第4話

 結局、そのまま三人で獣舎に向かい、ダリュスカインと結迦ユイカは早めに帰路についた。


 集落を出て山道に入り、しばらくたっても、二人の間には全く会話がなかった。元々そんなに会話をする方ではないが、これは明らかにおかしい。結迦は、違和感の正体を探ろうと、四足獣デカウの向こうに歩くダリュスカインを見た。

<カイン。どうして──>

 彼はいつも寡黙だが、それ以上に意識して黙りこんでいるように、結迦には思えた。


 ブルルルッ!


 突然、デカウが大きく首を振るわせて派手なくしゃみをした弾みで、結わえていた小さな荷袋が落ちた。

「あっ」

 それはダリュスカインの足元に転がり、結迦が手を伸ばした先で、彼の左手が素早く拾い上げる。

 黙ったまま差し出された荷袋を受け取った結迦は、意を決して尋ねた。

「何か、あったのですか?」

 ダリュスカインの目が、なんとも言えぬ感情を浮かべて結迦を捉え、すぐに逸らされる。

「カイン。今日のあなたは、おかしいわ」

 めげずに食い下がると、ダリュスカインはおもむろに結迦に向き直った。そして、本人が分かっているか判断しかねる程度の不機嫌な顔つきで、口を開いた。

隼斗ハヤトとまだ、一緒にいても良かったんだぞ」

「──え?」

 的外れとも思える発言に、結迦の方が面食らう。なぜ今そんなことを言われるのか、全く回路が繋がらない。

「まだ時間もあったのに、なぜ俺について来た」

「……どういうこと?」

 見上げる結迦の、純粋に困惑する眼差し。

 ダリュスカインは、冷静さを保とうと、波立つ心を抑えながら言った。

「俺は、ただ護衛でついて行っているだけだ。一緒にいたい男がいれば、気にせず付き合ったらいい」


 瞬間、場の空気が一気に硬直した。

 結迦の瞳が、震えている。思いもかけない言葉を投げつけられ、彼女の表情はみるみる哀しみの色に染まった。

「そんなこと──」

 予想外の反応に、ダリュスカインの心もまた、ひどく揺らいだ。けれど今、どう考えても、結迦にとって何が最善なのかは、あまりに明確だ。

 結迦の顔を見て、少し頑なに言い過ぎたかと思い、彼は出来るだけ柔らかく言った。

「隼斗は、いい青年だ」

 明るくて、朗らかで。それに──結迦を好いている。


 ところが。


「私は、そんなつもりはありません」

 結迦が、ダリュスカインを真っ直ぐ見つめて言った。彼を見上げている顔に、おさまらぬ動揺が見える。

「カインは、私といるのは嫌なの?」

「……それは」

 そんなわけがない。


 否定の言葉を口にしようとした頭の片隅に、先ほどの、隼斗と結迦の楽しそうな様子が頭の中によぎった。

 自分には、あんなふうに朗らかに彼女に接することは出来ない。

「君は、隼斗といる方がいいだろう」

 言葉を選ぶ余裕もなく、思わず口をついて出た。


 その時の結迦の、呆気に取られたような、驚きとも怒りともつかぬ表情は、彼が初めて見るものだった。彼女はそれこそ、初めて声を荒げた。

「私に、他の男性の元へ行けって──そう言ってるんですか?」

 戦慄わななくように言いながら、彼女は一歩、ダリュスカインに詰め寄った。

「そんなこと……私は──」言いかけて、彼女は急に何かに気づいたように口を閉ざした。


 その時、結迦の心にも、先ほどのダリュスカインと同じ思考が渦巻いていたなどと、彼が気づくはずもない。

 出会ってから今まで、一度は離れたからこそ深まった思い。言葉に出さずとも、再会を果たしたあの日から、それは伝わっているような気がしていた。

 けれど、そこから二人の間に、必要な接触以外に何かあったかと言えば──ない。もしかしたら、独りよがりな考え方だったのではないか。彼は自分を大事に思って必要以上に触れないわけではなく、そうは見ていなかっただけではないか。


<そうだ。ちゃんと、言葉で告げられたわけではない>


 結迦は途端に、自分の浅はかな考えが恥ずかしくなった。

 隼斗のことは、頼りにしている。宗埜ソウヤと初めて砂來シャナクを訪れた時から、彼が優しく接してくれたおかげで、緊張も緩み、集落への行き来が楽しみにもなった。

 けれど心には、自分はダリュスカインと添うのだという漠然とした決意もあったのだ。


「……」

 二人とも、黙って立ち尽くした。だが、いつまでもそうしているわけにもいかない。


「行こう」

 ダリュスカインが憮然としたまま、デカウの手綱を引く。

 結迦は己の恥ずべき思い違いに打ちひしがれ、この場を立ち去りたい衝動を抑えながら、小さく頷いた。

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