都市の無限巡礼者
登美川ステファニイ
都市の無限巡礼者
彼らには三分以内にやらなければならないことがあった。
それは、都市の巡礼である。
都市の巡礼には長い時間がかかる。それこそ、人の人生では足りぬほどの時間が。その為に巡礼者は人であることを捨てた。
光子の折り畳みは、彼らにとって福音だった。三次元の肉体を二次元へ。そして一次元へ。存在の可能性を最小限にし、時間の幅の中を自由に移動する。巡礼者はそのようにして都市を行き来した。
最初に問題となったのは祈りの時間だった。祈りを捧げる時間もまた折り畳まれ、三日三晩の長さの祈りが不可能となったのだ。
彼らはその問題にこのように対処した。再度の折り畳みである。三次元の肉体を二次元へ。それを再び三次元へと折り返す。その作業を何度も繰り返す。無限回であることが望ましいが時間は有限であるため、有限な数だけ折り返すこととなった。それが一秒目となった。
三次元に折り返された巡礼者には空間と時間に対して幅があった。その幅の中で祈りを行えば、三次元という制約の中で声が響く。それを何度も繰り返す。積み木を重ねるように、この世界に対して彼らは祈りを重ねていく。それが二秒目となった。
重ねられた祈りは無色透明だが、確かに存在していた。それは非巡礼者の目にも明らかだった。あとはその祈りを届ければいい。船を飲み込む荒波のように、獲物を食いつくす肉食のアリのように、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れのように。空間がたわみ、折り畳まれ、折り返された次元が復元していく。光は幅を持ち、時間はゆらぎ、都市は歓喜する。一つの生き物のように震え、巡礼者と都市は重なっていく。それが三秒目となった。
問題は他にもあった。巡礼者の問題は多岐にわたり、微に入り細に入り、九牛の一毛まで小さく分類される。そのため、都市の巡礼者は広範な儀式に対する知識の習得が必須だった。
紅色の大海を渡る法、空間のない箱に荷物を詰める法、虹の色を有限の語句で表現する法、鏡に反射する光の重さを測る法、差し出した手に四重の梯子を縛り付ける法、伏して拝みながら自分の背中を見つめる法、口唱を受け継ぎ途絶えさせない法、右の目から左の目の涙を流す法、温度の中に雲母の薄片を挟む法、圧縮された弦に月を混ぜる法……いくつもの法が必要となり、それぞれの習得には時間がかかり、実践には一秒間がかかる。
あわせて一八〇秒となる儀式を行なえば、それは巡礼の為の3分と同じ長さになる。従って、巡礼は失敗する。その為に必要なのは、次元の復古である。
次元の復古を行なうことにより、単位時間当たりの波を見かけ上短くすることができ、次元の折り畳みだけでは成しえない時間の短縮を可能とするのだ。
だが次元の復古にも一八〇秒の儀式が必要であり、やはり都市の巡礼は失敗する。そして必要となるのは超弦のほつれである。しかしその為の儀式にも一八〇秒を要し、巡礼は失敗する。そして必要となるのは……無限回の儀式である。
したがって、都市の巡礼者は永遠に都市を巡礼できない。だが逆に言えば、無限の三分間を過ごし、無限にも等しい時間の中で祈りを繰り返すのだ。それこそが巡礼者にとっての、最も望むべき姿と言える。
彼らは都市を巡礼する。三分間の中に、無限を内包しながら。
都市の無限巡礼者 登美川ステファニイ @ulbak
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