第14話:別れ
「ん……ここは……」
...まぶしい...。目をつぶっているのにも関わらずまぶしく感じてしまう。相当眠っていたのだろうか...。とりあえず瞼を少しずつ開き、上体も起こす。
「おお…!やっと目を覚ましたか…!」
するとその俺の動きに気付いたのかレンが駆け寄ってきた。どうやらこの感じは冥土ではなさそうだ。
「え……あいつは……」
俺は流れるように奴の現状をレンに尋ねた。
「ああ、うまく急所に骨が刺さって……無事倒せたぞ……!!」
ああ、そういえばそうだったな。俺は目の前であいつが死にゆく様を見ていたはずなのに。なんという間抜けな質問。じゃあとりあえず俺は無事、大役をやり遂げることができたのか...。最後に気絶して運ばれた点以外はまさしく英雄といっても差し支えないくらいだろう。自分でいうと箔が下がるな...。
「そうですか……。……あっ、そういえばテトラはどうなったんですか……!?」
俺は今頃になって思い出した。なんでこんな大事なことを忘れていたんだ...。俺はレンの回答を今か今かと身構える。
「……まだ目を覚ましていない……。呼吸はしているのだが……。」
「…!テトラは今どこにいるんですか…!?」
急に起き上がり、そう血気迫る様子で俺はレンに尋ねたのでレンは一瞬身じろいでしまう。そしてすぐに体勢を立て直して横に目配せをした。そのレンの視線の先には布団に眠り姫のように安らかに寝ているテトラを見つけた。が、これは眠っているのではないとすぐに俺は思い知らされた。
「……はっ…!!テトラ…!!」
俺は布団から飛び起きて、隣で寝ているテトラのそばに駆け寄った。突然のことに周りで一服をしていたほかの隊員たちは驚いた様子をしていた。
だがそんなこと今の俺にはどうだっていい、ノイズ以下のことだ。奴にテトラが蹴飛ばされた後、俺は一度もテトラの様子を見ていない。多分奴に蹴飛ばされた衝撃で絶命したな
んてことはないはずだがそれから大分長いこと放置されていたはずだ...。
このまま目を覚まさなかったらと思うとぞっとする。なんだかんだこの星に来てから一番助けてくれて、心の支えになってくれた...そんな俺にとってはこの世で一番大事な仲間といっても過言ではないだろう。
出会ったときのことは今でもよく覚えている。長いこと孤独でこの星をさまよっていて、もうこの先のことも何もかもに絶望していた時に救世主のように現れた彼女はふさぎ込んでいた俺に希望の光を照らしてくれた。数字にすると短いものだろうが、それでもともに立ちはだかる試練を乗り越えてきたと思っている。そしてこれからも仲間として...友人として一緒に旅をするはずなのに...
「こんな所で……」
死んでしまうなんて...あまりにも悲惨すぎる...。もっと会話しておけば...もっと彼女にこれまでの恩返しをしていれば...あのとき...テトラが助けに来てくれた時...うまく立ち回れていれば...そんな後悔が俺の頭の中でぐるぐるしている...。
...俺は何考えているんだ...。まだ死んだと決まったわけではないのに...なんで死んでしまったときのことを考えているんだ...。今は死んでしまったときのことを考えるより、死んでしまわないことを全力で祈ることの方が大事なんじゃないのか...!
俺には生還の確率を高める手段は当然ながら持ち合わせていない。こんな遠征中に治療できることだって大分限られているだろうし、呼吸や脈動は正常なため、そんなテトラが受けられる治療はこの星全体で見ても限られているだろう。だから俺たちにはただただ生還を祈ることしかできることがなかった。でも俺は俺たちが唯一できることである祈りを精一杯した。これでもかというほどに。意味のある行為とは思えない。というか全くの無意味だろう。ただ俺は自分の心を落ち着かせたいだけかもしれない。でも、それでも俺はテトラが目を覚ますその瞬間が来ることだけを一心に祈っていた。
頼む...神様...なんでもするから...とにかくテトラを...テトラを......!
「お願いだから目を覚ましてくれ…!!」
俺は勢い余って心の声を出してしまった。
その時だった。テトラの瞼がかすかに動いたような気がした。勘違いかとも思い彼女の宝石のような瞼を凝視する。
もう一度瞼が動いた。今回は見間違いなのではない、俺は確信した。
神様はまだ俺たちのことを見放してはいなかったと...。
「……ん……、……ユーギリ……。」
口元がむずがゆく動いたのと同時にテトラの瞼はそっと滑らかに開いた。瞼の隙間からは真珠のような美しい瞳が姿を現した。これまで何度も見てきたはずなのに...これほどまでに彼女の瞳が美しいと思ったことはなかった。
「…!!よ、よかった…!!!テトラ……!」
俺はまだ意識がはっきりせず目がうつろなテトラを強く抱きしめた。今さっき目を覚ました人をこんなに強く抱きしめるものではないとわかっていながらそのまま抱きしめてしまう。ほんとに自分は自己中な奴だなと思いながらなお抱きしめた。周囲もテトラの回復に安堵や歓喜の声を並べている。俺はそんな仲間たちには目もくれず抱きしめ続けた。とりあえず...本当によかった...。これでやり残したことをすることができる。
こうして俺たちの怪物討伐は幕を閉じた。
俺たち討伐隊は一時的に洞窟に敷いていたキャンプをそそくさと片付け、あの大立ち回りをして、興奮がいまだ覚めやまぬ大洞窟を後にした。車がギリ通れそうな、さっきまでいた洞窟と比べると糸のように狭い洞窟を抜けるとそこにはこれまで見たことがない景色が広がっていた。
見渡す限り平原、平原、平原。いつもはこっちの方向を向くと遠くに赤く光り輝いた赤嶺山脈がこれでもかと広がっていたのを鮮明に覚えている。しかし俺の眼下にはここに来てから俺にずっと圧迫感を与え続けていた山々はなく、どこまでも平原が広がっていた。背景に赤嶺山脈があるかないかでこんなにも気の持ちようが違うなんて...。
俺たちは遂にずっと祈願していた赤嶺山脈の突破に成功したのだ。こんな景色を見ているなんて...俺はいまだに夢じゃないかと疑ってしまう。だがこれは現実だ。俺が死に物狂いで戦って、生き残ったからこそこの景色をみることができたんだ。これまでの努力は無駄じゃなかったんだ...。
そうやって俺は静かに、でありながら力強くこの事実をかみしめていた。
もうここまでこれば宇宙服の密閉状態は解いていいだろう。なんせここまで丸 2 日間くらいずっと宇宙服を密閉していたからな。
宇宙服は通常ごっついヘルメットがついているのを思い浮かべるだろう。しかし俺たちの宇宙服は一般のものとはそういう面でも少し違う。普通の宇宙服では通常ヘルメットがついているところがこの宇宙服にはビニールのフードのようなものがその役割を果たしている。そしてそれを被れば外の世界との接触は絶たれ、密閉が完了するものになっている。ヘルメットではないから大分普通の宇宙服は身軽で動きやすいものになっている。本当にこんなフードで大丈夫なのかと思いたくなるがまあ性能面に関しては従来の宇宙服と何ら変わ
り映えはないようだ。いやあったら困るんだけどな...!
しかしそんな身軽なものとはいえ、窮屈なこの状態が何日も続くのはつらい。
「よし、そろそろフードを取ってもいいだろう。みんな、お疲れ様。」
長はそう言った後、自分の着ている宇宙服のフードを下ろし、密閉状態を解いた。それに呼応してほかの隊員たちもフードを下ろしていく。俺も例にもれずフードを下ろす。まず俺が真っ先に感じたのは開放感だった。
顔を前にフードが一枚あるかないかでこんなに感覚が違うものなのか...。新鮮な空気を直で据えるのはこの上なく嬉しいことだ。こんな異形の星の空気でもうまいと思える日が来るとは思わなかった。
俺はそうやってここまで来たことへの達成感を感じていたが、それとは裏腹に着実に仲間との別れが近づいていることをその達成感は暗示させていた。
「ここでいいのか?」
「はい。」
あの怪物の討伐から一夜が過ぎた。あの日、討伐をし終えた後、討伐隊一行は洞窟が無事安全に通行できるかの確認のため山脈を抜けただけで別に彼らはこのまま本部に向かうつもりはもちろんなかった。まあ奴の討伐が主目的なんだから、その目的が達成されればあとは集落へ帰るのみだ。そもそもここから本部じゃ相当距離が離れているらしいからここままもと来た道を戻り、集落への帰還を目指すのが普通だろう。そんなこんなですでに夕方が近づいていたこともあり、俺たちは赤嶺山脈の麓に野営をし、一夜を過ごした。やはりみんな奴を倒したからだろうか、野営中はみんなとてもリラックスしているように感じた。
まあそりゃそうだよな。現に俺は野営地がペントハウスだと錯覚してしまうくらいくつろいでいたし。
そして俺もなるべくその野営の時間を仲間たちとの交流に費やした。一つでも多くの言葉を交わすように心がけていた。どんな他愛のない会話にも俺は積極的に参加したと思っている。みなも薄々わかっていたのだろうな...
この夜が俺と一緒に過ごす最後の夜であると...。
...そして今に至る。俺は今、そんな彼らに別れを告げようとしていた。まあここで別れるのは当然の判断だろう。
テトラと俺以外のメンバーはこの後、集落へ向けて出発して、俺たちは本部への旅路につく。行き先は真逆であり、この判断は適当なものだと思っている。もしかしたらアーゲンは俺たちについてくるのかなと若干期待したがアーゲンも一度集落に向かうことにしたらしい。ここでお別れになってしまうのは悲しいがまあしょうがない。
「そうか……。まずは此度の怪物討伐の助力、心より感謝を申し上げる。」
長は深くなくともきれいなお辞儀をする。そのお辞儀には長の誠意がこもっていた。
「いえいえ!そんな…!」
俺は両手のひらを長に向け、左右に細かく振る。謙遜という奴だな。まんざらでもなさそうな長をしり目に言葉をつづける。
「君がいなかったら、討伐は不可能だった。本当にありがとう。」
「いえ、こちらこそありがとうございました。」
自分で言うのもなんだが...確かに討伐は不可能だっただろう。なんせパーソナルロボットを持っていて、使いこなせるのは俺だけなんだから。
その張本人さんは今はエネルギー充電中のためスリープ状態であり、俺の背中で親と括りつけられ背中で寝る赤ちゃんのようにすやすやと寝ている。俺はこちらからもお礼を述べる。まあ実際感謝の方はしている。それは事実だ。
「本当に行くのだな…?」
「はい。」
長が俺に再度それを問いかける理由は自分でも理解できなくはない。俺のなかで本部に行く具体的な理由がおぼろげになってきているからだ。
いまのところ、俺は本部で何をしたいのか...全くプランがない...。昔の俺なら死にたくない一心で声高らかに向かうと宣言できただろうが今の俺はそういうわけにもいかない。かといってこのまま本部にはいかないという選択肢もなにか違う。というかテトラは俺に本部へと送り届けると約束したし、俺も本部に行くことをここに来てからの至上命題としていた。今更曲げるのもそれは間違っているだろう。
とりあえず今の俺は本部に行くことに専念したいと思う。もしかしたら向こうに行けば何らかの決心はつくかもしれな
いしな。
とりあえずは今は一歩を踏み出すことに専念しよう。そうすればそのうち道が開いていくかもしれない。
「……集落一同いつでも君を歓迎する。気が向いたらいつでも帰ってきてくれ。」
「はい…!」
俺は元気よく返事をした。そう言ってくれるのはありがたい限りだ。
「……テトラも。戻りたくなったらいつでも戻ってこい。」
「はい……。ありがとうございました。」
長はテトラの方に体を向きなおし、優しくそう告げた。なんだかんだこの二人は最後まで不思議な間を保っていたな。まあ長の表情を見る限り、ずっとテトラのことを心のどこかで気にかけていたんだろう。そんな間柄がうかがえる。
「…寂しくなるな...。」
ウッディはぽつりとそうつぶやく。この人はいつも冷静だな。まあそれが彼のいいところでもあるんだが。
「ふふ……そうですね。レンさんもウッディさんもアーゲンさんも……ロックさんも(笑)……」
「おい~~、何笑ってるんだよ~~ユーギリ君~~~」
この人はこの状態がシラフなんだろうか。顔がモッツァレラチーズのようにとろけている状態がシラフって言うのも意味が分からないんだが...。今回の討伐任務でロックのかっこいい姿を見たので見直していたがまたこんな風に絡まれると気分が冷めざるを得なくなる。
「ヘヘヘ……みなさんありがとうございました…!」
俺はロックの様子をはた目で見た後、もう一度お礼を言った。
するとレンが聞こえるか聞こえないかの狭間の声で「耳貸せ」と囁いてくる。俺はそれにかろうじて気づくことができ、周りの目をはばかりながら俺の片耳を貸した。
「……彼女とはうまくやれよ……笑」
「…!ま、まだそんなんじゃないですよ…!!」
「へぇ……その気はあるんだな。笑」
「あっ、ちょ…!冷やかさないでください。……!」
なんで...最後の会話でこんなことを言うんだよ...。テトラはきょとんとしている。驚いたせいで大分声量が大きくなってしまった聞かれなくて済んだようだな。
本当に...なんてことを吹き込みやがるんだ...。別にテトラとはそういう関係ではないのに...。でもテトラが目覚めたとき、明らかにいつもとは違う目をしていた気がする。それは目がうつろだったからとか強く抱きしめられたからなどという意味ではなく、明らかに俺に対しての目線が変わっていた。単に俺の勘違いの可能性もなくはないが...あの眼差しは...もしかして...
...いやいや俺は一体何を考えているんだ。そんなわけがないだろう。ハニートラップですらない罠に危うくハマってしまうところだった。テトラが俺みたいなやつのことを意識するなんて...妄想にも程度というものがある。
はあ...バカなことを考えてしまった。まあいい、レンにあんなことを言われて気が動転していたのだろう。本当にレンの奴...最後の最後でやってくれたな...。
「はははっ……まあ頑張れよ。」
「はい……!笑」
俺ははっきりと返事をした。当のレンの方は全く気にしていないようだ。
全く...からかわれた俺の身にもなってほしい。
その直後、少しの静寂が流れる。最後の会話も全部済んだのか...。そう思うと急に胸が苦しくなっていた。ブツブツ文句はつぶやいてきたがそれでもここまで一緒に戦い、短いながらも寝食を共にしてきた仲間だ。やはりこれでお別れとなると寂しくなってくる。そうこれまでの出来事を思い出せば思い出すほど胸が苦しくなってくる。
ヤバい...テトラが目覚めた時ならともかくこんななんでもないところでなんで...
「ん...?...おいおい...どうしたユーギリ...。」
俺はどうすればいいかわからなくなっていた...。頭の思考回路は完全にショートし、使い物にならなくなってしまった。こうなってしまえばダムの決壊は避けられないだろう。
「あれ~もしかして俺と別れるのがそんなに寂しかった~~?」
そんなロックの言葉は右から左へ俺の頭を通り抜けていった。もう...それどころではない...。なんとかわずかに残る最後の気力を振り絞ってダムの決壊を防ごうとするが、時すでに遅かった...
「うぅ...うわわわぁぁぁ!!!」
俺は赤ちゃんの泣き声を再現するかのようにその場に立ち尽くして大号泣してしまった。レンをはじめ周囲は突然の号泣にロックまでもが言葉を失っていた。そりゃそうだ、何の前触れもなく急にわんわん泣き始めたんだから。なんで...こんなところで...脳の回路が焼き切れてしまった俺にそんなことを考えることはできないと思っていたがその答えは泣きっ面の上から降ってきた。
そうか...これが別れなんだ...
俺はこの別れという状況をごく当たり前のように認識していたが、よくよく考えればこんな別れを経験したことはこれまでの人生の中で一度もなかった。ろくに友達がいなかった俺は別れというものを体験したことがなく、別れというものに対して全くの無知だったのだ。そしてこの年になってまで別れに対する免疫が備わっていなかったので今、こうして人前で赤ちゃんのように泣くことしかできなくなってしまっているのだ。
「泣き止んだか...?」
「は...はい...ごめんなさい...取り乱してしまって...。」
俺は 2、3 分泣き続けただろうか。さすがにそれだけ経てば俺の心もある程度落ち着きを見せており、これまで通り会話ができるまでに回復していた。俺は顔に残った涙を拭きとると恐る恐るそう言った。羞恥心によりレンの顔を直視することができない。
「本当だよ~~!てか君ってあんな風に泣くんだね~~ww。いや~しかし、君の泣き顔初めて見たけど中々傑作だったよ~~www」
「もう...からかわないでください......!」
ロックはそう気前がよさそうに煽ってきた。それに乗っかるように周囲の隊員たちも笑っていた。俺は顔をしかめることしかできない。はっきり言って屈辱でしかない。
でもなんというか...そんな嫌な気はしなかった。逆に泣くことができてすっきりできたと思っているくらいだ。そしてなんといっても隊員たちの笑い声は決して嘲笑などではなく、何かほほえましいものを見ているようなものだったからだ。バカにする意図は一切感じられずその場にはほんわかとした空気が流れているような気がした。
いや気分が全く悪くないかと言われればそんなことはないんだがな。いたたまれないと言えばいたたまれないし。
そうして和やかな時間が徐々に過ぎ去っていき、遂には再び周囲は静寂に包まれた。俺は気を取り直して長の方を向く。長も何かを察したような雰囲気でこちらを向き、顔を見合わせた。もう思い残すことは何もない。
「では......!」
「ああ...また...会える日まで...。」
俺は最後の別れの言葉を発した。何かが吹っ切れたような...そんな力強い声が出た。長はとても満足げな顔をしている。周囲を見渡しても皆、長と同じような顔をしている。俺は振り向き、テトラの方を見た。テトラも例にもれず長と同じような顔をしている。多分この感じだったら俺もまた同じような顔をしているのだろう。
ふっ...似た者同士ということか...。
そう心の中で笑いながら俺たちは仲間たちと別れた。
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