拝啓、愛する我が国へ
雨蛙/あまかわず
拝啓、愛する我が国へ
十分後には三分以内にやらなければならないことがあった。
今回のミッションは『国王の暗殺』。革命軍としての最後の仕事。
この仕事が終わればこの国に安堵した生活が戻ってくるはずだ。
無口で無表情なこの少女、カルミアはその作戦の要であった。
数々の戦争から引き起こされた様々な不幸から人々を解放するべく、国王の元へメイドとして国王の宮殿に潜入した。
宮殿にはカルミアと国王以外ほとんど人はいなかった。たまに警備兵とすれ違うくらいだった。
一週間前、隙を見て革命軍に向けて宮殿の情報を書いた紙を伝書鳩に託した。
そして暗殺の計画を書いた紙が昨日届いた。
『明日の二十四時に暗殺を決行する。私はカルミアの部屋の窓から侵入し、合流する。事前に同封した睡眠薬を王や警備兵に飲ませろ。館のセキュリティーを停止させるため三分間停電させる。その間にすべて終わらせ撤退する。以上』
現在、二十三時五十分。作戦決行のためにコーヒーを淹れ、その中に睡眠薬を混ぜる。
まずは国王の自室へ。コーヒーとチョコを乗せたトレイを持ち、重々しいドアをノックする。
「入りたまえ」
入室の許可が出たところでゆっくりとドアを開ける。
国王は薄暗いライトの光に照らされてペンを走らせていた。
静かに机のそばに歩み寄り、コーヒーとチョコを置いた。
「ああ、ありがとう」
国王は冷酷で鋭い目線をこちらに向けた後、落ち着いた低い声でお礼を言う。
スラっと伸びた手でカップを持ち上げる。そしてまたペンを走らせ始めた。
カルミアはこう王がコーヒーを口に含んだのを確認し、部屋を出る。
続いて警備兵の元へ。この時間はまだ部屋で休んでいるはずだ。警備兵のいる部屋のドアをノックする。
「どうぞ」
ドアを開けると、いかつい男が服を着替えている最中だった。
「なんだあんたか。これから見回りに行くんだが、こんな時間になんの用だ」
カルミアは警備兵の目の前にコーヒーの入ったカップを差し出した。
「差し入れか?ありがとな」
警備兵はカップを受け取るとコーヒーを豪快に飲み干した。
「ぷはぁっ!この苦みは気合を入れるのにうってつけだな。こんなことをしてくれる女が近くにいればうれしいんだがな」
カルミアは警備兵の目をじっと見つめる。
「ああ、そうだった。あんたしゃべれないんだったな。つまらねえな」
警備兵はコーヒーを飲んだ時よりも苦そうな顔をしている。
「それにしてもあんた、よくここで働きたいなんて思ったな。ほかの女どもはあの国王に何をされるかわかったもんじゃないからここで働きたくないと口をそろえて言っていたんだが。まさか、国王を殺すために送られてきたスパイだったりしてな!」
カルミアはただじっと見つめる。内心、核心を突かれて動揺を隠すのに必死だった。
「ちっ、こんなこと言っても苦笑いすらしないんだな。本当につまらねえ女だ。俺はこれから仕事なんだ。早く出て言ってくれ」
カルミアは部屋を追い出された。とりあえず、作戦の第一段階である薬を飲ませることは成功した。
自分の部屋に戻り、メイド服から動きやすい服に着替える。
時はきた。
長針と短針が重なるのと同時に宮殿が真っ暗になる。
窓の外に男が立っていた。急いで窓を開け、男を中に入れる。
「よし、よくやった。私は停戦に必要な資料を探さなければならない。国王はお前がやれ」
男は拳銃をカルミアに渡した。カルミアはうなずき、再び国王の自室に向かった。
弾倉に弾が込められているのを確認し、ドアを開ける。
そこにはベッドで眠っている国王がいた。睡眠薬が聞いているのかぐっすり眠っている。
部屋に入ると、ふと、机の上に広がっている手帳が目に入ってきた。さっきまで国王が書いていたものだろう。
『拝啓、愛する我が国へ
今まで私は自国のためにと思ってやってきた。この国のさらなる発展のため、この国を守るために尽くしてきた。
そのためにはなんだってやってきた。時には無理を強いることもあった。
だが、月日が経つにつれ、国は荒れ、国民は狂い、空が冷たい空気に覆われていった。
気づいたときにはもう後戻りはできなかった。負けを認めればさらに国民の生活が苦しくなる。突き進むしかなかった。
それでも国民の生活は苦しくなるだけだった。
なにが正解だったのか、私にはわからない。
ただ一つわかることは国民が私の死を望んでいること。
私は許されないことをしていたのだ。国を守る立場でありながら、国民から様々なものを奪っていた。
ただ死ぬだけでは私の罪は消えないだろう。ましてや眠るように死ぬなんてなおさらだ。
それでは国民が私を許さない。私が私を許さない。
国のために、私のために命を落とした人々に顔向けできない。
どうせ死ぬのなら、苦痛の中で死にたい』
「カルミア、何をしている」
急に声をかけられ、驚いて勢いよく顔を上げる。ドアの前に男が立っていた。
「もうすぐ時間だ。早く撤退するぞ」
我に返ったカルミアは開いていたページにペンを挟み、手帳を閉じた。
安らかに眠っている国王に歩み寄る。銃口を国王の頭に向け、弾を撃ち込んだ。ベッドのシーツの色が赤く染まる。
カルミアは月明かりを背に部屋を後にした。
これでこの国は救われる。そう信じて。
机の上に残されたカップの中にはもう一つの月が写っていた。
拝啓、愛する我が国へ 雨蛙/あまかわず @amakawazu1182
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