転生ボーナスで回復(ヒール)魔法を望んだら、悪役(ヒール)魔法を与えられてしまった辺境貴族の四男、ヒールを極めて破滅の未来を回避する

三口三大

第01話 悪役魔法

 ある日のこと。


 悪名高きメイカー子爵家の四男ルーク・メイカーが、いつものように寝ていると、夢に滝のような白髭を生やした老人が現れた。


「誰だ、てめぇ」


 ルークがいつも以上に目つきを鋭くすると、老人は言った。


「わしじゃよ、わし。お主を転生させた神じゃ」


「は? 冗談はその頭だけに……」と言いかけ、ルークの脳に電流が走った。


 ルークは驚いてこめかみを抑える。今、信じられないことが起こった。


「ふむ。思い出してくれたようじゃな」


「あ、あぁ。でも、あんたのことだけじゃない。俺の前世の記憶ってやつも思い出した」


「ほぅ。どんな記憶じゃ?」


 ルークは頭の中を整理しながらゆっくり口を開く。


「前世の俺は、人の役に立ちたいと思い、看護師をしていた30歳の男だった。ただ、働いていた病院がかなりブラックで、20連勤後の満身創痍な状態で、車に引かれそうになっていた子供をかばい、死んだ」


「その通りじゃ。で、死後のことは覚えているか?」


「ああ」と言って、ルークは自分が神に対して無礼な言葉遣いをしていたことに気づく。しかし、そのことを悟られないように自然と口調を整えることにした。


「死んだ俺は、今みたいな白い空間であなたと出会い、そこで転生できることを知りました」


「ふむ。そうじゃな。で、そのとき、転生ボーナスの話をしたと思うが、覚えているか?」


「はい。善行ポイントが溜まっていたので、欲しい能力があったら、叶えてやろうと言われた気がします。で、確か、私は『ヒールができるようになりたい』と言いました」


「……うむ。そこで確認なんじゃが、お主の言った『ヒール』は、どういう意味じゃ?」


「え、回復って意味ですけど……」


 ルークが戸惑いながら答えると、神は額を抑え、天を仰ぎ見た。


「どうかしたんですか?」


「ふむ。やはりそうじゃったか。いや、実は、わしは『ヒール』の意味を勘違いしていたのじゃよ。それで、お主の希望とは異なる魔法を与えてしまった」


「希望とは異なる? あ、もしかして、【悪役ヒール魔法】のことですか!?」


「そうじゃ」


「ちょ、あなたのせいだったんですか!? この魔法のせいで私はかなり苦労しているんですからね!? 『悪童』とか言われるし、父上からも追放されかけたし……」


 ルークの世界では、10歳の時に『神託の儀』を受け、自身の【神託魔法】を明らかにする。【神託魔法】は【大分類魔法】とも言われ、これによって使用できる魔法(小分類魔法)の種類や系統が変わるため、自身の【神託魔法】を知ることは重要なことだった。


 そして、ルークの【悪役ヒール魔法】は、前例のない【神託魔法】だったから、どんな魔法が使えるか未だによくわかっていない。また、いかにも悪そうな名前だったので、ルークは忌み嫌われるようになる。権力者の息子じゃなかったら、間違いなく迫害を受けていただろう。


 しかし、その頼みの綱である権力も危うい状態にあった。12歳になるまでに魔法が使えない場合は追放すると父親に言われている。


「すまんすまん。いや、当時のわしは、ヒールと言えば、オーニタじゃったからな……。まさか、回復のことだとは思わなかったのじゃよ」


「オーニタって、誰ですか? オータニのこと?」


「なっ、オーニタを知らない? これが若者の『プロレス離れ』か……」


「へぇ、プロレスラーなんですね。でも、どうして今頃になって勘違いであることに気づいたんですか?」


「ふむ。最近はアニメにはまっていてな。それで、やたらと回復のことをヒールと言っているキャラが多いから、それでもしやと思ったわけじゃ」


「なるほど。事情は分かりました。それで、今から俺の【悪役ヒール魔法】を【回復ヒール魔法】に変えてくれるんですか?」


「残念ながら、一度与えてしまった魔法はお主が死ぬまで変えることはできない」


「え、じゃあ、俺は一生【悪役ヒール魔法】しか使えないってことですか」


「……本当にすまないと思っている」


「いや、私が欲しいのは謝罪ではなく」


「もしも嫌なら、一度死んでリセットしたらいい。と言っても、今回は善行ポイントがほとんど無いから、お主の願いが聞き入れられることはないがな」


「えぇ……」


「ただ、その代わりと言ってはなんじゃが、お主に有益な情報を与えよう」


「何ですか?」


「お主はこのままじゃと、18歳になったときに殺される」


「え、何でですか? もしかして、この魔法が原因で」


「まぁ、原因じゃないとは言わないが、それよりも普段の行いの方が大きいと思う。先ほども魔法のせいで苦労したと言っておったが、その認識は正しいものか?」


「はい。正しいと思いま……」と言いかけて、ルークの顔が青ざめていく。


 先ほどまでは魔法のせいで嫌われていると思っていたが、前世の記憶を得た状態で、ルークとしての振る舞いを客観視すると、自分がとんでもない『悪童クソガキ』であることに気づいた。


 他人に対する悪口はもちろんのこと、従者への嫌がらせなどもしっかりやっている。このままでは、魔法とか関係なく、従者の恨みを買って殺されかねない。


「わかってくれたようじゃな」


「は、はい。し、しかし、私はこれからどうすれば」


「幸いなことに、今のお主は前世の善人であった頃の記憶を思い出している。だから、その記憶をもとに日ごろの行いを改めてみるといいんじゃないか? あと、【悪役ヒール魔法】は悪い事なら大体できる。だから、それを駆使して困難に打ち勝っていけば、おのずと明るい未来が開けるじゃろう」


「いや、悪い事なら大体できるって、悪人まっしぐらなのでは……?」


「それはお前さんの使い方次第でどうにでもなる。毒みたいなものじゃ。毒だって、適量なら薬になるじゃろう?」


「言いたいことはわかりますが……」


「ふむ。わかってくれたのならば、良かった。では、わしはここで失礼する」


「あ、ちょっと待ってく――」


 視界が白くなり――ルークが手を伸ばすと、そこには見慣れた天井があった。


 ルークは慌てて起き上がり、辺りを見回す。赤を基調としたヨーロッパ風の見慣れた部屋。そこは、間違いなくルーク・メイカーの子供部屋だった。


「あれは夢……ではないよな」


 夢にしては意識がはっきりしていたし、リアルな感覚があった。


 ルークは鏡の前に立って、自分の容姿を確認する。ボサボサの黒髪に鋭い目つきは見慣れた自分だった。


(……俺は転生していたのか)


 しかし、いまいち実感がない。前世の記憶を取り戻したと言っても、その記憶はどこか他人事のようにも感じる。親しい人間のドキュメントムービーを見せられた感覚。ただ、そう感じてしまうことこそ、前世の記憶を取り戻すということなのかもしれない。


(って、そんなことを考えている場合じゃないな)


 ルークには破滅の運命が待っている。ルークは現在11歳なので、このままだと余命はあと7年といったところか。


(どうしたもんかねぇ)


 ルークは思案顔になった。とりあえず、日ごろの生活態度は改めるべきだろう。このままでは敵だけが増えていく……。


 そんなことを考えていると、部屋をノックする音が。


「どうぞ」


 ルークが声を掛けると、「失礼します」とメイド服を着た少女が入ってきた。ショートの黒髪で目が大きな整った顔立ちの少女。彼女の名前はメリー。ルークと同い年だが、従者として働いている。


 メリーは遠慮がちにルークの前に進むと、恥ずかしそうにスカートの裾を持ち上げて、ピンクのパンツをルークに見せつけた。


「ルーク様、おはようございます。こちらが今日のパンツです」


 ルークは――頭が痛くなってきた。

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