04 家に帰りたい時は
「やられた…………っっ!」
控え室のモニタでその光景を見ていた久太郎は、思わず叫んだ。
「都知事暗殺自体が、ブラフだったんだ!」
「ど、どういうことですか樫村さん!?」
状況が飲み込めていない色葉が不安そうに問いかける。
「こういうことだよ!」
モニタの中、会場では片目を真っ赤に光らせ、手に手に
「こ、あ……な、なん、で……」
通常であれば。
目の前で構成員が別の
良くも悪くも
しかしだからこそ、長はそれぞれ、
だが
「
久太郎が忌々しそうに呟いた。
モニタの中では片腕を
信じれば信じるほど強くなる、堅く、重く、速くなる、という、
戦車装甲の数倍堅いと言われる
……つまり
長の身に何かあれば、一千万人の理性をなくした不死の軍団が、なんでも叩き割るバールをもって、動くものがなくなるまで破壊の限りを尽くす。
……我々はたしかに、貧弱に見えるだろう。事実、貧弱なのだろう。だがもし我々を怒らせるなら、我々は自らの命を燃やし、お前らすべてを燃やす。
だからこそ、
だが忍者たちにとってこれほど標的にしやすい
「里咲さん! 今すぐ会場に三人で飛びます!」
久太郎は鉄帽をかぶり、戦闘態勢を整え叫ぶ。
「ちょ、ま、あんな修羅場に私たち三人で突っ込んでも、どうにもならないでしょう!?」
「まだ
「ならまだ間に合う! 残り二百二十五人の
いつもは緩めている鉄帽の顎紐を、ぎゅっ、と締めながら言う。それを見て色葉は息をのむ。
……樫村さん、本当の本気だ。
「
「で、でも、あんなの……どうやって……」
「大丈夫です! 作戦通り行きます! あの中で目立って、囮を使って黒石をおびき寄せる! そしたら例の映像を流す! 東京が裏で糸を引いてたって分かれば、停戦のきっかけにはなる! それから僕と色葉で黒石を捕まえます!」
もっとも事前の作戦に、始まってしまった
……いける、はずだ。頃合いを見て
「樫村さん!」
色葉が大声を出し、今すぐにでも控え室を飛び出していきそうな久太郎を呼び止めた。その顔は、決意に満ちている。
「四つじゃ全然、足りないと思います」
モニタの惨状と、久太郎の顔を見比べながら、言った。
「……約束、だよな」
しばらく無言で色葉を見つめる。
「ええ。約束です。でも……」
少し俯いて、手をもじもじとさせる。
色葉の言いたいことが、久太郎にはもうわかっていた。
「ああ……そうだよ。君は誰かの持ち物じゃない。君は君だ。だから誰も、この世の誰も、君にああしろ、こうしろ、なんて命令はできない」
苦い口調。まるで嫌々ながらクラスの決まりに従う悪戯小僧のようだった。唇を尖らせ、まるっきり拗ねて。
「でも……だめだ」
首を横に振って目を閉じる久太郎。
「……でも……」
再びモニタに目をやる色葉。
「……だめだ」
色葉が問いかける前に首を振る久太郎。
「…………だめです」
首を振る久太郎に、首を振る色葉。
「………………まあ、だろうとは、思うよ」
諦めたように息をつくと、久太郎はまた首を振った。
彼女の性格は分かってる。このまま、あの修羅場に突入したら、おそかれ早かれ、フルパワーを解放するに決まってる。
「君は君だ。君の思うようにやればいい。でも…………」
そこで久太郎の声が、震えた。
「……僕が……僕が、いやなんだよ!」
久太郎が叫んだ。
東京で十年以上生き延びられる不法上京者は、全体の六割程度。生活に耐えられず出戻る者は少なくないし、命を落とす者も珍しくはない。奴隷労働に心をやられる、
世界で最も過酷な都市、東京。人がそこで暮らすには、何かが必要だ。
自分以上の力をもたらしてくれる、何か、あるいは、誰か。
久太郎はずっと、ずっと、取り残されてばかりだった。
「……君を……君を失ったら、僕は……じゃあ僕は、どこに帰ったらいいんだよ……!?」
家賃を工面するためにやったハッキングの失敗で脳を焼かれ、音も光も声もなくしてしまった彼は早々に体を捨て、
きっと、どこかに所属すれば楽なんだろう。なにかに自分を委ねられれば安心できるんだろう。
でも、じゃあ、なんのためにこの街に来たんだよ?
……自由になるためじゃないのかよ!?
なのに、それなのに……。
「東京で、こんな街で、一人になったら……! 誰も……誰もいなくなって……!」
ぽたり。涙がひとしずくだけ、顎を伝って床に落ちた。
自分でもどうしたらいいか、まだわかっていなかった。
心の中では風に吹かれて、そのまま自分も風になってしまいたいと思っている。
それなのに、同時にいつも、誰かを求めている。
ただいま、と言う相手。おかえり、と帰ってくる声。人生観が吹き飛ばされるような小説や映画にふれたら、一番にそれを伝えてやりたくなる誰か。
「…………もう、ずるいですよ、樫村さん」
色葉は久太郎を、そっと抱きしめた。
家に帰りたくないのに、帰る場所がほしい。それなのに、誰にも頼りたくない、どこにも所属したくない。けれど一人になりたくない。わがままで、子どもっぽい彼が、どうしてか、いとしくて、いとしくて、仕方ない。
色葉は手を伸ばし、こんこん、と鉄帽をノック。いつも彼が、考え事をする時のように。もうどれぐらいの間、その、カッコいいのか悪いのかよくわからない、ちょっと間抜けで、かわいらしい仕草を見てきただろう。
「私が、樫村さんがいなくなったらどうしようって怖がってることは、お構いなしですか?」
ぐりぐり、彼の胸に預けた頭を揺らす。
「……僕は、死なないさ」
「なら、私もです。大丈夫ですよ、四つまでしか使いません」
「……ったく……嘘つくな、って約束しときゃ良かったな」
「お互い様でしょ。それに、大丈夫です。約束は絶対、守ります。樫村さんだって、ずっと約束を守ってくれましたから……相棒を信じてくれないんですか?」
「……
「ふふ、そしたらまた、相棒の人になんとかしてもらいます」
「……ああ、くそっ、ったく……こんな時まで僕はそんな役割か」
「そういうの、嫌いじゃないくせに」
「あーもう……ったく……僕より僕をわかってんじゃねえよったく……」
ぐしぐし目元をこすり、ゴーグルを下ろす久太郎。それを見て微笑む色葉。
「いいか、絶対に四つまでだぞ。約束だぞ」
「私が約束を破ったこと、ありましたっけ?」
「おい、僕の目を見て言いやがれこの暴走機関車」
「はいはーい、守りまーす」
そうしてから二人はかたく、抱き合った。それはどこか、抱き合っているというよりも、互いに、溺れまいとしがみつき合っているように見えた。
二人を見てようやく、里咲も覚悟が決まった。
自分が大人になった実感なんて、さらさらない。
けど……でも……。
この子たちを絶対に死なせたくない。
この子たちには、もっと、もっと、世の中には想像もつかない楽しいことがいっぱいあって、体がはじけそうなぐらい嬉しいことがあるって、知ってほしい。生きてて良かったって思える瞬間を、味わいきれないぐらい重ねてほしい。こんな子どもたちが今死ぬのは絶対、間違ってる。
「……よーしガキども! 行くよ! 黒石の野郎を捕まえて、ついでにこの争いも止める!」
「あ、僕の台詞ですよそれ里咲さん!」
「うっさい! こういうのは大人にやらせなさい!」
「あはははは! とつげーーーーーき!!」
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