08 0.0008秒

『あんた……こんな、こんなこと、どうやって……』

 里咲の声が会場中に響き、配信に乗り、世界中に流れる。

 モニターでは、燃えさかる64ろくよんの間、黒石の顔が炎に、不気味に照らされている。

『簡単ですよ。東京の方々はまあ、うぶ、というか、傲慢、というか……自分の愛する派閥ファクションに、日本からのスパイが混ざり込んでいる、などとは露程にも思わないようですからね』

 がしゃんっっっ!

 疾靴テックスで会場を飛び越えてきた久太郎は、色葉、黒石、矢車が作る三角形の中央に着地すると、ゴーグル越しに黒石を睨み付ける。久太郎を守るように、色葉が進み出てその背中を守り矢車と対峙する。

 だが、それを見ても、聞いても、黒石は表情一つ変えなかった。矢車や他の面々(正気を残している者、と限定されるが)は、黒石が自慢げに自分の悪事を語るモニタに釘付けにされていたが、彼の行動は素早かった。

「やれやれ、現地の未開民に付き合い過ぎるのも考えものだな」

 それだけ呟くと姿を消し、次の瞬間にはもう、里咲の背後にいる。だがそれを予期していなかった里咲ではない。自分一人なら視界内のどこにでも瞬間移動可能、というスーツの特性上、自分を捕獲するならあらわれる場所は限られてくる。黒石の姿がかき消えた瞬間、反応。

「よいしょっ!」

 大げさに前方へジャンプ、ごろごろと転がりながら後方、あらわれた黒石の手にした、スタンロッドを回避する。黒石は少し意外そうな顔をしたもののまた転移、転がる里咲の元へ。

 だがそれこそ里咲の予想通り、腰につけたパウチからナイフを抜き、あらわれた彼の足に突き立てる。黒石はその場で跳び上がり回避、そのまま転移し、里咲の数メートル前方へ。だが今度は里咲が攻勢に転じる。流れるように起き上がり、ナイフを投擲、投擲、投擲。致死の速度、というわけにはいかないが、一直線に黒石の頭、胸、腰にナイフが飛んでいく。だが転移能力持ち相手に投擲武器は、いささか相性が悪すぎる。黒石は再び里咲の背後に転移。スタンロッドをがら空きになった彼女の背中に突きつける。だが、その瞬間に彼の顔がいぶかしげなものになる。おかしい。

「そこまでだ、おっさん!」

 そこで、久太郎の声が響いた。

 いつの間にか彼は、かろうじて残る客席の縁に立ち、会場に向けてスーツをぶら下げている。

「…………そういう、ことでしたか」

 呟くと、里咲を見る。よくよく、見る。

 詳しく見てもまだ確信はもてないほどだったが、今、里咲が着ているこのスーツは……。

「まったく、スーツの偽物を作る、などという発想が、どこから出てくるのやら……未開民にしてはなかなかやりますね」

 スタンロッドを引き、肩をすくめる黒石。だがその態度と表情にはまだ、余裕がある。

「あんたにとっちゃ、里咲さんとこのスーツ、セットで回収しないとまずいんだろ? だから、交渉がしたい。お互い、斬った張ったナシで安全にコトを終える方がいいだろ」

「君はまだわかっていないようだが、瞬間移動できる私を相手に、人質作戦が通用すると、本当に思っているのかい?」

 言い終わるが早いか、黒石の姿がかき消える。

 そして久太郎と色葉が、彼が次にどこにあらわれるのか、かなりの精度で予測可能となる。

(ここだ!)(り!)

 同時。色葉が小銃を投げ捨て、最高速で加速。

 青い薔薇の核融合炉は最大出力、光り輝き、基盤のような回路図を武装外骨格コマンド・アーマーロリィタ・ワンピースに浮かび上がらせる。それは青白く輝きながら、風に舞い散る公孫樹いちょうの葉を模し、彼女を一陣の疾風と変える。スーツに手を伸ばした黒石の、腕を狙う。彼のスーツごと。それが計画だ。

 だが。

 黒石は腕を、伸ばしてはいなかった。瞬間だけスーツの前に姿を現し、再びまた、元の場所に戻っている。色葉の警士刀サムライソードが、むなしく、虚空を切り裂いた。

「スーツがなければ、ワープホールは開けない。ところが配信によれば、先ほどまで里咲の近くで穴は開かれていた。するとこうなる。とんでもない早着替えを彼女が披露したか……」

 黒石の姿がかき消える。

「こちらの彼女が着ていたか。しかし、今は転移を使わなかった。ということは」

 刀を振り終えた体勢で固まっていた色葉の背後に、黒石が立つ。いつの間にか、その手の得物はスタンロッドから、ナイフに切り替わっている。

「ここ、だろう?」

 ぶちぶちっ。

 鮮やかな手つきで、ツインテールが無残に、ほぼ同時に断ち切られた。

 それが、正答だった。

 地下第四層で久太郎が苦心していたのは、偽のスーツ二着の作成。市販のレーシングスーツをベースに、デカールやプリントを駆使し、里咲が着る用と囮作戦に使う用。そして、里咲のスーツを、なんとか色葉が着られるようにすること。幸いにして認証などはなく、色葉でも着られて、転移はできたのだが……サイズの問題が一苦労だった。結局はあちこちをピンで留め、上からいつもの、ロリィタ風のワンピースを着ることで、その布量で覆い隠しなんとか、解決。

 断ち切られたツインテールは光り輝き、それがおさまると彼の手に、〈TRUCK〉と書かれた本物のスーツがある。

 色葉のツインテールはロリィタ服に変化するのではなく、悪賊ギャング派閥技術ファクトにより、装備を収めておく亜空間装置として機能している。背中とツインテール、色葉の武器庫は、二つあった――というより、自分の体のあらゆる場所を亜空間と繋げられる、そう表現するのが正しいだろう。

「なっっっっ!」

 猛り狂う色葉は黒石に我を忘れ襲いかかる、が、その瞬間、彼はもう別の場所。

「さて……こうなれば後は」

 黒石が里咲に目を向ける。

 そこに久太郎も目を向ける。

 その二人を、里咲が見返す。

 そして色葉に助けを求めるような視線を向ける。

 一秒にも満たない間。

 確率予測AI〈丸呑屋ブック・クリエイター〉は、次の五秒間での黒石の行動を九十七%の確度で予見し、色葉のレンズに映し出す。

 自分を困らせたことへの返答のつもりか、ナイフを久太郎の首に突き立て、その後、里咲をさらって逃げていく。瞬間移動ができる彼の行動を防ぐ手立ては、色葉にはない。どちらかは守れるかもしれないが、どちらかを確実に失う……このままでは。

 そして色葉は決意した。

 あるいは、気付いた、と言ったほうが良いのかもしれない。

 ……私の命は、力は、ここで使うためにあったんだ。

 三秒、ううん、一秒でいい。

 ……ちがう。




  このあと、死んじゃっていい。

  ぜんぜん、それでいい。だから。

  ………………ごめんなさい、樫村さん。

  でも……もう一つ教えてくれたことは、守れると思います。

  この気持ちにだけは、ぜったい、嘘はつきませんから。

  樫村さん。

  だいすきです。


  それに……。


  ふふ、私、あなたのこと、信じてるから。




 次の瞬間。それが起こった。

 いや、それらが起こった。

 黒石が姿を消した。

 そして色葉が音速を超えた。

 信じる心を力に変える、二次元教徒オタク派閥技術ファクト。あるいは色葉は、光速を超していたのかもしれない。それは誰にもわからなかったが、内臓に響くような音速衝撃波ソニックブームが轟き、彼女の立っていた場所がまるで、隕石でも落ちてきたかのように破壊され、矢車が会場内に吹き飛ばされたのはたしかだった。

 黒石が、久太郎の背後にあらわれる、まさにその瞬間。

 色葉はそこを通過した。

 悪賊ギャング派閥技術ファクトを使い、背中の亜空間から、数メートル四方の巨大な石のオブジェを落としつつ。

 そして、あらわれた黒石は。

「なっ…………」

 何が起こったかわからない、という顔をしながら、オブジェと同化した。

 すべては、0.0008秒以内の出来事だった。

 そして。

 色葉は意識を失い、その場に倒れた。

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