不死のヒーロー

和音

黒い命



 この街にはヒーローが居た。


 何年前の話だったか、数百万人に一人が超能力を使えるようになり、世界は混乱に陥った。ある者は人の為にその力を使い、またある者は世界の為にその力を役立てた。しかし牽強附会。超能力は善人の下だけに渡らない。自分の為、金の為、快楽の為に力を使う人達が現れたのは最早必然のことだろう。


 そんな中、一人の男が立ち上がる。彼は自分のことを『ヒーロー』と呼称し、迷惑な超能力者を倒していった。彼は強かった。同じ超能力者相手に圧勝するだけで無く、複数人に対しても無傷で勝利を収める程に。


 彼はヒーローの名に恥じぬ様に活動し続けた。その名は世界中に広がり、混乱は少しずつ収まっていった。


 世界が落ち着きを取り戻し、超能力に対する法や設備が整い出した頃、一人の少年がまたヒーローに憧れを抱く。妄想の中で力を振るい、賞賛を浴びる。心の何処かでは無理だと分かっている。自分には超能力が使えない。奇跡は簡単に起こらない。しかし、もしもの世界を考えるのは辞められなかった。


 少年がシェルターの中で妄想を膨らませている時、想像もし得ないが起こる。


 先ず聞こえたのは頭を貫く轟音、それに遅れて瓦礫の落ちる音や悲鳴が耳に入る。普段は見慣れない太陽は余りに眩しくて、この惨状が現実だと思えない。少年を庇って冷たくなっていく父親。瓦礫に押しつぶされ真っ赤に染まる友人。その中を笑いながら悠々と歩く数十人の超能力者達。それら全ては少年が受け止めるには余りにも大きすぎる現実だった。


 事件が起こればヒーローがやって来る。だが、超能力者達も馬鹿じゃない。予想していたように動き出し、ヒーローを取り囲む。一人は重ねた手の隙間から鋭い光を放ち、又一人は腕を棘のついた蔓に変え拘束する。一人が手を銃の形に組むと、その指先から凄まじい速度で鉛玉が飛来する。他の超能力者達も各々攻撃を繰り出した。


 他の超能力者なら簡単に命を落としたような攻撃を受けても尚、ヒーローは一歩も動かない。棘の拘束を腕だけで引きちぎり、蔓ごと軽々と投げ飛ばす。掌の中に眩い光を貯めるのを見ると、一瞬で距離を詰め、勢いよく殴り飛ばす。飛んでくる弾丸を手に掴み、目にも見えない速度で投げ飛ばす。


 超能力者達は遠くで気を失い、銃の超能力者は片腕を撃ち抜かれ苦しんでいる。これが本物のヒーローかと少年は驚き身じろぐ。その拍子に少年の靴に石があたり、音を鳴らす。刹那飛んでくる黒い鉛玉。それを庇うはヒーロー。


 少年が少し動かした足は戦況を大きく変えた。荒い呼吸をただ繰り返し、胸を強く抑えるヒーローと、片手は動かないが、もう一方の手を構える超能力者。


 肉を割く鈍い音が鳴った後、ヒーローは息絶えた。そして少年の心臓も貫かれた。


 少年には夢があった。超能力を使い、人を助けるという夢が。それなのに少年の瞳に映るのは、自分のせいで命の絶えたヒーロー。

光の届かない海のような後悔があふれて止まらない。


 少年の願望は最悪な形で実った。心臓を貫かれ、冷たくなっていく身体。それに抗う様に胸の奥から溢れ出すのは黒く輝く暖かさ。その熱は少年の身体を廻り、を無かった事にする。物心ついた頃から欲しかった超能力は既に少年に宿っていた。それを理解した少年は息絶えるヒーローを一目見てゆっくりと立ち去った。


 ヒーローが死んだというニュースは瞬く間に拡がり、落ち着きを見せ始めた世界は再び混沌へと向かった。数年後には悪事を働く超能力者が何百と集まる連合ができた。そのトップはヒーロー殺しの名を冠する銃の超能力者だった。連合が世界を支配する用意をしていた時、裾のほつれた黒いマントを身に纏い、深くフードを被った男が訪れた。


 一人の超能力者が握力を強化して黒い男の頭蓋を粉砕したが男は手を伸ばし、超能力者の心臓を貫く。剣に貫かれても棘の蔓で縛られても、傷は黒い光とともに治り、歩き続ける。その圧倒的な力はヒーローを彷彿とさせ、銃の超能力者は焦りながら指示を出す。数分後、黒い男は何回死んだだろうか。そのたびに男は黒く光り、また連合の人間の命を刈り取る。その姿は死神。視界に収めたものを殺さずにはいられない存在。当然のことだった。


 連合の人間は皆等しく塵芥と化し、その場には黒い男のみが立ち尽くす。そこに現れたのはヒーローの遺志を継ぐ者たち。騒ぎを聞きつけ、事態を収拾するため集まってきた彼らをみた黒い男は本人の意思なく命を奪うため動き出した。


 黒い男は迷いなく自分の心臓を貫く。しかし、黒い光はそれを許さない。自分以外の命を奪おうとする身体を止めるため、自分の命を奪い続ける。やがて、身体は形を保てずに泥のように崩れる。


 その後、悪の連合は黒い男と共に消えた為、世界は少し平和に近づいた。

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不死のヒーロー 和音 @waon_IA

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