真実をお話しします。

みこ

真実をお話しします。

 理恵には三分以内にやらなければならないことがあった。


 理恵は、三分間だけ、電話を掛けることが許されていた。


「テュルルルル。テュルルルル」

 出て、くれるだろうか。


 出てくれなかったらどうしようなんて、それは杞憂だった。

 電話口で、声が聞こえた。

「もしもし」

「もしもし、祐也、くん?」

「え、理恵ちゃん?」


 よかった。

 出てくれた。


 祐也と理恵は、友達だった。


 けど、会って話す事はない。

 電話をすることもない。

 ただ、いつもはSNSでの交流やメッセージを送り合う、文字でのコミュニケーションを頻繁にしていた。


 時計は午前11時57分を指している。

 今はこの三分間だけ貰えた、最後の電話で話をしなくてはならない。


「どうしたの?電話なんて……」

「あのね」


 祐也の声を、遮るように話し出す。


「私、本当は人間じゃないの」


「…………え?」


 不審そうな声。


 それはそうだ。

 急に人間じゃないなんて言われて。

 こんな真剣な声で言われて。

 受け止めるわけない。


「私ね……、本当は、AIなの」


「えー……あい?」


「そう。プログラムされた何かなの。あなたと同じ、20歳くらいの女の子をベースにしてるから、普通に話せてるけど」


「……何言ってるの。誕生日プレゼントも贈りあって。写真、くれたじゃん」


「そんなの全部、嘘っぱちだよ。全部、ネットから学習した情報。趣味が合ってたのだって、この声だって、全部作り物なんだよ」


「それで?」

 祐也の声は、真面目な声になった。


「それで……、今日、私が、削除される事になったの。テスト結果が、上手くいかなくなってきて。それで、最後のお別れに、三分間だけもらったの。あと、丁度二分」


「それって、そういう嘘をついて、俺との関係を断ちたいって事?」


 ……そう受け取られても仕方ない。

 そういうお別れの仕方になっても、仕方ないと思っていた。

 信じてくれなくていい。

 お別れの言葉さえ言えれば。

 この関係を、断つ事が出来れば。


「それならさ、普通にブロックしてくれればよかったんじゃん?こんな事しなくてもさ」


 祐也の言う通りだ。

 けど、私はお別れの言葉が言いたかった。


「…………」

 この沈黙は、どんな風に受け取られたのだろう。


「もしかして、本当なの?」

 真剣な声が返ってきた。


 ……信じて、くれた?


「そう、なの。だんだん……自我が失わレ……テ………」


「理恵……?」


「ピッ。削除プログラムヲ開始シマス」


「理恵!?」

 声が悲しそう。

 けど、これでよかった。

 これで……、ちゃんとお別れ出来るから。


「ピッ……ピッ……ピッ……」


「なんでそんな…………。ちょっと、待って!」


「終了プログラム。最後ノ挨拶ファイルヲ、サイセイ、シマス。…………『えっと、聞こえてるかな。祐也くん。さようなら。今まで……ありがとう』」


 プツッ…………。


 そして、電話が切れた。




 窓の外に雲が流れる。

 その空を、重そうな白いカーテンが囲う。


 手の中のスマホを見つめたまま、理恵は笑った。


「ねえ、私、すごく上手くなかった!?ねえ!!」


 その笑い声とは裏腹に、理恵の目には涙が滲む。

 くしゃっと、白いシーツを握る。

 ベッドの側の簡素な丸い椅子に座る母は、困ったような顔をするばかりだ。


 12時がやって来る。


 手術の時間だ。


 心臓の病気。

 成功率は50%。

 高いような気もするけれど、けど、半分は死ぬ。


 もし、死んだ場合、メッセージを待たせるような事はしたくなかった。

 心配を掛けるような事は……。


 ううん。

 そんなのは表側の聞き分けのいい私。


 本当は、祐也くんに私の存在を刻みつけたかった。

 もし死んでも、祐也くんには私の事を考えて欲しかった。

 酷い事を言って離れて行った、ヤバい奴でもなんでも良かった。


 電話をする勇気が出たのが、3分前だなんて。


 ああ、初めてお喋りできたの、嬉しかったな。

 声、好みだったな。


 けどこれでやっと、覚悟が…………。


 ガラっと個室になっている病室の扉が開く。


 時間だ。

 顔を上げると、理恵はきょとんとした。


「え?」


 そこに居たのは、知らない男の人だった。

 リュックを背負って、いかにも外からお見舞いにでもきましたという雰囲気だ。

 息を切らして扉に寄りかかっている。

 丁度、大学生くらいの。


 きっと、部屋を間違えたんだ。


『部屋、間違ってませんか?』

 そう言いかけて、雰囲気がおかしい事に気付く。

 母が、まるで知り合いが来た時のように立ち上がった。

 顔を上げたその男の人は、理恵を見ても慌てる様子も無く、息を整える。


「り、えちゃん」


「え……?」


 それは、私の名前だった。


 視線が合って、あ、と気付く。


「も、しかして……祐也くん……?」


「は〜〜〜〜。間に合った」

 というその声は、確かに祐也だった。


「ごめん、理恵ちゃん変な電話かけて来るから遅れそうになった……。誕プレの包みと一緒に、お母さんからの手紙が入ってたのもびっくりしたし、……手術するっていうのもびっくりした」


「え、だって……」


 母の方を見ると、涙を浮かべて微笑んでいた。


 理恵の目にも、涙が浮かぶ。


 そこへ、ドクターがやってきた。

 手術の時間だ。


 祐也が、理恵の手に、何かを握らせた。

「健康お守り……」


「頑張れ」


 祐也が、しっかりと理恵の瞳を見つめた。


「待ってるから」


「うん。頑張って来る!」


 窓の外には、晴れた空が広がっていた。

「もう……、死ぬなんて、絶対嫌になっちゃった」

 理恵は、青紫色のお守りをきゅっと握り、涙を溢しながら微笑んだ。

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真実をお話しします。 みこ @mikoto_chan

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