タイムリミット

 いつでも教室に尊がいる。それに慣れてきたケンスケやナベから、今度は「なにニヤニヤしてんだ?」と言われることが増えた。それは決まって“chi.”こと三上千歳とのメッセージを見返している時や、当の本人を観察している時で。茶化してくるふたりの顔こそニヤニヤという形容がぴったりで、それを「うっせえ」とあしらう日々だ。


 仕方がないことだと思うのだ。ゲームの勝利が確定していて、一方的に相手の様子を窺えるこの状況に、浮かれるなと言うほうが無理がある。そうではなくたって、千歳とのやり取りは単純に楽しくて。久しぶりに築く新たな人間関係は、なかなか悪くなかった。千歳が飼っているコッペの写真も、尊のスマートフォンにもう軽く十枚は保存されている。



 そうやって過ごす最後の一週間はあっという間で。いよいよタイムリミットである今日を迎えた。


 放課後の教室。残っている者もまだ数人いる中で、尊はスマートフォンを眺める。今までたくさん送り合ってきたメッセージはもう、二、三度スクロールしたくらいではスタート地点に引き返すのも難しい。けれどそれも、おとといの夜に尊が送ったみたらしの写真に《今日もかわいい》と返事が来たところで途絶えている。近づく終わりに、ここでボロが出てはと警戒しているのだろうか。そう思うと、何となく自分からも送ることはしなかった。教室で見る限り、千歳はいつも通りの笑顔だったけれど。


 さあ、千歳はどうやってこのゲームに幕を引くつもりなのだろう。いつも千歳と一緒にいるクラスメイトたちに「今日は用事があるから」と、勇気を振り絞るような深呼吸ののち伝えていたのは確認済だ。じゃあね、と去る友人たちにバイバイと手を振って、そのままどこかへと行ってしまった。


 この放課後に何か仕掛けてくるつもりなのだろう。手持ち無沙汰に外を眺めつつ、数分が経った頃。クライマックスの報せは軽快な音で届いた。


《分かった?》


 たったそれだけのシンプルなメッセージ。どんな顔でこれを送って来たのだろうか。そんなことを想像しながら、尊は気になっていたことを訊ねる。


《お前のお願いってなに?》

《まだ言わない》

《当てても教えてくれんの?》

《オレが勝った時にしか言わないよ》


 千歳の慎重な様子に、尊はそっと顎を上げ頬杖をつく。どうにも頑なで、そこまでされると余計に暴きたくなるのが人間のさがというものだろう。わざと負けて引き出してみるのも手か。何でも言うことを聞いてもらうと言ったって、例えばパシリにするだとかそういったことを千歳が乞うとも思えない。多少のリスクを負ってでも千歳の目的を知りたい欲求が尊にはあった。


 分からなかった――そう打ちこんで、けれど全て消去する。


 勝者の特権は当然、自分にだってあるのだ。


《お前は三上千歳。今どこ?》


 瞬時に既読のマークが付いたが、返信が途絶える。千歳には勝算があったのだろう。きっと狼狽えていて、どう返すか迷っている。待つのはいくらでも構わない。


 机にだらりと体を預けていた尊は、漸く届いた次のメッセージを確認しておもむろに立ち上がった。


《屋上の前》


 たった四文字をどんな顔で打ったのだろう、そんなことを想像しながら。

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