第11話:虎の子の作戦?
あれからどれくらい経っただろうか。軽いとは言ってもずっと抱えていたら辛くなってくる。地面は上にもあった赤い雪で覆われていている。そして今俺はさらに奥に進み、森林のような場所を進んでいる。こんな光が届かない場所に立派な木が密集している様子は本当に気味が悪い。早くこんな場所から抜け出そうと思い足を動かすが状況はますます悪化していくばかりだった。
「っ……」
そう何を隠そう周囲が森林であるという以上になぜか墓あるところに迷い込んでしまったからだ。なんでこんな奈落に墓があるんだよ...普通に考えて意味が分からないのだが...。墓と言ってもいわゆる木の枝で作られた簡易的なものだったが明らかに墓と思われるものが二つ並んでいた。もうここまで来れば全身を震わせながらその場に立ち尽くしてしまった。多分顔面は蒼白になっているだろう。そしてそんな状況に追い打ちをかけるような事態が起こる。
「ザっ.....ザっ...ザっ……」
地面の赤い雪と何かがこすれる音...明らかに足音だ。しかも俺のではない。
誰かいる...。しかもその足音は少しずつ大きくなっていく。お化け屋敷でも出せないような雰囲気が漂っている。
ヤバい...気が狂いそうだ。
「誰だ……貴様……」
「ひっ…」
謎の人影が物陰から姿を見せた。シルエットがうっすらとだけ見えるその様子はブレインをショートさせるのに十分なものだった。俺の心はすぐに限界に達し、俺はまた気を失ってしまった。
「ん...」
はあ...また気を失ってしまった...。一体何回気を失えば気が済むのだろうか。耳を澄ましてみるとパチ...パチ...と火が燃える音がする。寝ころんだ状態で上を向いてみると岩でできた天井が見えた。洞穴か何かなんだろう。そして今俺は布団の中で寝ころんでいるらしい。
ん...?よくよく考えてみると何で布団の中に...俺は森林にある墓の前じゃ...
...完全に思い出した。俺はあまりの恐怖で気を失ってしまったんだった。
え...じゃあ足音の正体は...
「起きたか……」
「ひっ…!!」
俺は魚を盗んだのがバレた野良猫のごとく飛び上がり、洞穴の隅に身を寄せた。その声の主であろう人を視界に入れることが出来ない。気を失ったばっかりなのにもう気を失いそうになっている。でも俺はそれ以上に好奇心が一瞬勝ってしまい、目を隠している手の指の隙間からちらりと見た。
外見はまあ、普通の人間というか...長と同じくらいの年齢に見える。だが顔にはひげがぼうぼうに生えており大分おっさんに見える。顔はどこか寂しそうな顔をしていてとてもやつれているような見た目だった。そして俺と同じ宇宙服を着ている。
...意外と大丈夫なのか...?そういえば特にコノ人から何かされたわけではない。ここまで過剰に怖がるのはおかしい...?いやいや、普通こんなところに人間がいるわけがない。
「すまん。驚かせてしまったようだな。私はアーゲン、本部からの通信使として集落に向かっていた。」
...あれこれ心配したがそういうことだったのか...。やっと点と点がつながった。本部からの使者として向かっていたということはこの人も俺たちと同じように奴に奈落に落とされてしまったのだろう。まあとりあえず一安心だ。
「しかしこの洞窟であの怪物に出くわしてしまい、奴にこの奈落の底に落とされて今に至る。君もここにいるということは奴の存在は知っているだろう。奴の不意打ちに俺以外の隊員は全員やられてしまった。
表にある墓は彼らのだ。そして俺はさっきまで先日怪物にやられて奈落に落ちてきたであろう連中の墓を作っていた。」
あの墓はそのために...納得がいった。
ん...?待てよ...先日怪物にやられた連中ってまさか...通信使の探索に向かった探索隊なんじゃ...
「俺だってこんな奈落の底で死ぬつもりはない。しかし奴がそうやすやすとここから逃がしてくれるとは思わないからな。だから今のうちに仲間を弔っておこうと思ったのさ。」
俺がそう悟っているとアーゲンは割り込むようにそう答えた。そんなことを言われても返す言葉に困る。そう俺が返す言葉に困ってしまったせいで少しの間沈黙が流れたがすぐにアーゲンが沈黙を破った。
「気を失っているのは君のガールフレンドかな…?」
一転してそうラフに尋ねてきた。隣で気を失っているの...テトラのことだ。
「い!いえ!彼女は初めて出会ったときから良くしてもらっていて、本部まで付き添ってもらっているんです…!」
俺は当たり障りなくそう答えた。本当にガールフレンドだったらどれほどよかったことか...。
「なるほど…、頼れる人が身近にいてよかったな。」
「…はい……!」
それは本当にそうだ。彼女がいなかったら俺はここまで来ることはできなかっただろう。彼女にはいろいろなものをもらった。それは本音だ。
「……若いな。ここに来たのは最近か……?」
「あっ、はい…!」
アーゲンはまた話を変え、そう尋ねてきた。まあ初めて出会ったんだからいろいろ聞きたいことはあるんだろう。
「そうか……。そういえばなぜこの洞窟に来たんだ?本部に行きたいのはわかるが俺たちが遭難していることは知っているだろう。であれば今コノ洞窟が危険だということも知っているはずだ。」
「はい……自分たちは長が招集した怪物の討伐隊に参加して、もしそのままこの洞窟を抜けれれば自分たちは討伐隊から離脱して本部へ向かうつもりだったんです。集落に留まっていてもどうにもならないですし…。」
ありのままを答えたと思う。自分でもこの判断が正しかったのか...今となっては疑問に思ってしまう。なんせ結局奴と遭遇し、あろうことか奈落に落ちてしまったのだから、そう思ってしまうのも無理はないだろう。まあ今となっては後の祭りだが...。
「で…このざまか……。まあそのまま集落に留まっていたとしても討伐が成功しなければ一生集落で立ち往生だもんな。とすればそれなりに賢明な判断だたかもしれんな。」
アーゲンは相当頭が切れるらしい。俺の考えをことごとく看破してきた。さすが奴の攻撃から生き延びることが出来ただけのことはある。
「コイツも気を失っているがまさかアレを使ったのか?」
「ロックオンレーザーのことですか…?」
「ああ、そういえばそんな名前だったな。……それでも倒せなかったとは…。これは前の怪物討伐よりも厳しい戦いになりそうだな…。」
アーゲンも知っているのか...まあ多分この感じだとどのパーソナルロボットにも同じような機能がついているのだろう。だったら知っているのもおかしな話ではないな。
「……今、討伐隊がこの洞窟にいるんだな?」
「え……あ、はい。」
「そうか……。どのくらいの規模だ?」
「長や自分たちを含めて 9 人です。」
「そうか…長も来ているのか…………わかった。いろいろ教えてくれてありがとう。私は今すぐにでも上へあがり、討伐隊と合流したいと思っているのだが……手負い2人では中々厳しいだろう。なんせ俺もこの周辺を一通り探索してみたが上に登れそうな道はなかったからな。」
なるほど...自分一人で上に上がったところで奴にかなうわけもないし、奴が出口で仕掛けてきたのを鑑みると多分奴は一度自分のテリトリーに入った奴がいると絶対に逃がさない主義なのだろう。蜘蛛の巣のように橋が張り巡らされているとはいえ所詮は一本道、奴に進路をふさがれてしまえば撤退のほか道はない。だからそんな状況で上に上がるのは自殺行為だと判断したのか。そして今ちょうど討伐隊がこの洞窟に来ているのであればその討伐隊と合流した方がいいと思ったのだろう。実に合理的な考えだ。まあでもとりあえず横の二人が目を覚ますまで出発はお預けというわけか。
ん...?上に登れそうな道がないって...
「え…?……てことはどうやって上へ上るんですか…?」
「そんなの、一つしかないじゃないか。」
ごくり...
「崖を登るんだよ。」
「何かほかの方法はないんですか…?」
あれから一晩が過ぎ、無事テトラとベニ坊が目を覚ましたので今日、満を持して討伐隊と合流するために出発したのだが俺は今、断崖絶壁の壁を目の前にしている。この壁を登る...確かに角度としてはそんなに急ではないし、突起物が崖のいたるところにあるので登ること自体は不可能ではなさそうだ。
でもやはり特筆すべきはその高さだろう。俺たちが登ろうとしている箇所は上からの光が届くほかの箇所に比べてそこまで深くないのだろうがそれでも首を限界まで曲げても頂上は見えない。正直生身の人間が登っていいものではないと思う。一応アーゲンと縄がつながっているとはいえこの高さは顔面蒼白ものだろう。登る前のプレッシャーで体調不良になりそうだ。
「ない。まあ危険ではあるが頑張ることだな。」
「うぅ……」
マジで嫌だ...なんやかんやこれまでで一番嫌かもしれない...。
「ナニソンナビクビクシテンダ?カベヲノボルダケダロ?」
「人間には人間の悩みがあるんだよ…!」
こいつ...機械風情が調子に乗りやがって...!あとで覚えてろよ...!でも今の俺には反発する気力すらない。
「ふふっ、仲いいんだね…!」
とそんなベニ坊とのやり取りを見ていたテトラがそう言った。まあ仲がいいのは確かだろうが今じゃない...。そんな俺の悲痛な叫びに気が付いたのかテトラは心配そうな顔をしてくる。
「大丈夫だよ!まずは私から登ろうか…?」
心のうちを見透かされた気分だ。別に誰が先に登ろうがあまり関係がない気がするんだが...。まあその間にでも心の準備を済ましておけという意味なのだろう。というかめちゃめちゃ余裕そうだがテトラは怖くないのだろうか?縄も繋げなくていいって言ってたし。
「お願いします……」
俺は一応そう返事しておいた。俺だけがビビッているこの状況...あまりにも情けなさすぎる...。でもよくよく考えればテトラが異常に肝が据わっているだけだよな...?俺の感性がおかしいのだと錯覚してしまうがそんなことないよな?とにかくここの人間はどこかねじが外れている部分がある気がする。
「じゃあよくやり方を見ておいてね!」
と元気よくテトラは言った。いやまあやり方を見せてくれるのはありがたいんだが...なんであんな楽しそうにしているんだよ...。ピンチを楽しんでいるにもほどがあるだろ...。
「よし。じゃあ登っていくぞ。俺が先導するからお前たちはついてこい。多分あの怪物は俺たちが死んだと思っていると思う。現に俺が奈落に落ちてから何の音沙汰もなかったからな。でも上へ近づけば奴に気付かれる可能性もある。だからなるべく油断はするなよ。」
「はい…!」
登っているときは周りに注意を払っているどころじゃないと思うんだが...。うろたえる俺に対して気合が入った返事をするテトラ。俺がどれだけ嫌がっても準備はつつがなく進んでいくのであった。
「ひっ!」
思わず下を見てしまった。もう登り始めてから 1 時間は経っただろうか。ときよりベニ坊にもたれかかって腕や足を休めながらここまで来たのだが...。ここが比較的浅い箇所だからだろうか。底がはっきりと見えていて、それが逆に恐怖心を煽る。いくらベニ坊にもたれかかっていたとはいえもう腕はパンパンで疲労で頭がおかしくなってしまいそうだ。
「ナニモタモタシテル?ハヨノボレ。」
そんな満身創痍な俺にベニ坊はいつも通り心無い言葉を言い放つ。だが俺はそれに反応しているどころではない。心臓は今までになくバクバクしており、恐怖のせいか腹も若干痛い。でもここで手なんか放してみれば奈落の底へ真っ逆さま。前は赤い雪ががっつり積もっていたり、うまく木に引っかかったか何かで大事には至らなかったが今回はそういうわけにはいかないだろう。落ちたら本当に終わりだ。
「大丈夫ー?一人で登り切れるー?」
「手伝いに行こうかー?」
俺はボルダリングに四苦八苦しているとすでに登り切り、頂上から俺を見下ろしている二人がいた。そうやって心配してくれるなら俺を置いて先に行かないでほしいのだが...。まあ奴の襲来のことを考えると無駄に崖にへばりついているのは自殺行為ともいえるのか。とはいえもう頂上は近い。何事もなければまああと数分で頂上にたどり着けるだろう。
...こういうところで死亡フラグを立てるのは良くないか...。
...今俺は過去最大のピンチに陥っている...!
......マジでつらいな...。
「はぁ…はぁ…」
ようやく...ようやく登りきることが出来た...。俺は頂上にたどり着いた瞬間、脱力してしまいその場に倒れこんだ。恐怖から一気に解放されたこともあって気が抜けてしまったのだろう。登り切ったことでこれまでため込んでいたものが一気に出たためか全身がピクピクと情けなく震えている。多分顔をこれまでになくだらしないものになっているだろう。まあ体力の限界が来たのもあるのだろうが...。とにかくしばらく動けそうもない。道中で奴の襲撃もなかった。俺が事前に死亡フラグを回避していたことはまあ関係ないだろうが、とりあえず何事もなく登りきることが出来て本当に良かった。
「大丈夫!?」
「はぁ…へぇ…はぁいっ……」
その場に倒れこんだ俺を見て、テトラはすぐに駆け寄ってきた。しかも地べたに寝ころんでいる俺を気遣ってか膝枕をしてくれたのだ。だがいきなりの膝枕にも疲労と脱力感のせいで俺はろくな反応をすることが出来なかった。でもやはり女の温もりだというべきだろうか。それを直に感じていた。ここまでの安心感や安らぎを得られるとは...。
しばらく彼女の膝にもたれかかった後、俺はそっと起き上がった。こんな場所でいつまでもこんなことをしてもらっているわけにはいかないからな。
「……よく登り切ったな…。だがここでゆっくりしている暇はないな。態勢が整い次第、討伐隊との合流を目指すぞ。」
俺が起き上がったのを見てなのかアーゲンはそう言った。死力を尽くし、果てている俺にかける言葉としてはいささか冷たくも感じるがまあその通りだ。いつ奴が現れるかわからないからな。少なくとも早くここから移動しないと...。
「ふぅ…。しかし久しぶりの光の下はやはり気分がいいものだ。ずっと暗闇の中にいたからな。あれじゃそのうち気が狂っていただろう。」
太陽からの光ではないとはいえ光の下にいることは確かに気分がいい。あんな暗黒の世界にずっといたら気が狂ってしまうのはその通りだと思う。
「はい、水。」
そうやって俺がボーっとしていると横から水筒を差し出しているテトラがいた。そういえばあまりにも不安そうな顔をしている俺を見かねて荷物のほとんどはアーゲンやテトラが持ってくれていたんだった。女の子に荷物を持ってもらうなんて情けないと思ってしまうがこんなことで強がっていてはそれこそ取り返しがつかなくなる可能性だってある。だからもうあまりそういうことは思わないようにしている。
逆に情けなくて何が悪いんだ?誰だって得意不得意はあるからそれをお互いに補っていくのが人間ってもんだろ?まあ俺がしっかり補えているかと言われれば疑問が残るが...。
「え、ああ、ありがとう。」
そうテトラに言い、水筒を受け取った。水筒をテトラに持ってもらっていた影響でこの1時間、何も飲めていなかった。しかも体をめっちゃ動かしたもんだから大量に発汗していた。だからやっとこさ飲める水は乾いた俺のからだを潤してくれるだろう。
そう思い水筒の口を開け、自分の口に水を流し込もうとしたその時だった...
「ドォォォーン!!!」
聞いたことがある爆音とともに砂煙が一瞬にして舞い上がった。
「なんだ!?」
とアーゲンは思わず声を出してしまう。自分のからだに鳥肌が立ったのがわかる。もう何が起こったのかはその音の正体を見なくてもわかる。なんせ昨日さんざんやりやったんだから。
「え…...」
あまりの衝撃でテトラも声を漏らす。そりゃそうだ、全く気配がしなかったから俺たちは油断をしていた。でもそういえば昨日出くわしたときも気配に気づけなかったな。こんなに出かければ気づけそうなものだが...。
「マジか…。とりあえず俺たちだけじゃかなうものではない!逃げるぞ…!」
まあまずはつべこべ言わずここから逃げないとな。とはいっても昨日だって結局逃げることが出来ずに奈落の底に落ちたからな。今回だってうまく逃げれるかどうか...。
いま俺たちは昨日歩いてきた細い橋ではなく、少し広い広場のようなところにいる。まあ広場とはいえ表面は凸凹でいたるところに巨大な鍾乳石のようなものが忙しくあって、割と視界が悪い。
「ユーギリも早く!」
「とりあえず後ろの橋を渡るぞ!」
そう俺は促され、立とうとするがまだ崖のぼりの影響が残っているのだろうか、体に力が入らず、立つことはできるのだがどうも足元はおぼつかず、テトラに手で引っ張ってもらってようやく動くことが出来た。これは想像以上にヤバいな。こんな状況で逃げ切れるのか...?一応ベニ坊は臨戦態勢になっていて、俺がフラフラなせいでベニ坊に乗って逃げることはできないがいつでもロックオンレーザーを打つことが出来る。でもそれで昨日は逃げ切ることが出来なかったからな。そうやって状況を整理するとドンドン恐怖心が高まってくる。
...あれ?これ...冷静に考えてみると過去最大のピンチなのでは...。と、とりあえず後ろにある橋から逃げないと...!
「ドゴォォォーン!!!」
「うわっ!!!」
奴のしっぽによる質量攻撃がお見舞いされる。大きすぎるからだが災いしてなのか意外と攻撃の精度は低い。しかし一回の攻撃でのリーチはとてつもなく広い。かすっても絶命してしまうほどに。
「早く…!」
テトラは焦ったのか俺の手をつないだままもっと早く走るようにと強引に促してくる。が、そう体が思い通りに動くはずもなく、もたついてしまう。こんな状況でも俺の手を離さないだけ聖人というべきだろう。おれが逆の立場だったら流石に離してしまうだろう。
「最後の手段としてチビのロックオンレーザーだけ打てるようにしておけ…!」
見かねたアーゲンがそう俺に助言をする。奴に致命傷を与えることが出来なくても足止めくらいには使えるだろう。まあそうなれば重たくて大きい荷物が一つ増えることになるのだが。まあそうなれば背に腹は代えられないだろう。
「ドドドォォーン!!!」
奴は間髪入れずに攻撃を仕掛けてくる。いくら冷静に逃げようとしても奴の攻撃の衝撃が地面をつたって伝わってくるもんだから焦ってしまい足元が狂ってしまう。それでも何とか逃げることが出来ていたが奴との距離は一向に遠のく様子がない。このままではじり貧だろう。しかもテトラによって何とか牽引されていた俺のからだももうすぐ限界がきそうだ。自分の体力のなさに嘆いてしまうがそんなことをしている場合ではない。本当に体がヤバい...限界を迎えた足を無理やり動かしている状況だ。もう足の感覚がないと言っていいだろう。これは万事休すかもしれない...。
「あっっ!!」
俺はその場に倒れこんでしまった。来るかと思っていたが遂に足をつってしまったのだ。いやよくここまで持ったとおもうべきだろうか。この痛みは靭帯くらいは切れててもおかしくなさそうな痛みだったが今はそんなことはどうでもいい。だって目の前に奴がそそり立っているのだから。
「ベニ坊...!!!」
俺は迷わずベニ坊を呼び、ロックオンレーザーの準備をさせた。もうそれしか切り札はない。後先のことは考えてられない。ベニ坊はすぐにエネルギーを充填し始めた。俺はテトラとアーゲンの肩にもたれかかりベニ坊が時間を稼いでくれている間に逃げようとする。
「ドォッン」
鈍い音が聞こえた。今までに聞いたことがない音に俺は体をビクッとさせ、恐る恐る振り向いた。
そこにはエネルギーを充填しているはずが地面に突き刺さっていたのだ。ベニ坊の目は不規則に点滅していて少なくとも活動不能だということは理解できた。俺たちの最後の切り札があっけなく地に堕ちた。
「避けろ…!」
奴はそんな俺たちに向けて間髪入れずにまるで最後の一撃とも思える質量攻撃をするためにしっぽを振り上げた。手負いの俺を背負ったままじゃ避けることは到底無理だろう。
俺はその瞬間、黄泉の国の使者の手招きが見えた気がした...。
「バンっ!!ドォーン!!!」
「うぅ……え……?」
俺のそんな幻覚は一瞬にして消え失せる。奴のからだに横やりを入れるように飛来した火薬がさく裂した。致命傷ではないにしても奴はそれなりにうろたえている。そしてこの攻撃はもちろん俺たちによるものではない。
「なんだ……!?」
「あれは……!」
と思わずテトラとアーゲンは思わず声を漏らす。もう何が何だかわからないといった感じだろうか。状況が理解できずにオロオロする俺たちの目線の先には明らかに近代兵器であろうものを持った男たちがいた。
「各員、3 人の避難が完了するまで持ちこたえろ!レンは3人の補助を頼む!」
「レンさん…!」
すんでのところで...討伐隊が間に合ったようだ。しかし昨日の奴の襲撃の際、あんな火力がすごそうな兵器を使っていったっけか?一撃で車くらいは破壊できそうな雰囲気なんだが...。でもそんな攻撃を食らっても奴はびくともしない。やはり通常兵器では歯が立たないか...。だが足止めになるという点では優秀だと思う。そうしてあっけにとらわれているとレンがこちらに駆け寄ってきた。
「よかった…無事で…!でも今は再会を喜んでいる暇はない。俺についてきてください!」
奈落に落ちてしまった自分よりも年が小さい少年少女がなんと無事だった...、本当なら感動の再会もいいところだが...まあ今は逃げることが優先だな。そうして俺はレンにおんぶしてもらいその場から離れた。
「よおし、3人の避難が完了した!各員は陣形を崩さず撤退する!うまく誘い込めよ…!」
俺たちの撤退を確認した長はそう隊員に言い放った。
「誘い込むって……何か策でもあるんですか…?」
俺は疑問に思ったことを素直におんぶをしてもらっているレンにぶつけた。まさかこのまま俺たちが迷惑をかけただけでこの討伐が終わってしまうのか...?まあそれに越したことはないのだが...。まあでも自信満々に奴に攻撃を仕掛けたんだからそう思ってもいいだろう。
「ああ、まあ見ておけ。」
レンはどや顔でそう答えた。...そんなに自信があるのか...?俺にはあの難攻不落の要塞の落とし方が検討もつかないのだが...。やはり大人が考えることは違うな。...でも過信は足をすくう結果にもなりうることを理解しているのだろうか。少し不安だが...まあ今は大人たちに任せるほかないだろう。そうして討伐隊の虎の子の作戦が決行された。
虎の子の作戦が決行されたはずなのだが一向に状況は好転していなかった。火力が強く、奴の足止めが出来る兵器を撃ち、奴の足止めをしつつ、少しずつ後退するを繰り返している状況だ。本当に大丈夫なのだろうか。しばらくは何か策があるのだろうが気分が高ぶっていたが何十分もこの状態だったら不安になるのも当たり前だろう。レンは相変わらず俺のことをおんぶしているし...
本当に大丈夫か...?辛抱できず俺はレンの耳元で囁いた。
「逃げてばっかりだけど本当に大丈夫ですか…...!?」
「心配するな...本番はこれからだ...。」
とレンはとても気前がよさそうなことを言った。確かにレンの顔には不安の色が見えない...いやまあさっきから俺を長い間おんぶをしているせいで顔色が少し悪いということはあるのだが...。でもそういうのであれば安心して大丈夫なのだろうか...。
「ブウォォォ!!!」
何回聞いたかわからない咆哮がまた聞こえた。最初はあれだけビビっていたのに...慣れというものは怖いものだ、全然びっくりしなくなった。
すると突然これまでの陣形を討伐隊は変えて、一斉に撤退し始めた。明らかにいつもの後退とは違う...。弾薬が尽きたとか...?
いやでも撤退していく隊員の雰囲気は敗走を感じさせるものではなかった。...ってことは...遂に来た...のか...?
「よおし、よく耐えた!ロック、撃てー!!!」
すると長は銃を構えていたロックにそう言い放つとロックは奴に向けていた銃口を真上、つまり自分の頭上に向けた。何をする気なんだ...。
「バァン!!!」
ロックの銃から放たれた弾薬はちょうど奴の真上の天井に刺さっている巨大な鍾乳石のようなものに当たった。そしてあろうことか衝撃を受けてしまった鍾乳石はドドドと音を立て、洞窟の天井から剥がれ落ちた。そして...
「ドォォォーン!!!キィエェェェ!!!」
そのまま直下に落ちて行った鍾乳石は見事に奴の頭に命中した。どうやらうまく頭を貫通しているようにも見える。...遂に...やったのか...。あまりの出来事に俺は言葉を失った。なるほど...所詮は文明の利器より自然の力の方が強いということか...。
しかし...この策士には感服した。これは胸を張ってどや顔をしていても許されるレベルのことだろう。一気に体が楽になった気がする。まあずっと不安の中生活していたんだから脱力してしまうのも当然だろう。
「やったか…!」
レンも息苦しそうにそう言った。
...すまん、レン...。これまでおんぶしてくれて。この恩はいつか返す...!...多分な...。
ほかのみんなも顔のこわばりが一気に緩み、緊張はまるで解けていた。死者はまあ通信使やその探索隊では出てしまったが...とりあえずこの討伐隊では一人もかけることがなくてよかった。
だがそんな感動は一瞬のうちに消え、その場は絶対零度まで凍ることになった。
奴の目が開いていた。しかも頭に岩が貫通しているにも関わらずくっきりとこちらをにらんでいた。
その瞬間、奴のからだは動き出し、頭に刺さっている岩を抜こうと右往左往している。あまりの想定外の出来事にみな唖然と立ち尽くしていた。そして…
「ボォ……ブウォォォォォ!!!!!」
岩を抜き終えた怪物はこれまでと同じくらいの轟音で咆哮した。何回も聞いたはずなのに...これまでにないくらい奴に恐怖心を俺は抱いていた。
「おいおい…マジかよ……」
「これでも死なないなんて…怪物どころの話じゃねーよ……これは……化け物だ……。」
とこぼれ落ちるように口々に本音を吐露してしまう隊員たち。俺たちは...もうこれ以上抵抗する気力も、手段も残っていなかった...。
この世の終わりのような空気が流れていた。...いや実際そうとも言えるかもしれない。こいつを倒して、洞窟を抜けられなければ俺の未来は万事休すだ。
「と、とりあえず全員、撤退だ。撤退しろ…!!!」
と長が発した号令に逆らうものはいなかった。
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