闇のカードに転生したので主人公を闇堕ちさせたかった(過去形)

ウボァー

第1話 闇のカードに転生したので主人公を闇堕ちさせたかった(過去形)

 そこに光はなかった。ただあるのは闇。闇に満ちた世界に、闇の化身と呼称されるほどの力を持つ龍がいた。


 漆黒の霧は龍の体を下賎な者たちから隠すよう全身を覆う。漆黒の鱗の一枚一枚はいかなる名刀でも足元にも及ばぬほどの鋭さを誇る。漆黒の角は、牙は、爪は、どれも相対する敵を触れるだけで両断する威力を持つ。漆黒の翼は一度羽ばたけば小さな村を吹き飛ばすほどの強大な風を起こせる。

 ただ一つ、漆黒ではない箇所――龍の紅い両目が開かれた。


 龍は体を捩り、自身の姿形を確かめる。手を開き、翼を羽ばたかせ、足を動かす。できて当たり前のことを確認したはずなのに、どこか戸惑っているようにも見える。


 ふと、気付く。漆黒の世界に紛れるようにして存在する、龍の目の前に浮かぶ縦長の長方形。それは一枚のカード。そのデザインに龍は見覚えがあった。


 ……あ、ここ《超越決戦コールモンスターズ》の世界だ。

 それが、この漆黒の龍へと転生した人間が初めて発した言葉だった。


 《超越決戦コールモンスターズ》――略してコルモン。それはあるカードゲームを元にしたアニメ。なぜカードを一枚見ただけでアニメの方だと分かったのか? 答えは現実で販売されているカードとアニメに登場するカードはデザインが異なるからだ。なのでここはアニメの世界。

 アニメを見るだけでなく実際のカードゲームもしたことのある自分としてはあの世界にいる! という事実だけでテンションアゲアゲな状況だ。


 《超越決戦コールモンスターズ》、それは最初の方はカードゲームで青春しているがストーリーが進むにつれ死の危険がある血戦とか、宇宙の命運とか全生命体の未来とか決めることになるアニメ。たかがカードゲーム、されどカードゲーム。世界創造の鍵を握ってたり神がカードになっていたりする。ホビアニにはよくあること。


 ……なんでだろうか。こうして《超越決戦コールモンスターズ》のことは思い出せるのに、前世の名前や自分がどうやって死んだのかとか、前世の交友関係とか、そういったものがあんまり思い出せない。転生するにあたって余計なことを誰かの手で切り捨てられたかのように。

 そして記憶消去のついでだろうか、残虐な事に対する忌避感とか罪悪感も消えている。人だったという自覚を持ちながら人ならざる者へ変じたという現実を理解した自分だが、そこについてはまあいいか、とさっくり気持ちを切り替える。


 問題はここから。

 どうしよう。ここ、できる事が何もない。


 《超越決戦コールモンスターズ》にはカードに宿る付喪神的な存在としてモンスターたちが暮らす異世界が存在する。そこは複数のモンスターが同じ属性や種族で纏まって生活している……の、だが! ここには他の生き物がいない、自分だけのひとりぼっち。ぼっちなのだ。美味しいご飯もない。娯楽もない。あるのはアニメの世界に転生したけどアニメのストーリーを追えない転生龍だけ。泣きそう。


 そんな自分を横目に我関せずとふわふわしているカード。……腹が立ってきた。そう、コレがあるから自分はアニメの世界に転生したキャッキャと幸福を得、それ以外は何もないという絶望の落差で不幸になった。


『こんな、こんな希望など――!』


 妙に威厳のある感じに変換された言葉と共に、カードを破壊してやろうと龍は手を振り下ろす。爪がカードの端に触れた。瞬間、カードから闇を裂く光が発射され、漆黒だけの世界がひび割れ始めて――穴ができた。横長四角の奇妙な形の穴。まるでカードのイラスト枠を拡大しました、みたいな……。おっかなびっくり近付けば、その穴の向こうの景色として


 なんという事でしょう。一枚のカードが現実世界を見ることができる不思議な穴になったではありませんか。なんかよくわからんけどヨシ! 娯楽、ゲットだぜ!


 外の世界はどんなものなのかと情報収集するべく穴に顔を近付けて……鼻の先っちょが外に出た。あっぶぇ、とすぐに体を引っ込める。


 穴と顔の距離を調整して二回目の覗き見に挑戦。

 ……うむ。知ってるモンスターだけでなく見覚えのないモンスターカードがちらほら見える。ついでに主人公の証である【光】デッキを使うツンツン髪の子供。アニメ《超越決戦コールモンスターズ》本編で見たことのない容姿、ステータスや効果がしっかり主人公しているカードを主力にしている。

 つまりこの子は続編の主人公? ぽい気がする。多分絶対に部分的にそう。


 ――よし、その時が来たらこの子闇堕ちさせたろ。自分はそう決意した。


 何故? と思う方もいらっしゃるだろう。ここ自分しかいないけど。

 説明しよう。ホビアニに闇堕ちはセット。闇堕ちは禍々しいつよつよカードが必要、かつ闇堕ち期間はあんまり長引かない。一番の理解者であるライバルとの戦いで目が覚めて、闇堕ち要因カードは光落ちして別カードに生まれ変わったり、もう使われないようにと大事に仕舞い込まれたりして使用されることはなかったり、時には消滅する時もある。

 闇堕ちを間近で見れる機会なんてそうない。そして自分は見るからに闇っぽい。カードとしての自分が主人公の目の前に向かい力が欲しいかムーブをすれば、特等席から主人公の闇堕ちを最後まで見れるんだ。こりゃもうやるしかないっしょ!



 ――その時から、自分の次作主人公(仮)ストーカー生活が始まった。



 ハラハラドキドキ、手に汗握るゲームの数々。トーナメントで勝利を重ねるごとに親友を、強敵を、仲間を得る。大会に優勝し、主人公の物語に一区切りついて。

 時間が経って周囲がちょっと落ち着いた一ヶ月後。【闇】を使用する怪しげな大人たちが表舞台に現れ始めた。


 ……うわなんか明らかにワルですみたいな言動してる大人がおる。ケヒャ笑い似合いそうだな。うわっキヘヘって笑ったマジかいな。

 わお出会って速攻で戦い始めた。さすがホビアニ、全てをカードゲームで解決する世界観だから無理なく()戦いに持ち込む理由が提示できるため導入が短いぜ。

 ダメージが実際に肉体に出てる! 痛そう! 血が出てるから痛いの確定! これはもう力を手に入れて早く相手をぶっ潰し楽になりたくなる頃合いなのでは!? もしくは自分に与えられた痛みを倍返ししたくなっちゃうのでは〜!?


 よし出動! 脱出! 待ってろ主人公! ピンチからの逆転、過剰な力に呑まれて闇堕ちしろ主人公!



***



「キヘヘヘ……これが【闇】の恐怖! 戦いを続けるほどお前は苦しむことになるぞぉ、無駄な抵抗はやめてさっさと降伏したらどうだぁ?」


「降伏はしない……カードは人殺しのための道具なんかじゃない……!」


 実体化したモンスターの攻撃に幾度痛めつけられようと、少年は折れなかった。互いの力を競い合うのではなく、相手を殺すためにカードを使う相手が許せなかった。自分が負けを認めるなんてこと、できやしない。


「そうか、じゃあ死にな! やれ、《滅びの担い手 ガルーダ》! あのクソガキに攻撃だぁ!」


 複数の猛禽類をつぎはぎにした見た目の怪鳥が鳴き声をあげ襲いかかる。爪が少年の体を引き裂こうと迫り――。


「まだ……だ! 戦闘支援カード《光輝士の希望》を発動! 墓地の《光輝士団長 ヘブンス》の戦力分自分ライフを回復する!」


 攻撃を無効にするカードではない。だが、確かに命は繋がった。

 赤色が散る。痛み。目の前が暗くなる。


「ちっ……だが何ができる! お前の手札は0! 次のターンに何を呼び出そうが俺の《ガルーダ》に叶うはずがねえ!」


「俺、の――」


 力が入らない。立っていられない。戦おうという強い気力は少年を支えきれず、ドローしようとした体勢は崩れ地に伏した。


 地の底から響くような声が聞こえた。


『――力が欲しいか?』


 顔を上げる。先程まで戦っていた相手はいない。真っ黒な空間、その中でも一際黒い龍。黒いモヤに包まれ、その姿をはっきりと見ることはできないが、目がこちらを見据えているのだけは分かる。


「負けるわけには、いかない」


 自身のエースはすでに敵の攻撃で倒れた後。相手カードを除去できるカードももう残っていない。次のターンのドローで逆転の一手を引き込めるか、と聞かれれば断言できない。


『我を手に取ることを許そう』


 現れたのは全てが真っ黒に塗りつぶされた不気味なカード。突然の申し出に躊躇したのがわかったのか、龍は言葉を重ねる。


『闇を求めよ』


 龍が迫る。闇――それはあいつが使っているモンスターたちと同じもの。でも何故か、目の前にいる龍からは恐ろしさは感じない。全てを優しく包み込む、月の浮かぶ夜。

 この龍はきっと全てを肯定する。それを可能にするだけの力がある。その力があれば、きっとあいつを倒せる。だけど、相手を甚振ることで喜ぶなんて同じところへ堕ちる……それは絶対に嫌だ。


『全ては己が望むままに』


 望むのはただ一つ。

 【闇】を倒す。それだけ。



  TURN CHANGE


   闇の召喚者

     ↓

   光咲 聖也 手札0→1



「――いま、のは……そうか」


 意識が戻る。先程の邂逅は幻覚ではないと、この手にあるカードが示している。

 全ては望むままに。傷ついた彼の体を黒いモヤが手助けし立ち上がらせる。


「俺の、ターン、だっ……!」


「何っ!? この力は……! まさかそんなはずが!」


 男は慌てふためく。それもそうだろう。彼が手にしたカードから感じ取れるのは、男が扱うものとは比べ物にならないほど凝縮された闇。


「手札にあるカードがこのモンスターのみの時、こいつは出すことができる! ――闇を染め、死を束ね、今ここに降臨せよ! 死統龍 ヘルシャーロイデ!」


 大いなる力に導かれるように、彼は指揮盤の上へとカードを出した。



《死統龍 ヘルシャーロイデ》

【闇/エクス・ドラゴン/闇黒忌士】

 戦力 ?000

このモンスターは通常召喚できない。手札にあるカードがこのモンスターのみの時、このモンスターは手札から特殊召喚できる。

このモンスターは自分の戦線に1体しか存在できない。

このモンスターの戦力は自分の墓地にあるモンスターの数×1000となる。

このモンスターは自分の墓地にあるモンスターの数に応じ以下の効果を得る。

1体:自分の準備段階に発動できる。自分のデッキからモンスターを1体選び、自分の墓地に送る。

3体:このモンスターは2回攻撃ができる。

5体:相手モンスターと戦闘する時に発動する。戦闘する相手モンスターの戦力を相手の墓地にあるモンスターの数×500下げる。

8体:自分の交戦段階に発動できる。自分の墓地からモンスターを1体召喚条件を無視して特殊召喚する。

10体:相手の準備段階に発動できる。相手の支配するカードを全て相手のデッキに戻す。



 ついに! 自分が主人公(仮)の手で使われたぞ! うひょー。


「死統龍は倒れた仲間たちの力を得る! よって戦力は――!」


「なぁ……っ!? だ、だがそれでも俺のライフを削り切ることは――」


 効果の説明が長い……! まあつよつよカードの宿命なのでそこは仕方がないか。あとケヒャ笑いの人がしっかりと負けフラグを建設している。

 近くで見るバトルは迫力満点だあ。戦うの私なんですけども。うーん……なんか……敵の使ってる鳥型モンスターがぷるぷる震えてる……?


「墓地のモンスターの数により死統龍は効果を得る! 今の死統龍は2回攻撃が可能! よってお前のライフを削り取れる!」


『ヒイッ』


 目の前の鳥型モンスターくん、恐怖の声を漏らす。


「いけ、死統龍 ヘルシャーロイデ!」


 攻撃の指示を出されたので私、いきまーす! タスケテーって騒ぐ鳥なんぞ知らん! 猫パンチならぬドラゴンパンチで圧殺!


「あ……ああ、あ……!」


 攻撃を受けた鳥、戦闘に負けたため爆発。もうケヒャ笑いを守る壁モンスターは存在しない。


「これでトドメだ! 闇を蹴散らせ――!」


 初登場で初勝利、記念すべき戦いなのでちょっと頑張るぞと息を吸い込む。ドラゴンブレスを喰らえーっ。


「馬鹿な……この俺が! この俺がァアーーーーーーッ!!」


 真っ黒ビーム発射。着弾、爆発。ライフがゼロになって戦闘が終わる音。消える黒いドラゴンの立体映像。どさり、膝から崩れ落ちるケヒャ笑いの人。

 やっべやり過ぎたかも……いや息してるからセーフ! セーフ! 攻撃のショックで気絶してるだけっぽい。カードゲームアニメの世界の人間の耐久力、恐るべし。


「…………これが【闇】、なのか?」


 主人公(仮)が私の宿るカードを手にして呟くのは……疑問? あれーおかしいね闇堕ちの気配が微塵もないね。なんで? 主人公(仮)くん私がつよつよだってところちゃんと見たよね?


「【闇】は……カード達は他人を傷つけるために生まれたものじゃない、だからお前は俺に力を貸してくれたのか……?」


 主人公(仮)、自分で納得したのか何一つ躊躇うことなくデッキに私のカードをin。


 待って? えっ? おかしくない?


 ………………もしかして自分、し、新エースカードみたいな扱いになっとるー!?

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