08 0.0008秒
『あんた……こんな、こんなこと、どうやって……』
里咲の声が会場中に響き、配信に乗り、世界中に流れる。
モニターでは、燃えさかる
『簡単ですよ。東京の方々はまあ、うぶ、というか、傲慢、というか……自分の愛する
がしゃんっっっ!
だが、それを見ても、聞いても、黒石は表情一つ変えなかった。矢車や他の面々(正気を残している者、と限定されるが)は、黒石が自慢げに自分の悪事を語るモニタに釘付けにされていたが、彼の行動は素早かった。
「やれやれ、現地の未開民に付き合い過ぎるのも考えものだな」
それだけ呟くと姿を消し、次の瞬間にはもう、里咲の背後にいる。だがそれを予期していなかった里咲ではない。自分一人なら視界内のどこにでも瞬間移動可能、というスーツの特性上、自分を捕獲するならあらわれる場所は限られてくる。黒石の姿がかき消えた瞬間、反応。
「よいしょっ!」
大げさに前方へジャンプ、ごろごろと転がりながら後方、あらわれた黒石の手にした、スタンロッドを回避する。黒石は少し意外そうな顔をしたもののまた転移、転がる里咲の元へ。
だがそれこそ里咲の予想通り、腰につけたパウチからナイフを抜き、あらわれた彼の足に突き立てる。黒石はその場で跳び上がり回避、そのまま転移し、里咲の数メートル前方へ。だが今度は里咲が攻勢に転じる。流れるように起き上がり、ナイフを投擲、投擲、投擲。致死の速度、というわけにはいかないが、一直線に黒石の頭、胸、腰にナイフが飛んでいく。だが転移能力持ち相手に投擲武器は、いささか相性が悪すぎる。黒石は再び里咲の背後に転移。スタンロッドをがら空きになった彼女の背中に突きつける。だが、その瞬間に彼の顔がいぶかしげなものになる。おかしい。
「そこまでだ、おっさん!」
そこで、久太郎の声が響いた。
いつの間にか彼は、かろうじて残る客席の縁に立ち、会場に向けてスーツをぶら下げている。
「…………そういう、ことでしたか」
呟くと、里咲を見る。よくよく、見る。
詳しく見てもまだ確信はもてないほどだったが、今、里咲が着ているこのスーツは……。
「まったく、スーツの偽物を作る、などという発想が、どこから出てくるのやら……未開民にしてはなかなかやりますね」
スタンロッドを引き、肩をすくめる黒石。だがその態度と表情にはまだ、余裕がある。
「あんたにとっちゃ、里咲さんとこのスーツ、セットで回収しないとまずいんだろ? だから、交渉がしたい。お互い、斬った張ったナシで安全にコトを終える方がいいだろ」
「君はまだわかっていないようだが、瞬間移動できる私を相手に、人質作戦が通用すると、本当に思っているのかい?」
言い終わるが早いか、黒石の姿がかき消える。
そして久太郎と色葉が、彼が次にどこにあらわれるのか、かなりの精度で予測可能となる。
(ここだ!)(り!)
同時。色葉が小銃を投げ捨て、最高速で加速。
青い薔薇の核融合炉は最大出力、光り輝き、基盤のような回路図を
だが。
黒石は腕を、伸ばしてはいなかった。瞬間だけスーツの前に姿を現し、再びまた、元の場所に戻っている。色葉の
「スーツがなければ、ワープホールは開けない。ところが配信によれば、先ほどまで里咲の近くで穴は開かれていた。するとこうなる。とんでもない早着替えを彼女が披露したか……」
黒石の姿がかき消える。
「こちらの彼女が着ていたか。しかし、今は転移を使わなかった。ということは」
刀を振り終えた体勢で固まっていた色葉の背後に、黒石が立つ。いつの間にか、その手の得物はスタンロッドから、ナイフに切り替わっている。
「ここ、だろう?」
ぶちぶちっ。
鮮やかな手つきで、ツインテールが無残に、ほぼ同時に断ち切られた。
それが、正答だった。
地下第四層で久太郎が苦心していたのは、偽のスーツ二着の作成。市販のレーシングスーツをベースに、デカールやプリントを駆使し、里咲が着る用と囮作戦に使う用。そして、里咲のスーツを、なんとか色葉が着られるようにすること。幸いにして認証などはなく、色葉でも着られて、転移はできたのだが……サイズの問題が一苦労だった。結局はあちこちをピンで留め、上からいつもの、ロリィタ風のワンピースを着ることで、その布量で覆い隠しなんとか、解決。
断ち切られたツインテールは光り輝き、それがおさまると彼の手に、〈TRUCK〉と書かれた本物のスーツがある。
色葉のツインテールはロリィタ服に変化するのではなく、
「なっっっっ!」
猛り狂う色葉は黒石に我を忘れ襲いかかる、が、その瞬間、彼はもう別の場所。
「さて……こうなれば後は」
黒石が里咲に目を向ける。
そこに久太郎も目を向ける。
その二人を、里咲が見返す。
そして色葉に助けを求めるような視線を向ける。
一秒にも満たない間。
確率予測AI〈
自分を困らせたことへの返答のつもりか、ナイフを久太郎の首に突き立て、その後、里咲をさらって逃げていく。瞬間移動ができる彼の行動を防ぐ手立ては、色葉にはない。どちらかは守れるかもしれないが、どちらかを確実に失う……このままでは。
そして色葉は決意した。
あるいは、気付いた、と言ったほうが良いのかもしれない。
……私の命は、力は、ここで使うためにあったんだ。
三秒、ううん、一秒でいい。
……ちがう。
このあと、死んじゃっていい。
ぜんぜん、それでいい。だから。
………………ごめんなさい、樫村さん。
でも……もう一つ教えてくれたことは、守れると思います。
この気持ちにだけは、ぜったい、嘘はつきませんから。
樫村さん。
だいすきです。
それに……。
ふふ、私、あなたのこと、信じてるから。
次の瞬間。それが起こった。
いや、それらが起こった。
黒石が姿を消した。
そして色葉が音速を超えた。
信じる心を力に変える、
黒石が、久太郎の背後にあらわれる、まさにその瞬間。
色葉はそこを通過した。
そして、あらわれた黒石は。
「なっ…………」
何が起こったかわからない、という顔をしながら、オブジェと同化した。
すべては、0.0008秒以内の出来事だった。
そして。
色葉は意識を失い、その場に倒れた。
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