第12話
東京から帰るとシラノは俺の買ってやった衣装を着て、道端や近所の飲み屋やイベントなどで手品を見せるようになった。
評判もそこそこいいようで多い日には2~3万円を稼ぎ出し、そのうちの半分ほどをいつも俺に渡して少しづつ俺の立て替えた分を返してきているわけである。
今日はそんなシラノが大道芸イベントに出ると言うので、送りがてら様子を見に行ってみようと思った。
会場は国営ひたち海浜公園、ネモフィラで有名な巨大国立公園だが時期を外した閑散期なので混み具合はまずまずと言ったところだ。
シラノの様子も気になるが、あんまりずっと張り付いてるとあいつも気になるだろうからまずは少し園内を散策でもしていこうか。
事前に持ち込んだ自転車(俺が中学高校の通学に使ったやつだ)で海浜公園の自転車道を走ると、潮騒香る爽やかな緑の風が吹き抜けてくる。
季節の花々やサイクリングを楽しむ家族を横目に走るのはなかなか心地が良く、こう言う時でないとわざわざ行こうとは思わなかったかもしれない。
(今回はシラノの付き添いってことで安く入らせてもらったしな)
しばらく走るとネモフィラで有名なみはらしの丘に着いた。
丘はちょうどネモフィラが終わってコキアを植えたばかりくらいのタイミングで、緑の毛玉に似た小さなコキアが潮風の中に揺れていた。
「……シラノがいなけりゃ来なかったな」
丘のてっぺんからは太平洋が広がる。
(後で見せてやろう)
そんな気持ちでポケットのスマホを取り出すと、青く輝く海を小さなスマホに閉じ込めた。
***
2時間ほど思い切り自転車を漕いで再びシラノのいる場所へと戻ると、あいつは大人気だった。
シラノが指をくるくると回せば季節外れの粉雪があたりに舞い散り、観客が両手を差し出せば溢れるほどの水がその手に湧き出し、シラノが空に向けてフーッと吐いた息は小さな火柱となった。
観客はそれを驚嘆と喜びで迎え入れ、シラノもまたその驚嘆を形にさらに気合を入れた魔法を見せつけてきた。
笑顔や歓声の真ん中でシラノは本当に輝かしく美しい笑顔を振り撒いている。
(いい顔してんな)
そこには帰る道も足も失って知り合いもない異世界で生き方もわからずにいた男の姿はなく、自分を縛るものが何もない自由な暮らしを愛し始めた男がいた。
俺はシラノのその曇りなき笑顔をずっとそばで見守っていたい、と心から思う。
一つのショーを終えると、シラノは落ちた投げ銭を集め始める。
「シラノ、」
「タモツか、帰ってなかったんだな」
「せっかくだから一度お前のショーを見てみようと思ってな。なかなか良かったぞ」
落ちていた投げ銭を手渡しながらそう告げれば「ありがとう」と心からの答えが返ってきた。
「昔は道端で芸をして投げられた銭を拾って生活するなんて思いもしなかったが、嬉しいとか楽しいという感情を素直にぶつけられる生活は結構楽しいもんだな」
「わかるようになったじゃん」
俺もドラァグクイーンとして舞台に立つから分かる。
人から真っ直ぐにポジティブな感情を向けられることなんて人生では滅多にないが、舞台の上ではそれを思う存分浴びることができる。
「俺は夕方迎えに来るから楽しんでこいよ」
シラノにそう告げると「ああ」と明るく答えた。
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