私に問いかけた。
「それで?」
「え?」
「君はそれがわかったからといって、どうするつもりだ?」
モナークさまは私を見つめながら言った。仮面の奥で光る彼の瞳が私を捉えているのがわかる。
「それは……」
「支配人による不正があったとしても、全員不合格の事実は変えようがない」
私の期待が外れたことを悟った。支配人の不正を立証できたところで、このゲームの無効を主張できないようだ。
スカートをギュッと掴むと、硬い感触があった。
トウコから託されたUSB。これを世の中に出すためには、どうにかして生き延びなくては。
考えがまとまらない中、モナークさまがフッと口元を緩ませた。
「アカネ。俺を楽しませてくれた君には特別にチャンスをやろう」
「……チャンス?」
私が聞き返すと、モナークさまは「そうだ」と言った。そして彼は驚くべきことを言った。
「このゲームで命が助かる方法を教えてあげよう」
「え!?」
私だけでなく、他の参加者たちも驚いていた。ネルが慌ててモナークさまに詰め寄る。
「本当なの!? だったら教えて! 私はどうしても死にたくないの!」
ネルは必死の形相で訴えたが、モナークさまは首を横に振った。
「ネル、君にチャンスはないよ。なぜなら、俺が君を気に入ってないからだ」
モナークさまは冷たく言い放つと、私に向かって話を続けた。
「ゲームで命が助かる方法……それはこの施設でメイドとして働くことだ」
私は言葉を失ってしまった。他の参加者たちも息を吞んでいる。
「花嫁ゲームの失格者として死ぬか、メイドとして働いて生かされるか、どちらがいいかと聞いているんだ」
モナークさまはそう言って笑った。私は彼の口元の笑みを見てゾッとした。彼は本気で言っている。
これは罠だ。甘い言葉に乗っていい事は一つもない。
だったら、どうしたらいい?
「どうした? 返事が聞こえないぞ」
モナークさまが催促してくる。
気持ちは決まった。メイドとして働け? 冗談じゃない。奴隷として働くなんてまっぴらだ。
私は深呼吸をして心を落ち着けた。そしてモナークさまを真っすぐに見つめながら答える。
「私は花嫁になるために来ました。メイドでは嫌です」
「……本当にそれでいいんだな」
「はい。そもそもメイドで甘んじる人は花嫁失格だと思うんです」
私はモナークさまに向かってはっきりと言った。彼は「なるほど」と呟く。
「待ってください! 私はメイドでいいので雇ってください!」
ネルが話に入り込んできた。
「黙れ。君のような人にはチャンスはやらない。処刑されるがいい」
モナークさまはそう言うと、パチンと指を鳴らした。
「痛っ!」
ネルは手をビクンと跳ねさせた。指輪から毒針が刺さったのだ。
瞬く間に毒が体に回ったようで、ネルは口から泡を吹きながら倒れる。
「ネル!!」
ジュラが彼女を抱き起こそうとしたが、モナークさまは冷たく吐き捨てる。
「無駄だ。もう彼女は死んでいる」
私はモナークさまの方を見た。彼は私に向かって問いかける。
「どうする? このままでは全員死ぬだけだぞ?」
「……っ!」
私が悩んでいると、突然ジュラが立ち上がった。
「……私、棄権します」
「ジュラ!?」
私は驚いて彼女に聞き返す。ジュラは私をまっすぐ見つめて言った。
「アカネは生きて」
彼女の綺麗な瞳から大粒の涙が零れているのが見えた。私は胸が締め付けられるような思いになる。
「そんな、ジュラ……棄権しても記憶が消されちゃうんだよ……? 無事に帰してもらえるかもわからないのに……」
「大丈夫。私は記憶が消えても問題ない……と思う。お母さんに会えないだけだから」
ジュラは微笑むと、私に向かってこう言った。
「生きて……トウコの分も」
そう言い残して、ジュラは執事に連れられて部屋から消えた。
ネルも、ジュラも、いなくなってしまった……。残された私は喪失感でいっぱいになった。
けれど、諦める訳にはいかない。亡くなった花嫁候補たちのためにも、探偵としての調査のためにも。
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