やらねばならぬ、やれば成る

遊月奈喩多

1話 迷わずやれよ、やればわかるさ

 カップラーメンの妖精には三分以内にやらなければならないことがあった。それは、世界中で調理されているカップラーメンを最適な食べ頃にするという奇跡を起こすこと。供物は既に捧げられている──適量のお湯と、3分後を待ちわびる人々の心。


 そう、人間たちがカップラーメンに適量のお湯を注いでタイマーをチラチラ見ながら時を待つのは、妖精へ供物を捧げて彼らの心を自分たちへと振り向かせるための「祈り」なのである。時代の流れと共に人間はそれらを忘れ去ってしまったが、さすがにそれらの祈りを主食とする妖精にとっては忘れようもないもの。人間がカップラーメンの時間を意識する以上に、カップラーメンの妖精にとっては更にナーバスなものだったりするのである。

 しかし、何事においてもそうではあるが、休養というものは誰にとっても求めてやまないものなのである。


 一説には、カップラーメンは世界中で1日あたり2.8億食消費されているのだという。それをカップラーメンの妖精はただひとりで管理しているのである。人間よりは余程忍耐力がある妖精ではあるが、カップラーメンが開発されてから50年以上続けていればさすがに疲れてしまうものである。そう、まるで小規模な物流倉庫の事務職に就いた新卒社員が日々の仕事に忙殺されていくうちに社会人というものへの期待や展望を忘れ去ってしまったときのように、ある日プッツリと限界が来てしまったのである。


「おれ、こんな仕事いやだ!!」

 カップラーメンの妖精は、とうとう仕事をボイコットして東京へと旅立ってしまった。寒い冬だったのだが、彼はどこで始発を待っていたのか──それを知っているのは、駅に程近いところにある個室ビデオボックスの店員だけである。


 カップラーメンの妖精がいなくなってから、人々は困り果ててしまった。いくらお湯を入れても、いくら時計を見ても、時間潰しにフィットネスジムに行っても、カップラーメンを食べることができないのである。ちなみにカップラーメンの妖精は、東京に着いてすぐに勤務先の上納金に手をつけたことで海の底に沈んでしまったので、実質人間からカップラーメンというものは永久に失われたに等しい。

 困惑の末、人々は思い至った。


「カップラーメンがないなら、カップ焼きそばを食べればいいじゃない」


   * * * * * * *


 カップ焼きそばの妖精には、三分以内にやらなければならないことがあった。それは世界中で用意されているカップ焼きそばを食べ頃にすること──そして運命率の調整のために1‰程度は湯切りに失敗させること。

 カップ焼きそばが生まれてから60年以上もの間、仕事を投げ出すことなく真面目に勤めてきたカップ焼きそばの妖精だったが、このところ業務量が飛躍的に増えてきていた。カップラーメンの妖精が東京の海に消えたことで、それまでカップラーメンを食べていた人間たちがこぞってカップ焼きそばを食べ始めたのである。量販店からカップ焼きそばが消えて、世界中に数多ある闇市でカップ焼きそばが出回るようになった。


 カップ焼きそばを食べ頃にするのに必要なのはお湯と、人々の祈り。そのひとつひとつに真摯に向き合っていたカップ焼きそばの妖精だったが、その祈りのなかに時折雑念めいたものがあるのを感じてしまった。


 ──カップラーメン食べられないし、そしたらカップ焼きそばしかないよね


 この雑念が、カップ焼きそばの妖精をひどく腹立たせた。彼は彼なりにこの仕事に誇りをもって取り組んでいる。カップ焼きそばの調理手順を敢えて端折はしょってみたり、湯切りで捨てるべきお湯を残したまま「ソースラーメン」などと言ってのける人間たちの存在を許容できていたのも、ひとえにこの誇りのためだった。

 だが、彼が触れた雑念はその誇りを深く傷付けるものだった──そうしてカップ焼きそばの妖精は、遂に妖精が越えてはならない一線を越えてしまったのである。


 その日、カップ焼きそばを前にカップラーメンのことを思い返していた人々が突然溶けてしまったのである。まるでお湯に浸した粉末ソースのように、あるものはひとりきりで、あるものは家人の見ている前でドロリと溶けてしまったのだ。それがカップ焼きそばの妖精が命を賭して人間を呪った結果であることは誰も知らない。

 そして妖精が人間を呪うのと引き換えに落命したことで、カップ焼きそばも人類から失われることとなった──世界人口の約1割と共に。


 多大な犠牲を払うことになった人類は、やがてカップラーメンもカップ焼きそばも失った喪失感を癒すために、こう呟いた。


「カップラーメンもカップ焼きそばもないなら、レトルトカレーを食べればいいじゃない」

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