絡繰りと偽りの幻想世界~ユートピア~

朱葉朱

プロローグ

第1話

 ざあざあざあ。

 雨が降っている。雲が黒い。絶え間なく降り続ける雨が俺の頬を濡らす。


 そして――顔に付いた返り血を落としてくれる。生暖かいのは雨か血か、どっちだろう。そんなことはどうでもいいが。俺は腰に血の付いた黒い剣を下げながらその場を後にした。


 雨でぐちゃぐちゃになった足元。肌に張り付くべとべとした服。それに不快感を覚えながら路地裏を歩く。


 雨に混じる、汚くて臭い匂い。最悪な場所。そんな中、俺は喪服のような黒い服装で傘も差さずに歩いている。顔に付いた血は落ちたと思うが、服に付いた血は染み付いて流れてはくれない。


「――ん?」


 ゴミの山があった。缶、瓶、紙くず、生ゴミ。とにかく沢山のゴミが捨てられている。それだけなら普通だった。


「人間か?」


 ゴミ山には人のような何かが埋まっていた。近づいて見てみると、白髪の美しい少女が一人、気持ちよさそうに眠っている。


「可哀そうに」


 こんな路地裏で眠っていたら、運が良ければすぐに殺され、悪ければ生きたまま犯され、その後バラバラにされて闇に流されるだろう。


「おい、起きろ」


 嫌な気持ちになりながらもゴミの山からそいつを引っ張り出し、地面に下ろした。少女はまだ起きない。


『人に期待するのはもうやめたんだ』


 体を揺する。少女はまだ起きない。


『自分に期待するのもやめた』


 髪を掴んでみる。少女はまだ起きない。


『こんなクソみたいな世の中に期待して何になる』


 腰にかけた剣に手を掛ける。少女はまだ起きない。


『もう、終わりなんだ。だってこれは』


 剣を振りかぶる。これがこの「非世界」での正解。苦しむ前に殺してしまう方が少女のためになるだろう。そう、だってこれは―― 。


「仕方の無いことだから」


 男はそう言って少女の首に剣を突き刺した。


「――は?」


 鳴り響いたのは金属と金属がぶつかる甲高い音。少女の首を見ると、傷ひとつついていなかった。


 これは……人形とか、絡繰りの類か? だけどこんな精巧に出来たものなんて見たことがない。男は少女の首をさする。だってさっきしたのは金属の音。なのに、皮膚の感触はまるで本当の人間のそれだった。


「なんなんだ、これ」


 もしかしたらとても面倒なものを見つけてしまったのかもしれない。人形や絡繰りは非世界の奴らが考えた、卑しさの塊みたいなものだ。だから、こういうのは放っておくのが一番。


 そう、今までの経験が頭の中で騒いでいるのに。


『これを拾えば、何かが変わるんじゃないか?』


 さっきまでの思考とは真逆の、どこから湧いたのかも分からない勘が囁いてくる。


 手が震える。人間ではない、人間の形をしたなにかを拾う。この行為がどんな変化をもたらすのか。きっとロクな事にならないだろう。頭では分かっている。だけど男の手は剣を腰に戻し、少女の体を抱きかかえた。


 ゴミの異臭が鼻につくのも関係なしに、男の体は勝手に動き、経験から基づく思考を置き去りにして帰り道を歩いた。


「期待するのはやめたはずなんだけど……」


 それでも、この美しい絡繰りが、モノクロの世界に変化をもたらしてくれるような気がして。




 この世界に「期待」なんてしてない。だけれど、この絡繰りに対する感情は期待以外の何物でもなかった。

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