怪盗K
津多 時ロウ
〇〇
『〇〇には三分以内にやらなければならないことがあった。
この〇〇とは何か答えよ。
ただし、好きな女子の名前は入らないものとする。
あ、違った。
ただし、記号は入らないものとする。
なお、間違えた場合には、巨大なバッファローの群れが群馬県を破壊し尽くすものとする。
<怪盗K>』
「せーんせえー、くーろーぬーまーせんせー。なんですか、この挑戦状。ふざけてるんですか?」
僕の名前は
東京の大学に通う学生の身分ではあるが、昨年の
この事務所の所長は、僕が敬愛してやまない
先生は警視庁で数々の難事件を解決してきた敏腕捜査官だった。
退官後は地元の群馬県で探偵事務所を開き、県警から協力依頼を受け、これまた数々の事件を解決に導いている。
だけど、そんな敏腕探偵の事務所は一見すると小綺麗に見えるが、実は書類がぐちゃぐちゃに保管されているファイルボックスだらけなのだ。誰かが片付けなければ、未解決事件のように書類が迷宮入りしてしまうことだろう。
そんな書類ぐちゃぐちゃ事務所をさらにぐちゃぐちゃにするように送られてきたのが……、いや、送られてきたかどうかは不明だった。それは気付けばメールボックスに入っていたのだから。
どこにでも売っている白い封筒に差出人はなく、切手も貼られていなかった。
ただ、『黒沼 八幸 様』とだけ表書きがしてあったそうだ。
もちろん、先生はそんな胡乱な封筒を普通に開けたりはしない。
わざわざ僕が出勤する日まで待ち、カッターでフタの糊をはがして僕の目の前で開封し、件の謎かけが記された紙片を取り出したというわけなのである。
「まあ、あれだよ、星君。怪盗Kというのはお子様だからね、なぞなぞでも解くように考えてごらん」
今日も変わらず白地に黒のピンストライプのスーツ、黒のワイシャツ、臙脂のネクタイ、そしてどんな強い風が吹こうとも崩れない横分けの黒沼先生が、何でもないことのように気軽に言う。
「だけど先生、間違えたら巨大なバッファローが群馬県を破壊しつくしちゃうんですよ!? 白衣観音とかららん藤岡とかこんにゃくパークとか、あ、あ、あとは姉さんと行った積雲館とか、全部全部破壊されちゃうんですよ!?」
「星君、まずは落ち着こうか。君はお姉さんと一緒に積雲館には行ってない。そうだろう?」
「は、そうでした。取り乱してしまってすみません」
「結構。それにほら、君は一つ、いや、二つかな。失念していることがある」
「え、なんですかね? 読み終わった新聞はちゃんと新聞入れに入れましたし、先生に寄って来る悪い女はこっそり始末しておきましたし……、僕はいったい何を失念しているのでしょう?」
「えーっと、ありがとう? うん、まあ、それは置いといて、一つ目は巨大なバッファローの群れが群馬県を破壊し尽くせるかどうか」
「あ、巨大なバッファローの群れってそういえばなんなんですかね?」
「さあ、それは俺にも分からないが、牛の群れと馬の群れをかけているのかも知れないな。なんにしても怪盗Kはただの愉快犯だ。大それた犯罪などしないし、する資金力も度胸もないだろう」
「なるほど! さすが先生です! それで二つ目は?」
「君も少しは考えなさいよ……」
「うーん。あ、先生はもう答えに辿り着いているから、ということですね!」
「まあ、そんな感じだね。答えも何もかも俺は分かった上で、君に聞いているんだ。さて、星君。君はこの挑戦状をどう解決するのかな?」
「うーん……。あ! 先生、分かりました」
「答えは?」
「怪盗KのKは黒沼のK、つまりこの挑戦状は先生が僕を鍛えるために作ったものですね!」
「……全然違うよ。やり直し」
「ええ!? 定番のトリックじゃないですか。どうして違うっていうんですか。どうしてそんなにつまらないことを言うんですか。黒沼、お前も組織に染まってすっかりつまらない男になっちまったな!」
「追い出すよ?」
「ごめんなさい。真面目に考えます。――あ、もしかして」
「ふむ。言ってごらん」
「まず、この〇〇とは何か答えよ、ですけど、これが空欄だとか伏字だとかは全く書いてない。即ち、この問いの答えは〇〇、しかも文字と比較したこの大きさからして、記号ではなく漢数字扱いの〇〇ですね?」
僕がしたり顔で言えば、先生は嬉しそうに頷いて言葉を返す。
「うん、その通りだ。ところで〝まず〟と言ったんだから当然、続きがあるんだろ? 話してごらん」
「はい。次に、怪盗Kへの返信方法が書かれていない、という問題があります。当然、向こうはこちらの場所を知っていますが、こちらは恐らく、多分、もしかしたら神出鬼没の怪盗Kにどうやったら連絡が取れるのか全く分かりません。さらに『間違えた場合には』と書かれています。これはつまり、答えられなかったら間違いようもない、当然、バッファローも襲ってこない、だから先生も僕が来るまで放置していた。どうですか、当たってますか?」
「おいおい、それだと君が来る前に俺が中身を知っていたってことになるじゃないか。俺は確かに君の目の前で封を開けたんだぜ? それをどうやって説明するんだ?」
「先生は、調査で未開封の封筒を開けるときに、よくオシリの糊だけをはがして、中を見終わった後に、未開封と区別がつかない状態に戻してますよね? 今回のもそれです」
そこまで言い切った僕の顔を見て、先生は、黒沼八幸は実に愉快そうに笑うのだ。
「はっはー。見事だ、星君。今度から時給を10円上げようじゃないか」
「ありがとうございます?」
「なんで疑問形なんだよ」
「だって10円しか上げてくれないなんて。しかも今日じゃなくて今度から。……あ、でも、そうすると怪盗Kってやっぱり先生のことなんじゃ……」
「いいや、俺じゃないんだわ」
「ではいったい誰が」
「分からん。ただ、これまでに何度か県警から予告状の相談をされたことはあったからな」
「本格的な怪盗じゃないですか。なんだかワクワクしますね!」
「いや、それがな」
「なにかご不満でも? 名探偵には怪盗と解答がつきものだっていうのに」
「うまいこと言った気になってるところ悪いんだが、Kの予告状ってのは、わざわざ捜査するようなもんじゃないことばかりなんだわ。怪盗だってのに盗みもしない。ま、そのうち何かが間違って対決することもあるだろうから、そのときは怪盗に解答よろしく頼んだぜ」
『怪盗K』 ― 完 ―
怪盗K 津多 時ロウ @tsuda_jiro
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