花嫁ゲーム

八木愛里

第1話 奇妙な依頼

 どうして引き受けてしまったんだろう。あんな危険な依頼。

 でも、断れなかった。

 私が引き受けないと、たぶん西野さんは別の誰かに頼むだろう。引き受ける人は、おそらく誰もいない。

 怖いから。危険な目に遭うかもしれないから。


 私は、西野さんの依頼を受けるしかなかった。

 今、西野さんのことを思い出すと胸が苦しくなる。彼のあの言葉が耳に残り続けているからだ。

 

「……なぜ、ナギサが死ななきゃいけなかったんだ? そんなおかしいだろ! 俺の妹を返してほしい。せめて死んだ証拠を見せてほしい!」

 

 西野さんは、私にそう訴えかけていた。

 きっと西野さんには、ナギサさんの死を受け入れることができなかったんだ。

 だって彼女は婚活パーティーに出席しただけ。「花嫁ゲーム」と呼ばれる婚活パーティーで、運命の人に選ばれなかったという理由で命を落とすなんて、どう考えても納得できない。

 

 でも、時間が経つにつれて受け入れざるを得なくなった。ナギサさんはもういないんだって……。その現実を受け入れなければ、生きていくことが辛かったんだ。

 西野さんは、あんな苦しそうな表情をしていたのに。

 

 私が同じ立場だったら……。私はナギサさんの死を受け止められるだろうか。

 復讐したいという感情に心が支配されていたはずだ。西野さんと同じように。


「この探偵事務所は依頼達成率100%という評判を聞きました」

「そうですが……」

 

 西野さんはローテーブルに頭を擦り付ける勢いで、頭を下げ続けた。

 

「お金は言い値で出します。どうか、妹の無念を晴らしてください。お願いします」

「……わかりました」

 

 断ることもできたと思う。でも、私は引き受けることにした。西野さんに同情していたのかもしれない。

 でも、理由はもう一つある。


 依頼人の西野さんがかなりのイケメンだったからだ。

 私服もオシャレで清潔感があり、長身で引き締まった体型。芸能人みたいに整った顔立ちをしている。短髪の黒髪がよく似合っていて、西野さんは理知的な雰囲気だった。

 顔の良さに負けて引き受けるなんて、自分でもどうかと思う。でも、お金を払ってくれるならいいじゃないかと割り切ることにした。


 「……引き受けていただき、ありがとうございます」

 

 西野さんは頭を上げ、私に右手を差し出した。私も慌てて椅子から立ち上がり、握手に応じた。彼の温かい手の感触が伝わってくる。

 恥ずかしさで頬が熱くなってくるのがわかった。仕事だと割り切ってはいたけれど、やっぱりイケメンに手を握られるのは気恥ずかしい。

 

「ご依頼を承りました」

 

 私は笑顔でそう言った。本当は怖い。不安で押し潰されそうだ。でも、笑顔を作るしかなかった。だって探偵なんだから。困っている人を助けなきゃいけないんだ。それが仕事なんだから……。

 

「ナギサさんの写真を見せてもらえますか?」

 

 私は言った。西野さんがポケットからスマートフォンを取り出すと、画面をこちらに向けて差し出した。

 

「これが妹のナギサです」

 

 ナギサさんは、どこかの草原で撮られた写真だった。青い空と緑の大地を背景に、真っ白なワンピースを着た女性が笑っている。私よりも年下だけど、落ち着いた雰囲気の美人だ。西野さんの妹というだけあって、顔立ちが整っている。

 

「可愛い……」

「そうでしょう! 自慢の妹だったんです……」

 

 西野さんが目を潤ませる。その顔を見て、胸が締め付けられるような気がした。

 

「お気の毒です」

 

 私はそれしか言えなかった。

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