第9話 ヒロインが可愛いを《鳥男子》でやってみるとこうなる。
入れ替わったわたしとトキをもとに戻すため、儀式をする作戦が始まった。実行は、満月が南中になる、今から二時間後。それまでに、みんなで準備するんだけれども……。
「ななは休んでろよ? 準備くらい、オレたちで余裕だぜ!」
カーくんにそう言われ、わたしはお言葉に甘えて休憩することにした。また空腹になって、ここで死にかけても困る。
「俺はなにをすればいい?」
「テメェはこれ以上動くんじゃねぇ! ななの身体にまた怪我させたら、しょーちしねぇからな!」
トキのほうも、休んでいいって言われたみたい。
わたしとトキは、
「それじゃあ、ワシは必要なもんを取ってくるわ」
ミサゴさんは、オオタカに言われた物を取りに、いったん車で家に戻るみたい。
境内の一箇所に、草の生えていない土がむき出しの地面がある。そこでカーくんは落ちている石や枝を取り除いている。カワセミくんは棒を使って、大きな丸を描いている。その様子を、オオタカが突っ立って見下ろし、描いたばかりの線を足で消し始めた。
「歪んでいる。やり直せ。完璧な円形を描けと言っている」
「うぇ~っ、カーくん! オオタカがいじめるよ~!」
「てめぇ、なにカワセミをいじめてんだ! つーか、口だけじゃなくて、てめぇもやれよっ!」
カワセミくんが涙目でカーくんにすがりつき、カーくんがオオタカにつかみかかる。オオタカは動じる素振りもなく、さげすむような目つきで一言。
「教えてやっているのに、態度がでかいな」
「てっめぇ! あとでぶん殴るからなっ!!」
またケンカが始まりそうなんだけど……。
わたし、やっぱりいっしょに手伝ったほうがいいかな。
「なな」
腰をあげようか迷っていると、隣から声が聞こえた。トキがこっちを見て、言いにくそうに目を泳がせる。右手が首もとを触り、制服のスカーフをいじりだす。
「どうしました、トキ?」
わたしがトキを見つめながら訊くと、恥ずかしそうにうつむいて、口が開く。
「すまない。この身体に、怪我をさせてしまって……」
頬には、ばんそうこうが貼られている。
そんなこと、気にしていたのかな?
わたしは笑顔で、首を横に振った。
「いいですよ、そのくらい。わたしもよくやりますから」
トキはこちらを見つめ返して、肩の力を抜いて微笑む。まだ、手はスカーフをいじっている。
「トキ? まだ言いたいことがあるんじゃないですか?」
「いや、その……」
「なんですか? そういえば、わたしの代わりに学校へ行くって、なんで思ったんですか?」
わたしがひらりちゃんのプレゼントを渡せなくて困っていたから、だけではなさそう。人の多い場所が苦手なトキなら、プレゼントを渡してすぐ帰っても良かったのに、授業まで受けたんだから。
スカーフを触る手を止め、トキはこちらを見たまま話し出す。
「本当は、ななの行く学校に、一度行ってみたかったんだ」
「そうだったんですか?」
「あぁ。なながいつも、学校であったことを楽しそうに話していたから。どんな場所か見てみたかった。それに、ななの友だちというヒトにも、会ってみたかった」
そう言うと、トキは視線をそらし、少し遠くの空を見つめる。
「少しだけ、施設にいた頃を思い出したな……」
トキは、保護施設で産まれて、放鳥された過去がある。子どもたちがひとつの場所に集まって学ぶ様子が、トキが飼育されていた保護施設の様子と重なったのかな。
「……だが、ヒトの学校は俺には無理だった。ななが改めてすごいと思った」
ガクッと頭を落として、うなだれるトキ。
「そ、そんなことないですよ。わたしだってトキの身体になって、翼があって飛べるからってはしゃいじゃったんです。でも、こまめに食べないとお腹が空いちゃって困りました。飛べるのはうらやましいけど、鳥って大変なんだなって、改めて気づけましたよ」
慌てて自分の思いを話したけど、フォローになっているかな。
トキは顔をあげてくれて、こちらへ向き直る。
「入れ替わって大変でしたけど、わたしはトキのことを知れて嬉しかったですよ」
素直な気持ちを、トキに伝える。まぁ、これで儀式が成功すれば、良いんだけどね。明日も同じ生活は、ちょっと遠慮したいな。
苦笑いを浮かべるわたしを見て、トキの頬が赤らむ。こちらを見つめる瞳は、涙で少し潤んでいる。今はわたしのほうが背が高いから、上目遣いで見られている。
「俺も、ななと入れ替われて、嬉しかった」
淡く色づいた唇が動いて発せられる声は、ささやくようにか細い。セーラー服を着た身体が軽く距離を縮め、不意に伸びてきた華奢な手が、わたしの首をそっと撫でる。
「意識が入れ替わるのは、心を通わせた者同士だとオオタカが言っていた。ななと心が通い合えて、俺は本当に嬉しい」
耳をくすぐる高くて甘い声。視界のすぐ斜め下には、頬を染めた顔。身体が傾いて寄りかかる体勢だから、小さく膨らんだ胸が、腕に当たっている。
わたしって、こんなに可愛かったっけ……?
「ト、トキ……? なにを……?」
「ん? ストールがずれている。これはこう巻くんだ」
トキはわたしの巻いている朱鷺色のストールを直してくれているみたい。
わたしは胸の鼓動を抑えるのに必死で、その場に固まってしまう。鳥は人より体温が高いっていうけど、今、身体が熱くなっているのは気のせいじゃないよね。
「くっ……、石を投げてぇのに、どっちに当てればいいのかわかんねぇ……っ!」
「カーくん、そんな小さい石じゃダメだよ! こっちにおさるさんの岩があるよ!」
「見ザル聞かザル言わザル。余計なことは見るな聞くな言うなだな」
「なんや、戻ってきたら、えらい殺伐とした空気になっとるな……」
みんながなにか言っているけれど、遠くから聞こえてくるように感じる。
こうして、儀式の準備は着々と進んでいった、らしい……?
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