出勤前に繰り返す三分の数々

砂石一獄

そして三分は繰り返す。

私は三分以内にやらなければならないことがあった。

八時時五分。それが私がいつも家を出る時間である。信号の時間、道路の混雑具合を推定すればこの時間に家を出れば丁度良い時間に職場に着く。

六時に起床し、そのままの足で洗面室に向かい、暴発した寝癖を霧吹きで濡らしつつ、櫛で解かしていく。すると、徐々に髪型が平坦となったため、ドライヤーを使用し髪を乾かす。徐々に普段の髪型に戻ったことに一安心し、キッチンへ向かう。

その後、食パンを冷凍庫から取り出す。ラップを解いたそれにマヨネーズ、梅チューブ、そしてとろけるチーズを乗せトースターに入れ込み、三分ほどタイマーをセットした。最近は梅チューブを使用するのがマイブームだ。それと同時に電気ケトルに浄水を溜め、スイッチを入れる。

その間に私はリビングに置いている机の辺りを片付ける。だがさほど散らかっていないため、昨日寝る前に放り出したままにしていた本を片付けるくらいのものだ。それらが片付いてからスマートフォンを開き、通知をチェックする。

特筆すべき内容は無く、ただ日々のニュース記事が目に付くくらいのものだ。

そうこうしている内にトースターから鈴が鳴るような甲高い音が鳴る。それとほぼ同時に、電気ケトルから湯気が湧き出た。

トースターを開けると、香ばしい食パンとチーズの焼けた匂いがツンと食欲を刺激する。食器棚から円皿とコーヒーカップを取り出し、ついでにドリップコーヒーも用意する。

それの封を切ると、ブラックコーヒー特有の苦みと渋みのある匂いが充満した。それをコーヒーカップへセットし、電気ケトルの湯をまずはドリップコーヒーの粉末が見えなくなるくらいまで入れ込む。蒸らしている間に、トースターから食パンを取り出し、円皿へと乗せた。その動きでおおよそ二〇秒は経ったと予想し、更にドリップコーヒーの紙パック内にゆっくりと湯を注いでいく。コーヒーの匂いがキッチン内にゆっくりと広がり、朝の始まりを予感させた。

それらをキッチンカウンターを介して移動し、机の上に乗せる。

ネットニュースを軽く眺めながら、食パンを囓る。すると口の中にふわりと梅干しの酸味とチーズの甘みが混じった風味が味蕾を刺激し、一口、また一口とそれを口へと運ぶ。

ちなみに私は食パンは耳から食べる派だ。食感はなるべく均一に保ちたく、周りからリスを彷彿させるかのように囓っていく。ゆっくりと咀嚼し、口の中に残った食パンの欠片を、コーヒーで流し込んだ。

ほんのり苦みの残った口の中へ、食パンを運ぶ。その繰り返しをしていると、気がつけば円皿は空になっていた。

そして残ったコーヒーをも口の中へ流し込み、誰も居ない空間に「ごちそうさま」と手を合わせる。

食器を再びカウンターキッチンを介し、シンクへと持って行く。そして食器を洗い、食器乾燥用のラックへと置く。時計を見ると、まだ1時間くらい余裕があるようだ。

ふと思い立ち、Switchのスリープモードを解除する。そして、元々差し込んでいたゲームソフトのアイコンを選択した。海洋生物が主体で登場する、地面を塗ることが出来るTPSとして知名度がかなり高い、あのゲームだ。

私はそのゲームモードの中の「ナワバリバトル」を選択した。四対四のチーム編成で、三分間の間により多く塗った方が勝ちというシンプルなゲームモードである。私は、前線よりも支援する立ち回りが好きである為後衛武器を選択する。

チーム編成を見ると、どうやら後衛寄りのブキが多く、前衛をどれだけ支援できるか、というところに勝敗が関係しそうな編成であるように感じた。地道に自身の役割を遂行しつつ、立ち回る。残り一分になると曲が変化し、アップテンポの焦燥感に駆られるようなBGMへと変貌する。

そして三分の決着を迎えたのだが、負けてしまった。まあそんな日もあるよな、とSwitchを再びスリープモードに戻した。

その後、図書館で借りた本を読み進めるため、Switchなどを所定の位置へ戻し、ゆっくりと読める環境を設定する。今回読む本は、『死に至る病』を著したキルケゴールについて解説した本だ。「キルケゴールさん9も年下の18歳の女の子を落とすのなかなかやるな」くらいの感想を抱きながらページをめくっていく。ちなみに当作品を打っている時点ではそれほど読み進めて居らず、今後感想が変化する可能性もあるが。

google Hubに設定した八時二分を示すタイマーが鳴った。そろそろ出勤の覚悟をしなければならない時間だ。

そう、私はこの時間にやらなければならないことがあった。それは、出勤前の覚悟の時間だ。

今日も仕事が始まるのだ、とたかが一個人である人間である私から、職場に勤める私へと姿を切り替える為の時間だ。コートを羽織り、肩掛けの鞄を背負う。ホームセキュリティの設定をした後、そのまま家を出た。

ここで本作品は終わりとなる。主題におけるキーワードは三分。まず、人間が文章を読む時間は1分間に平均五~六百文字ほどらしい。小説アプリを活用している者達であれば多少文章慣れをしているであろうから、多めに見積もって七百文字は可能かも知れない。

そして、この作品の文字数は二千百五十七文字だ。この作品は果たして何分で読めただろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

出勤前に繰り返す三分の数々 砂石一獄 @saishi159

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ