第2話・応援してみる。

 しばらくの間、私は随分と浮かれていた。

 こんな自分でもあんずが喜んでくれるような、杏の為になることが出来たのだと。


 けれど1週間が経って、眠たい古文の授業中、ふと気がつく。


 膝枕あんなん一回しただけで完全に元気が出るなんてそんなことなくない!? あまりにも烏滸おこがましくない!?


 もし彼女が今現在も無理に無理を重ねているのなら、『また弱ってた時にでも』なんて悠長なことを言ってる場合じゃない!


 というか、忘れていたけど事の発端は告白のような発言だった。杏の口から『あれは思わず出ちゃっただけで、深い意味はないから気にしないで』と言われるまでは安心できない……!


「はい、じゃあここ、桐谷読んで」

「ヒャ!? へ、はの……」


 ぐるぐると思考に飲まれている渦中、突然指名されて音読を指示されるも、当然のようにどこを指しているのかわからない。


「……授業にちゃんと集中するように」

「ひゃい……しゅみましぇん……」


 寡黙なおじいちゃん先生に怒られてメンタルにダメージ。クラスメイトは私なんていないみたいに無反応で追加ダメージ。

 もしも私が陽キャでクラスにもたくさん友達がいたら、『注意されてやんの~』みたいに茶化されたりなんだりで盛り上がってたのかなぁ……。


×


『幼馴染かなんか知らないけどさぁ……調子乗んないでよ!』

「っ」


 かつてのクラスメイトに言われた言葉が突然脳内に響いて、体がビクンと跳ね上がった。

 ……そっか、寝ちゃってたのか。

 昼休みにご飯を食べたあと、机に突っ伏して寝たフリをするのはいつものことだけど、ちゃんと寝入っちゃうことはあんまりないのに。


「……」


 私が悪かった。何の能力も魅力もない私が、杏のような子にずっとべったりだったら、そりゃあみんな良い気しないだろう。

 私が悪かったんだ。


「今週の神傍かんばたさんさぁ~」


 突っ伏したままの私の耳に、クラスメイトの声が入ってくる。とても気になる話題だ。杏がなんだって……??


「何ていうか……」

「ミステリアス感がぐっと強いよね!」

「わかる〜!」

「ねっ! ちょっとラフっていうかぁ~!」

「そうそう!」


 ……違う。

 普段と違うのは認めよう。きっとそうだ。クラスのみんなが感じ取れるくらいには、杏はじゃない。

 だけどそんな、ミステリアスとかラフとか、ポジティブな言葉で表せるようには、私には見えない。


 きっと疲れているんだ。彼女はずっと期待されてきて、その期待に応え続けているのだから。


 入学して、そろそろ一年が経つ。

 この一年で交友関係や武勇伝を増やし続けた杏と、なーんの爪痕も残せなかった私……いやいや、勝手に比較して勝手に落ち込むな。ほら、ゲームのスコアなら結構いい線行ったこともあるし? 誰にも自慢できないけど……。


 まぁいい。そんな私でも杏の為にできることがあるとわかったのだから。

 リストは作った。本当に杏のことを思うなら、絶え間なく実施するべき! 人目のつかないところで! 元気の出るコトを!

 

×


 さて、行きますか。

 "先生"の支配から解き放たれた放課後は、同じ存在であるはずの"生徒"が眩しくて見られなくなる。私以外のみんなは夕焼けでキラキラして、日が暮れたら星灯りでエモさ増しましだし。


 そもそも学校が苦手なのに、12月に入って浮かれている空気感は一段としんどい。

 それでも頑張って通うのは、もちろん、杏がいるから。二人で同じ学校へ行く為に頑張ったからだ。あの日を無駄にしたくないからだ。


『クコが部活見に来てくれるの……嬉しい。やる気がドバドバ出てくる』

 あれは6月……もう半年前か。杏が私に言ってくれたことを思い出す。

 見るだけで元気出るならそれが一番。今日はテニス部にいるはずなので、図書室で少し時間を調整してからコートへ向かった。


 スポーツ推進校を自称する我が校はその理念を実現するため、施設には惜しみなく投資している。

 この屋内テニスコートもその一つだろう。その辺のテニススクールより良い設備が整ってるんじゃないかな……?

 ハードコートとオムニコートが二面ずつあり、それらを見下ろせる観客席までもある。全国大会なんかもここで行われるとか……。


「神傍さん! 私と1セットお願いします!」


 時間調整の甲斐もあって部活動は本格的な練習に打ち込み始めていた。

 ウォーミングアップの時とかに見学者くると目立つからね。陰キャのリスクヘッジ舐めちゃいけませんよ。


「わかりました」


 遠くだし人も多いしでちゃんとは聞き取れないけど、どうやら杏とテニス部の人が練習試合? をするみたい。

 ……どうしよう、応援しに来たつもりではあるんだけど……声とか出したら普通に迷惑だよね……?


×


「ゲームセット、ウォンバイ神傍」


 審判がそう言い終わるよりもずっと前からどよめいていたコート。

 どうやら杏の勝ちで終わったらしい。

 久しぶりにスポーツ中の彼女を見たけれど、相変わらず物凄い集中力だった。

 たぶん私なんて、視界に入っていたとしても存在を認識されていないはず。

 ……来た意味あったかな……?


「入部希望?」

「ヒャッ!?」


 ええ、ええ。見えてはいましたよ。テニスウェアを纏った何者かがこちらに向かって来ているのは。でも声掛けられるとは思わないじゃん!? そんなんわかってたら逃げてるに決まってるじゃん!?


「すごく熱心に見てたね! わかるよ、テニスってスポーツ観戦の中で一番面白いよね! それで思ってたんだよね、『私もやってみたいなぁ』ってさ」

「ちっ、ちぎゃ、はの、アタシ……」


 怖い怖い怖い怖い! 絶対上級生! 圧倒的運動部! 爽やかイケメン女子! 怖い要素しかない!!


「せっかくだからラケット握ってみなよ、おいでおいで」

「ちょま……ちょ……まっ……!!!!!」


 手首を掴まれ引っ張られて強制的に起立、からの背中を押されてコートへと運ばれていく。散歩を嫌がる犬のように抵抗しても、フィジカルの差はどうしようもなかった。


「……クコ」

「……えへへ……」


 あれ? 杏のリアクションは意外にも冷静だった。なんでこんなところに!? って感じで驚くと思ってたのに。


「おや、二人は知り合いかい?」

「ヒュエッ!?」


 先輩の問いかけに、私の脳内は正答を導くべくフルスロットルで回転を始めた。


「私、私は……!」


『幼馴染かなんか知らないけどさぁ……調子乗んないでよ!』

 リフレインする。何度も何度も、夢でも聞いて、目覚めててもどこからともなく聞こえてくる。

 私と杏の関係はおおやけにするべきでない。せっかく地元から離れた高校に来た意味がなくなる!

 でも嘘はきたくない! だから私が告げるべきは……!


「私、神傍さんのファンなんです!!」

「!?」

「ああ、そうなんだ」


 杏の表情に若干の驚きが浮かび上がり、反対に先輩は『またか』的な表情で納得していた。


「神傍さん! 応援してます!」


 私はテニス部の体験入部をするためにここに来たんじゃない。このチャンスを逃さない!


「すっごく応援してます! でも無理だけはしないでください! あなたの活躍を! 私は一生見ていたいです!」

「っ……うん……!」

「いつも傍にいることはできないけど……だけど、いつも一番に想っています!」

「私もクコのことが「し、しゅちゅ、失礼します!!」


 ポカンと呆然する先輩の隙を突いて猛ダッシュ! 大して速度出てないだろうけど! まぁ厄介なファンが1匹紛れ込んで厄介な推し活した、くらいの認識で終わるイベントのはず!

 杏が何かを言おうとしているのはわかっていたけれど、あれ以上あの場に居座れる根性は私にはなかった。

 ともかく……ともかく! 私が今日やるべきコトは果たせたんじゃないかな!?


×


『今日はクコのおかげで頑張れたよ』


 部活が終わってすぐの時間だろうか、杏からラインが来ていた。


『応援来てくれてありがとう』


 そか……良かった……迷惑かけただけじゃなかった……!

 頑張れたっていうのは、あの試合の後の練習とかのことだよね? 良かった良かった。

 これからも定期的に行きたいけど……全てのテニス部員から私の存在が忘れられるまではしばらく無理かな……。

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