第20話 最終ゲーム①

ゲームを始めたばかりの時と比べると、大広間がずいぶん広く感じる。それは……30名もいた参加者が3名まで減ったからだ。

 コトリが棄権したので、残ったのはネルとジュラ、そして私。

 壁を見上げれば、りんごの木のランプは3つしか点灯していなかった。

 

「最終ゲームは、モナークさまとの面接です。私の後に着いてきてください」


 支配人はそう言うと、大広間の出口に向かって歩き始めた。私たちは彼の後に続く。

 

「面接って……何をするの?」

「モナークさまとお話しするだけですよ」


 ジュラの質問に支配人は答える。

 そんなことはわかってるけど……。私は三日月目でニヤッと笑った支配人の横顔をじっと見つめる。

 

「何か問題でもありますか?」

 

 支配人は私の方を見て、感情のこもらない声で聞いた。

 

「いいえ……ただモナークさまはどんな人なのか知りたかっただけです」

 

 私は正直に答えた。彼はフンと鼻で笑うと、また前を向いて歩き出した。

 支配人が向かった先は最上階だった。廊下には等間隔にピカソの絵が飾られている。床は赤い絨毯にツタ模様のカーペットが敷かれていて、歩くたびにハイヒールが柔らかく沈んだ。


 支配人は廊下の突き当たりにある扉の前で止まった。扉には「モナークさまの執務室」と金のプレートに書かれている。

 

「さあ、入りましょう」

 

 そう言って、支配人は扉をノックした。中から返事はないけれど、彼は気にする様子もなく扉を開いた。

 

 部屋の中を見て私は驚いた。そこはホテルのスイートルームのような部屋だった。白い壁紙と赤い絨毯が目を引く。大きなソファとローテーブルが置かれていて、その奥には大きなデスクがある。そして……そこには金色の仮面を付けた男性が座っていた。

 

「モナークさま、花嫁候補を連れてまいりました」

 

 支配人はそう言うと、私たちを部屋の中に通した。私たちはモナークさまの向かい側のソファに並んで座る。彼は足を組んで座っていたが、ゆっくりと口を開いた。仮面の奥から聞こえる声は低く落ち着いていた。

 

「ようこそ、我が花嫁候補たちよ」


 モナークさまはそう言って口の端を少しだけ上げた。彼の顔の上半分は金色の仮面によって隠されていた。黒いタキシードに黒のマントを羽織った姿はまるで西洋の吸血鬼のようだ。仮面のデザインは左目の部分に赤い薔薇が描かれていて、全体的にシンプルだけど、それがより不気味さを引き立てる。


「さっそく面接を始めようか」

 

 モナークさまはそう言うと、私たちを順番に見つめた。彼の視線はネルのところで止まった。彼はネルに向かって質問する。

 

「君はなぜ花嫁になりたいと思った?」

 

 モナークさまはそう言いながら、私たちの表情を探るようにじっと見ていた。私はその異様な雰囲気に呑まれそうになったが、ネルが質問に答えた。


「私は……理想の結婚生活を送りたくて、そのために花嫁になりたかったです」

 

 モナークさまはネルの言葉に「ほぅ……」と声を漏らす。

 

「では、君の理想の結婚生活とはどのようなものだ?」


 モナークさまの問いに、ネルはモジモジとしながらも答える。

 

「えっと……私は家事が好きですし、料理や掃除も苦にならないです。だから一緒に家庭を支えていけるような夫がいいと思ってます」

 

 モナークさまは「そうか」と頷き、次に彼の視線はジュラに向けられた。「君はなぜ花嫁に?」と聞かれて、ジュラは緊張気味に答える。


「私は、自信も運も、何も持っていない女です。でも自分が何者かになりたくて、花嫁候補になりました」

 

 モナークさまは少し考え込んでいる様子だったが、やがて口を開いた。

 

「なるほどな……君の事情はよくわかったよ」

 

 今度は私に質問を振ってきた。


「君はなぜ花嫁になりたいと思った?」

 

 私は背筋を伸ばして答える。


「私は……結婚して、幸せな家庭を築きたいと思っています。そのために花嫁になりたいと思いました」

 

「ほう。それはどんな幸せな家庭だ?」

 

 モナークさまは興味深そうに聞く。

 

「えっと……夫とは支え合って、助け合って、一緒に成長していける関係です」

 

 私が答えると、モナークさまはクツクツと笑った。そして彼は言った。

 

「そんな理想的な結婚生活が送れると思っているのか?」

 

 私は思わずドキッとした。モナークさまは続ける。

 

「所詮は他人との結婚だ。一つ屋根の下で暮らすと、必ずトラブルが起こるだろう」

 

 彼の言葉に私は何も言えなくなってしまう。


 確かにそうだ。結婚したからと言って、絶対に幸せな結婚生活が送れるとは限らない……。

 モナークさまは話を続ける。

 

「夫に浮気されたらどうする? 暴力を振るわれたら? 家庭内で嫁姑問題が勃発したら?」


「それは……」私は口ごもる。

 

「答えられないだろうな。結婚生活の現実を知らないから、理想を語れるんだ」

 

 モナークさまはそう言うと、仮面の奥に光る瞳で私を見つめた。背筋がぞくりとした。まるで心の奥底まで見透かされているような気分になる。

 

 モナークさまはしばらく黙って何か考えていた。それからゆっくりと口を開く。

 

「なるほど……では質問を変える。この花嫁ゲームで君たちが一番恐れているものは何だ?」

 

 彼は私たちを試すように聞いた。ネルとジュラが答えに迷っていると、モナークさまは「ジュラ」と言った。

 

「私が一番恐れているものは……死です」

 

 ジュラは真剣な眼差しで答える。

 

「では、ネルは?」

「私は……死ぬことよりも、モナークさまから愛されないことが一番怖いです」

 

 ネルも真剣な表情で答えた。


「アカネは?」

「私は……私たちの命を握っているモナークさまの怒りに触れることが怖いです」

 

 私は正直に答えた。

 

「素晴らしい答えだ」とモナークさまは拍手をした。だが、仮面の裏では彼が何を考えているかわからない。

 

「なるほど。君たちの気持ちは良くわかった。面接の結果……全員不合格だ」

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