03 二次元と三次元と現実と幻想

 聖歌アニソンが響く。


「 大いなる不可思議の問に似て

  母なる地球 その具象 解き明かさば

  我ら行こう 遠く どこまでも

  心揺らし 望み 過ごし ああ 其の名は?  」


 片目を自らえぐり抜き、この世の総てを二次元とする二次元教徒オタクの群れが、スタジアムを厳かに行進していく。その姿は神話の時代、二つに割られた紅海を渡ったイスラエルの民を連想させるかもしれない。だが二次元教徒オタクは予言者に導かれはしない。先頭に立つは捧王ポープ。両目を二次元に捧げ、心で世界を見る狂信者の王。狂った二次元教徒オタクの群れの中、最も狂った存在。

 捧王ポープ高島たかしまハヤオ文夫ふみおは叫ぶ。


「 悠久を 撃ち抜くべし!  」


 一千人の聖歌斉唱アニソンチャントがその叫びに重なる。


「 遠きはこれより意味はなし!

  ああ 世のすべて いずる根源を!  」


 客席の中からも、おずおずとだが、斉唱チャントに参加する者があらわれはじめる。

 隠れ教徒オタクの彼らは、この後、自分の属する派閥ファクションから重い罰則が与えられることを承知で、それでもこの聖歌アニソンに参加せざるを得なかった。

 自分ときたら隠れてこそこそ、誰にも知られないように教典アニメを見ているというのに、カバーをかけて教典ラノベを読んでいるというのに、あいつらはどうだ? 連中は世界に叫んでいる。自分の信じる聖歌アニソンを高らかに歌い、我らこそが正気の二次元教徒オタクであり、異常なのは聖歌アニソンの一つも歌えない貴様らなのだ、と叫ぶかのように!


「 蒼穹より奇跡来るを

  降り注ぐを 目にした者は幸い

  歌の調べ共に 歓喜よ 集え!  」


 聖歌アニソンの高揚に観客のボルテージも呼応し、宗教的な熱狂が会場を包む。

 捧王ポープは両手を客席に向かって高く掲げる。まるで神の顕現を待ち望むかのような仕草だったが、違う。

 これは呼びかけなのだ。

 お前たちこそが幻想なのだ、という。

 二次元教徒オタクに神はいない。二次元教徒オタクにあるのはただ、思いだけだ。

 三次元、現実とされているものはすべて幻想であり、二次元こそが万物の真なる姿である、という根源の教え。片目をえぐればそれがはっきりとわかるではないか? 世界はそもそも二次元であり、三次元が存在するのは、人の頭の中だけなのだ、と。

 天国や地獄と同じように、仮に、この根源の教えが事実では、真実ではなかったとしても……。

 ……片目をえぐれば真実にできる。世界は二次元である、と。

 空いた眼窩に虹色眼球端末にじいろがんきゅうたんまつをはめ、同胞の二次元教徒オタクたちと歪んだ孤独を共有し、自分たちの手で新たな教典を創造し、消費していく。それこそが、二次元教徒オタク


「 声は誰しも持つ故に 我ら辿ろう!

  大いなる御印を 我ら辿ろう!    」


 捧王ポープが笑う。会場の巨大モニタがそれを大きく映し出す。笑みの空虚さ、不自然さに、客席にいた海外の宗教者たちは怖気だち、それぞれの神にそれぞれの言葉で祈った。

 だが捧王ポープは笑う。ただただ、笑う。そして思う。

 これはオフ会ミサだ。二次元教徒オタクにとって五輪など、まったく知ったことではない。これは新たに二次元へ目覚める同胞を募る、歓迎のオフ会ミサなのだ。五輪を圧倒し今年もまた二次元教徒オタクこそが、二次元教徒オタクのみが真の都民であると知らしめるのだ。

 二次元教団カルト・オブ・オタク

 一対一戦闘である火の巻以外で無類の強さを誇る、東京で最も狂った派閥ファクションである。

 だが聖接続歌アニソン・メドレーが次の歌にさしかかったところ。


「 解き放ちたまえ! 魂に刻まれ」


 銃声が聖歌アニソンを遮ると、オフ会ミサは終わった。

 世界が幻想であれ、二次元であれ、銃弾は間違いなく真実だった。

 捧王ポープが力なく倒れ、脳漿と血液、それからいくらかの頭蓋骨を天然芝にぶちまける。

 おかしなことにその場で一番ショックを受けていたのは、警士庁サムライレギオンの参加者二人だった。彼らは顔を見合わせ、自分たちの運命をいくらか呪い、そして受け入れた。

 おそらくここはこれから、東京史上、最悪の現場となる。

 二次元教徒オタクの群れ正面、入場門近く、一人の子どもがライフルを手に立っていた。よくよく見てみるとそれは、さきほどフォースの入場時、先頭の男に連れられていた子ども。入場門の脇には儀礼装の警士サムライ二人が立っていたが、今し方子どもの存在に気付いたようで、驚愕に襲われつつも抜刀し、子どもの確保に入る。銃声が、続けて二発。子どもは狙撃銃を捨てると、腰から巨大な拳銃を抜き、儀礼用の軽装甲だった警士サムライの胸を撃ち抜いた。

怜苑れおん!」

 フォースの男が叫ぶが、周囲の参加者にその動きを止められている。無理もない。どういった事情であろうが今彼らは、他の派閥ファクションの長を撃ち殺した実行犯の、実の父親が仲間として立っている。控え室の上官、五輪宣伝部隊少佐に連絡をとり指示を仰ぐ。

「……捧王ポープ……?」

 フォースがそうしている間、二次元教徒オタクたちに事実が染み込んでいった。捧王ポープの隣、一番近くにいた枢機狂カーディナル宇都宮うつのみやオサム美智みちが、よろよろと倒れ伏した彼に歩み寄り、呆然と呟く。

「うそ、だろ……死んで、る……」

 二次元教徒オタクたちは誰より心優しい存在だ。二次元教徒オタクにとって教典以外に重要なものはなく、それ以外の万物は等しく無価値である。だからこそ彼らは何も傷つけない。傷つけようと執着する心を持たないが故であったが、それは二次元教徒オタクたちを都市の中、奇妙だが愛すべき隣人として位置づけている。だが、同胞を傷つけられた二次元教徒オタクの見せる凶暴さは……。

 悪夢である。

 彼らの虹色眼球端末にじいろがんきゅうたんまつには、過去あったという弾圧の記憶が厳重な封印あっしゅくの下で収められている。いざとなればそれは一気に噴出し、世界を飲み込む業火となる。


「……炎上確定バルス」「全力かバルス」「祭りだバルス」「リア凸バルス」「キャンセルバルス」「突撃バルス」「燃やせバルス


 最も尊敬すべき狂人、捧王ポープの死を知った二次元教徒オタクたちの間、その言葉が伝染するように拡がっていく。年齢も性別も用語ジャーゴンも違う人々が、それぞれに、同じ意味の言葉を呟く。世代間で別言語と言えるほど二次元教徒オタク特有の用語暗号ジャーゴントークは異なっているが、同胞であれば意味は通じずとも、気持ちは通じ合うのだ。

 怒っているのではなかった。驚いているのとも少し違う。そうか、そういうことになるのか、と、数式を見て納得しているような口ぶりだった。やがて枢機狂カーディナルも呟く。

聖戦バルス

 虹色眼球端末にじいろがんきゅうたんまつから、その場の全二次元教徒オタクに向け、聖戦令バルスコードが飛んだ。

 脳への異物混入を防ぐ血液脳関門を経由せず、眼球から、二次元教徒オタクたちの脳へダイレクトに、各種薬剤が注入される。それが効力を発揮するまでの数秒。すべての二次元教徒オタクが護身用に持つ、かの悪名高い武器がそれぞれの腰から抜かれる。

 エクスカリバールの狂人たちが、その場のすべてに牙を剥いた。

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