07 謎の三人で五輪がヤバい!?ムーと一緒に百万円ぶっ込も!

「どどどどど、どぉーーーーもぅーーーーー! カモ諸君ネギ諸君元気ぃー!? 鍋の美少女、カジノゲーセンかねドブ系V配信者、とりぷる=ムーでっす!」

 画面一杯に映し出される〈666〉と大きな彫金をつけたすきやき鍋を頭にかぶった、ピンク髪にピンクのセーラー服の少女。甲高い声の挨拶と共に画面上、星とコインの効果が舞い、チャット欄は、このままなら光速を超えるのではないかという勢いでコメントが殺到し、加速する。

 配信者の中でも生の声だけを使い、姿は二次元や三次元のアバターを介して配信する、V配信者。とりぷる=ムーは、巷に溢れる胡乱なカジノゲーセン攻略情報を真に受け、実際にカジノゲーセンに突撃し、軍資金を溶かしていく哀れな様が好評を呼び、先月のV配信者人気ランキングで東京八位についている。突撃系の企画だけではなく、カジノゲーセンにまつわるニュースがあればいち早くそれを配信し感想を言い合う、というスタイルもまた人気の秘訣の一つ。なお名前の一部になっている「金ドブ」とは、金をドブに捨てる、を略したネット俗語だ。

「さてさて本日は、予告どぉ~りぃ~……五輪特集~~~!」

 どどん、わぁ~、という配信界隈ではおなじみのフリー効果音が鳴り響くと画面が切り替わり、五輪に参加する人々の名簿が映る。千を越す名前と、所属派閥ファクションがずらりと並んでいるだけだが、いくつかはムーの手書きで星マークや二重丸が描き加えられている。

「東京五輪公式サイトから閲覧できる予選参加者名簿を見ながら、カモ諸君ネギ諸君と一緒に、どんな人がどんな予選に参加してるか情報を集めてって、大鯨連ゲーマーズリーグからオフィシャルのオッズが出る前に本命決めてそこに百万円ぶっこんじゃお~! って企画だったんだけど……」

 参加者名簿の一部が大写しになり、そこに三つの名前。

 どどん、どどん、どどん、と和太鼓のフリー効果音が三度。

 樫村久太郎かしむらきゅうたろう一丸色葉いちまるいろは桜沢里咲さくらさわりさ

「東京五輪史上初、無所属の参加者が三人! 五輪関係のニュースは今これで持ちきりです! みんな、これどう思う……? ムーちゃん、かっこいいかもって思っちゃったんだけど……」

 コメント欄はまた加速。何かのミスであるとする説、名前を売りたいだけであるとする説、命知らず過ぎて笑えるので応援します、様々なコメントが数百重なる。

「無所属で五輪に挑むなんてさ! 自殺したい人なの? ムーちゃんも目隠ししたらむしろカジノゲーセンで稼げるのでは? みたいな検証したけどそれとは違うじゃん?」

 五輪は、東京が事実上独立を果たしてから三年後、東京ならではのイベントを、ということで独立してからの初代都知事が企画したものだ。彼は歴代の中で、いや、あらゆる人間の中で最も狂った存在だった、と歴史家たちは言うが、その理由の半分はこの東京五輪だ。

 五輪中、参加者の間には一切の憲法、法律、条例が適用されない。

 他の参加者を燃やそうが殺そうが、警士サムライに捕まって収監されることはない。

 必然的に参加者は、最低限自衛できる腕に覚えのある者、つまり、各派閥ファクションの実力者が多い。派閥戦争コンフリクトは東京の歴史上一度も起こっていないが、ある年は五輪に各派閥ファクションの指導者クラスがほぼ全員参加し、それに近いような騒ぎになったこともある。東京五輪は事実上、派閥ファクション間の代理戦争として機能しているのだ。

 さておき、そういった事情があるので実際に五輪が始まるまで、名簿の人間に危害は及ぼされない……というより、そうされないためにこの名簿は公表される。要するに、ここに載っている人間は派閥ファクションの中でも一角の人物、有望な若手、そういう人材なので、五輪前に何かあったらウチとしては黙っていませんよ、という意思表示だ。派閥ファクションの中で、この名簿に載ることは一種のステータスでもあり、予選参加のための予選がある派閥ファクションも少なくない。

 だがそこに無所属、久太郎たち三名が混ざっている。

 どう捉えれば良いのか、東京全体が戸惑っていた。

 スポーツ嫌いがオリンピックに興味を持たないように、派閥ファクションに属さない人間は五輪を無視して過ごすのが一般的だ。参加など、前例がない。

「いろいろ調べてみたんだけどー……やっぱり、どの派閥ファクションにも属してないみたいなんだよね、この人たち。でも情報はなし……おまけに昨日の都知事の談話、聞いた? 無所属のこの三人は五輪当日まで派閥ファクションからの保護が得られないだろうから、その役目は都がやることになるだろう、って! 冷静に考えたらそうかもだけど……これ、どういうことなのかな!?」

 チャット欄は日本の関わる遠大な陰謀論じみたものから、やはり売名目的の小物であるとする説まで、種々雑多なコメントが流れていく。いつもならムーはその中からいくつかをピックアップし、みなと議論を重ねていくのだが……今日は違った。

「実はさ、私、ちょっと気付いちゃったんだけど……ひょっとしてさ、この三人……ってさ…………………………忍者なのでは!?」

 興奮した声が響くと、配信をリアルタイムに視聴している一万五千人は、ほぼ同時、ほぼ全員、吹き出した。現代東京で忍者が実在すると発言するのは、座敷童や雪男……いや、マイケル・ジャクソンが生きていてこの前ハンバーガーショップでシェイクを飲んでいるのを見た、などと発言するに等しい。チャット欄は笑いをあらわすwwwwで埋め尽くされ、また光速に近付く。

「……うん、ごめん、ちょっとウケを狙いました! ……いやホントだよ、ホ、ホントウケ狙いで言っただけだからね!? ……ま、まあ、まだ日本国からの刺客って説の方があるよねー……でも、どーなんだろね、この三人のオッズ、どれぐらいいくかなぁ……」

 配信はそれからオッズに話題が移り、三人の正体は結局、誰にもわからないままだった。後日この「忍者なのでは」発言を切り抜いた動画がSNS上を席巻し、新たなネットミームとなった。加えてこの配信内で議論と研究を重ね、最終的にはアンケートの結果、ムーは百万円を久太郎の優勝、あるいは予選突破に賭けることになったのだが……それについては後日、彼女は緊急で配信をすることとなった。

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