第03話 チョロすぎる異世界生活

 それからルークは、従者に対しめちゃくちゃ優しく接するようにした。


 まず、メリーのことを褒めた――。


「メリーは今日も可愛いな」


「ふえっ。そんなことないですよ」


「そんなことあるよ。これからもその調子で頼むよ」


「はいっ!」


 セバスチャンへの労いも忘れない――。


「セバスチャン、いつもありがとう。本当に助かっている」


「いえ、執事としての責務を果たしているだけです」


 エルヴィナの配膳を手伝ったりもした――。


「や、やはり私はクビなんじゃ」


「クビになんてしないから、安心して。これは俺からの感謝」


「ひゃ、ひゃあああ」


 庭師のナックに代わって、落ち葉の掃除なんかもする――。


「ルーク様、何をされているんですか!」


「掃除だけど。いつも、ナックには頑張ってもらっているからな」


「……あ、明日は雨が降りますね」


 そんな感じで、従者たちからの信頼回復に努めているうちに1か月が経った。


 ルークが自室の窓際で本を読んでいると、鼻歌が聞こえてきた。メリーが楽しそうに机を拭いている。メリーはルークの視線に気づき、恥ずかしそうに頬を染めた。


「あ、すみません」


「いや、べつに謝るようなことじゃないよ。それより、何か良いことがあったの? そんな顔をしている」


「はい。最近は仕事が楽しくて。あ、いや、べつに前が悪かったわけではないのですが……」


「ははっ、まぁ、その気持ちもわかるよ。父上がいないしな」


 ルークの父親であるサイモンは、しばらく屋敷を留守にしていた。サイモンがいると、屋敷の空気が重くなるため、いない今は気が楽になるのだろう。これで、学校にも行かず、怪しげなことばかりしている三男のバークがいなかったら、天国だったろうに。


「はい。それもあるのですが、ただ、最近のルーク様がお優しいことも楽しい理由です」


「そっか。ありがとう」


 ルークが微笑みかけると、メリーから笑みがこぼれた。そこに無理やりな感じは無かったので、ルークは安心する。


「他の方も、ルーク様が優しくなったと言って喜んでおられますよ」


「マジ?」


「はい」


「それは嬉しいね」


「あの、ルーク様」


 メリーが不安そうな顔で自分を見ていた。


「何?」


 いくばくかの間があってから、メリーが慌てた様子で続ける。


「あ、いや、その、何の本を読まれているのかなと思いまして」


「ああ。『魔法』に関する本だよ」


「へぇ、どうして魔法の本を?」


「まぁ、いつまでも使えないままじゃいられないからね。何か使うためのヒントが無いかと思って」


 破滅の未来を回避するためにも【悪役ヒール魔法】は使えるようになっておく必要がある。しかし、前代未聞の【神託魔法】であったから、使い方は自分で見つけるしかなかった。だから、その参考になるかもしれないと様々な魔法の本を読み漁っていたのである。


「そうでしたか」


「メリーの【神託魔法】って、何だっけ?」


「私は、【汎用魔法】です。ルーク様のように特別な魔法の方が良かったのですが」


「まぁ、でも、【汎用魔法】は方法論が確立されているから、使いやすいという利点があるじゃん。それは良いことだと思うよ」


 【汎用魔法】は人口の約7割が使えるポピュラーな【神託魔法】で、書いて字の如く汎用性のある魔法を使用できるのが特徴だ。また、【神託魔法】には、使用者が多いほどその魔法に関する知見が集まりやすいという特性があり、使用者人口の多い【汎用魔法】には、魔法に関する豊富な情報があるため、ルークはその点を羨ましく思っていた。自分の【神託魔法】が【汎用魔法】だったならば、すぐにでも魔法を使うことができただろう。


「はい。でも、やはり、ルーク様のような特別な魔法に憧れます」


「……そうか」


 ルークは本を閉じると立ち上がった。


「ちょっと、トイレに行ってくる」


「はい」


 部屋を出ると、ルークはにやりと笑う。


 メリーから従者たちの評価が変わっていることを聞き、笑いを堪えるのが大変だった。従者たちの態度が軟化していることは、ルークも感じてはいる。始めこそ、裏があるのではないかと疑われたが、今ではある程度信用が生まれ、仕事を手伝ったり、労いの言葉を掛けても、不審に思われることは少なくなっていた。


(チョロいわ、マジで)


 ルークは元々の評価が低いから、少し頑張っただけで評価が簡単に上がる。そのため、真面目に生きているはずなのに周りからの評価が低かった前世に比べたら、めちゃくちゃ生きやすい。


(とはいえ、それだけ心象が悪い事の証ではあるから、これからもしっかりと誠意を示し続ける必要はあるだろうな)


 セバスチャンを筆頭に、一部の人間は未だに不信感を抱いているようだし、まだまだ気は抜けない。ただ、従者に刺される未来は回避できそうな気がする。


(この調子で破滅の未来を回避していこう。そうすれば、前世ではできなかったような楽しい生活が送れるはずだ)


 基本的にルークとしての人生は、前世に比べれば悪くない。むしろ、権力者の息子に生まれたという点で、かなり恵まれている。権力者と言っても、前世の基準だと、市長程度の規模感だが、それでも、領地内なら、真面目に生きていた前世がアホらしくなるくらい権力を振りかざして好き放題できる。三男のバークがやっているみたいに。だから、この環境で人生を楽しむためにも、破滅の未来は絶対に回避したいところだ。


 ルークの顔に不敵な笑みが浮かぶ。


 ルークには自分の未来が明るいものに思えた。


 しかし、このときは知らなかった。この慢心が仇となることを――。




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