恋愛小説によくある話を《鳥男子》でやってみるとこうなる。
宮草はつか
第1話 パンをくわえて走る少女を《鳥男子》でやってみるとこうなる。
わたしには三分以内にやらなければならないことがあった。
「遅刻だー!? 早くしないと遅刻だよー!?」
スマホを確認した途端、ベッドから飛び起きて、高校の制服に着替える。
今は七時二十七分。家から駅までは自転車で十五分かかるから、遅くても七時三十分には家を出ないといけない。七時四十五分発の電車に乗れば、八時三十分に始まる学校に間に合う。次の電車? 田舎は一時間に一本しか電車が走ってないから、これを逃すと遅刻確定なの!
「わたしのバカー! なんで寝ちゃったんだろうー!?」
セーラー服を揺らしながら、階段を駆け下りる。
実は今朝、五時に一度起きたんだよ。天気が良かったから、双眼鏡を持って、一人で外へ出て、バードウォッチングをしていたの。一時間ほど近所で鳥を見て、家に帰って、まだ時間があるからってベッドに横になって。結局、二度寝しちゃった。
「カーくん、おはよう! ご飯ある!?」
戸を開けて、キッチンに立つ青年に声を掛けた。
はねた黒髪が振り返り、黒い瞳がこちらを向く。子どもっぽくクシャッと顔を歪めて、片手を謝るように胸の前で立てた。
「わりぃ、なな。朝早くに出てったから、もう行っちまったと思ってたぜ」
もう片方の手は
「ううん。起こしてってわたしも言わなかったから。アラームかけとけば良かった……」
「時間ねぇだろ。今、作ってるから、先に顔洗ってこいよ。パンでいいか?」
「うん、ありがとう。あっ、あと二分!?」
急いで洗面台へ行き、髪をすいて、顔を洗う。タオルで拭こうと手を伸ばすけど……あれ、タオル掛けに、タオルがない?
「なな。はい、どーぞ」
隣からかわいい声が聞こえて、頬に柔らかい布が当たる。
もらったタオルで顔を拭いて、視線をさげる。そこにいたのは、小さな少年。
「カワセミくん、おはよう。ありがとうね」
「ななー、パンできたぞ!」
癒やされていたわたしは、台所から聞こえてきた声に、ハッと我に返った。
スマホを確認すると、もう一分しかない。慌てて台所へ走り込む。
「ほら、なな。食パンしかねぇけど、ちゃんと食えよ」
カーくんがそう言って渡してくれたのは、焼いた食パン。上には、レタスとベーコンと目玉焼きが乗って、とろけたチーズがかけられている。食パンだけなんて言っているけど、ボリュームたっぷりですごく美味しそう。
「ありがとう、行きながら食べるね。あっ、カバン!?」
「はい、なな、どーぞ」
パンを片手に持って、裏口から出ようとしたところで、カバンを持っていないことに気づく。すかさず、いつの間にか隣にいたカワセミくんが、わたしのスクールバックを両手で持って、差し出してくれた。
「カーくんの作ったおべんとーも、入れておいたよ」
「ありがとうー!」
カワセミくんからカバンをもらって肩にかけ、裏口から出た。靴をはいて、スマホを確認すると、七時三十分ちょうど。みんなのおかげで、なんとか間に合いそう。
あとは自転車に乗れば……って。
「あーっ!? 自転車、パンクしてたんだった!?」
ぺしゃんこになっている後輪のタイヤを見て、思わず悲鳴をあげてしまう。カーくんとカワセミくんが、裏口から顔を出した。
「なな、大丈夫か?」
「だ、大丈夫! 走っていけば、たぶん間に合う!」
考えている暇はない。わたしはパンを口にくわえて、走り出した。
わたしの家に三羽の鳥たちがやってきて、もう一年が過ぎた。人の姿になった鳥たちが押しかけてきて、最初は戸惑うこともあった。けれども、もうすっかり家族のような存在になっている。今日だって、カーくんとカワセミくんがいなかったら、家を出る時間にさえ、間に合わなかった。
「遅刻だー!? 早くしないと遅刻だよー!?」
パンをくわえたままだから、端からだとなにを言っているのかわからないけど。わたしは、懸命に田んぼ道を走っていく。
朝からわたしのために協力してくれたみんなの想いを、無駄にしたくない。だからわたしは、全速力で走っていく。
この時、わたしは気づかなかった。
キョキョキョキョキョ……。
「えっ!? 今の鳴き声なに!? ヨタカ!?」
突然、どこからか声が聞こえ、周囲を見回して、前方不注意になっていたことを。
「今日はドジョウがたくさん捕れたな」
前方にある用水路から一人の青年が出てきて、金魚鉢を抱え、立ち上がろうとしていたことを。
「あっ!?」
「んっ!?」
気づいた時には、もう遅くて。
私と青年は、激しくぶつかってしまった。
それから一瞬、意識が途切れて――。
「うう~ん」
目を開けると、視線の先に、右手でつかんだパンが見える。わたし、こんな状況でも、とっさにパンを落とさないようにしたんだ。
すぐそばには、金魚鉢を地面スレスレでつかんでいる両手が見える。お互いに、食べ物を粗末にしなかったことを褒めたい。
「うぅ……。なな? すまない、大丈夫か?」
胸の上から、声が聞こえた。そういえば、胸が重い。わたしは仰向けに倒れていて、上になにかが被さるように乗っている。
「は、はい。わたしこそ、すみません。トキ、大丈夫でした?」
ぶつかった相手がトキなのは、わかっている。わたしの家に、最初に人の姿になってやってきた鳥だ。
わたしは視線をずらして、前を見た。視界に映るのは、
「「えっ……?」」
目の前の少女と、声が重なる。わたしたちは同時に上半身を起こした。
少女は金魚鉢を抱えて、中にはドジョウが泳いでいる。紺色のセーラー服を着ていて、肩にはスクールバッグを掛けている。わたしがさっきまで身につけていた物だ。
わたしは自分の姿を確認する。手には食パンを持っている。でも、服は白いワイシャツに灰色のロングカーディガン。首には
「なな……?」
「トキ……?」
わたしの声で、わたしの名前が呼ばれる。わたしはトキの名前を呼ぶけど、出てきたのはトキの声。
目の前の自分を見つめながら、お互いが目を丸くした。
「わたしたち……」
「俺たち……」
これは、どこにでもいそうでいない鳥好き高校生と、彼女を愛する鳥たちの物語。
「「入れ替わってるーーーっ!?」」
その、余談では収まりきらない、大騒動である。
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