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西島は、スマホから顔を上げ、振り返る。
離れたところに、でっぷりとお腹が出ている中年男、オペレーションリーダーの田口がいた。見た目から、キャストではないことがすぐにわかる。騒音に包まれた店内でも、五メートルほど離れたところからよく通る声を響かせた。
「D卓にヘルプついてくれる?」
「はい。行ってきます」
一秒とて躊躇する間をつくらないように気を付けている。西島は、スーツの襟を整えると、ポッケへスマホを仕舞った。
店内に設置されているテーブルはどれも胸くらいの高さの仕切りで囲まれており、その場からはD卓の女の子が見えなかった。顔の筋肉を動かしながらD卓へ近づいていくと、仕切りの下で、担当に抱き着いている女の子がひとり見えた。
まだ二十代。肩を出した過激なファッション。細身でスタイルがいい。鼻が高く、どう見ても整形している。西島の好みの容姿ではない。
喉を整えてから、頬をぐっと持ち上げた。
「お邪魔しまーすっ!」
頭頂部に響くような声を出し、近づきすぎないように注意を払いながら、女の子の隣に腰かけた。
だいぶ酔っている女の子は、にやにやした目でこちらを見ると、「あら、またイケメンが来たわ」と笑った。
ヘルプにつくときは、クールを気取るよりも盛り上げ役に徹したほうがいい。
「ありがとうございますぅ! どうです、タイチさんと俺では、どっちのほうがイケメンです?」
顔をぐっと突き出しつつ、横目で、女の子に肩を抱かれているタイチを見た。目はくりっとしていて愛嬌があるが、それほど顔立ちがいいとは言えない。
明るさを売りにしているタイチと、顔を売りにしている西島では、ブランドの方向性がまったく違った。タイチ指名の女の子は顔目当てではないため、顔の話題を出しても、嫌がられることはない。
女の子は、タイチと西島の顔を見比べたあと、タイチにいまいちど抱き着いた。
「そりゃ、タイチに決まってるよ、心がイケメンだもん」
「負けちゃいました」
頭を押さえるジェスチャーをした。
「ごめんな、サトシ。お前とは、心のイケメン度合いが違うんでね」
タイチは、キスしそうなくらい近くで女の子と顔を合わせ、あふれでてくるような笑みを浮かべた。その様子を温かく見守る。
ヘルプについているときは、担当と女の子の会話を盛り上げつつ、自分を出していくことは控えなければならない。あくまで担当が主役なのだから。そのへんのバランスに意識を向けながら、ときどきミキちゃんにどんな言葉をかけるかを考えながら、また、いちばん無視できない懸念事項―—それは勝手に頭に浮かんでくる――を振り払いながら、ヘルプの仕事に従事した。
タイチは巧みに女の子を持ち上げていった末に、自然な流れで、シャンパンを開けないか、と提案した。
いいよ、いいよ、とはならない。財布に金がないという。
だが、金がなくても、売掛で、シャンパンを開けることはできる。
ここでヘルプの出番だ。飲みましょう、素敵な時間になりますよ、と強く勧めると、女の子が折れた。
エンジェルシャンパン。
一本、五十万。
じゃらじゃらと金の湧く泉。
それが、ホストクラブ、『ビバリー』。
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