04 美しく、可憐な、破壊

「か、樫村さん…………ぶじ、ぶじですか……」

 久太郎が意識を取り戻すと、色葉の顔が目の前にあった。

 美しい顔がすすけ、つややかなツインテールが乱れ、額から血を流している。

 ………………まずい。

「……い……いろっ……うぐっっっっっ」

 言葉を発しようとすると、咳き込んでしまってうまくしゃべれない。喉が焼けている。致命傷は免れたようだけど、かなりのダメージだ。

 ……ますます、まずい。

「ちょ、ちょっと! 大丈夫!? キューちゃん!? 色葉ちゃん!?」

 と、そこに心配そうな里咲の声。どうやら転移を使ったのか、無事だったらしい。

「いろっ……はっ……いろ、は……」

 途切れがちな声で、なんとか呼びかける。

 すると色葉は、重々しく、決意を込め頷き、言う。

「大丈夫です、わかってます」

 そう言うと立ち上がる。

 燃えさかる64ろくよんの間のあちこち、不思議な黒い穴が開き、忍者たちが湧き出てくる。

「樫村さんを傷つけた人は、絶対、許しません」

 ……やっぱりわかってねえじゃねえか……!

 忍者たちに正対する色葉。服に汚れはないが、血を流す額の下の、目は怒りに満ちている。

 ……やばい、やばいやばいやばいやばい!

 久太郎は必死になって起き上がり、なんとか声を出そうとするが、呼吸をするだけで激痛がする。端末でメッセージを送ろうとするが、爆風でポケットの操作端末は真っ二つ。

「おや……小坊主モデレーターめ、爆薬の量を間違えたかな……」

「黒石!」

 里咲が叫ぶと、黒い穴から進み出た黒石は穏やかに笑う。

「ああ、よかった、ご無事ですね。スーツの強度は現行兵器など問題にならない、というテストデータは見ていましたが……ふふ、実際に見ると、安心しますね」

「あんた……こんな、こんなこと、どうやって……」

 燃えさかる64ろくよんの間、黒石の顔が炎に、不気味に照らされる。

「簡単ですよ。東京の方々はまあ、うぶ、というか、傲慢、というか……自分の愛する派閥ファクションに、日本のスパイが混ざり込んでいる、などとは露程にも思わないようですからね」

「……ふん、あんたがやったことじゃないでしょ」

「ええ、日本の方々のこれまでの、首都を取り戻すというたゆまぬ努力に、便乗させていただきました。Win―Win、というやつですね」

「あんたが日本に対して、なんの協力ができるっていうのさ、単なる小役人の癖して」

「おやおや」

 意外そうな顔をすると、空中にさらなる黒い穴を開いてみせる黒石。もう一つ、数メートル離れた場所にそれを開くと、自分でその穴に、出入りしてみせる。

「こんな技術を持っていれば、小役人でもあらゆる国で引っ張りだこだ……あなたでも、ね」

 ダメ押しに、元の、部屋中央にワープすると、ウィンク一つ。

「きっも……! かっこいいと思ってやってんのそれ? ただのアホにしか見えないけど」

「嫌がるだろうな、と思ってやりました。お気に召さなかったようで何よりです」

「人を脅して首輪をはめて、暗殺の片棒を担がせただけじゃまだ足りないの、あんたは」

「ふふふ、何を仰います? あの都庁舎で、予定ではまさしくあなたが先陣を切って、都知事の背後にワープして、ナイフでぐさり、と、そういう手はずだったのに……あなたは何もしなかったじゃありませんか。まだまだ、働いてもらわないと」

「ふざけんな、私は人殺しになる気なんかない……誰かを殺さなきゃいけないとしても、あんたの命令でなんか死んでもやるもんか!」

「泥棒としての職業倫理でしょうか? まったく、あなたらしいチャーミングな言い草だ」

「あんたみたいな人殺しに、何言われたってなんとも思わないよ」

「ずいぶんな言い草ですね。というか……幾分か、政治的公平性ポリティカル・コレクトネスに欠けますよ、その言い方は。A―Knowエノウ氏はもはや、人ではないんですから。ケースが使えなくなるのは彼……いや、あの存在にとって、少し外界にアクセスしにくくなるだけのこと」

「屁みたいな理屈ばっかり言いやがって……」

「屁だろうがなんだろうが、理屈は理屈です。彼は前々から日本に目をつけられていましてね。解脱走者ブッダハッカーは電子戦の際にもっとも厄介な存在だ。故に彼のケースにはすべて、ああいった処置が密かに施されるようになっています。破壊工作は忍者の方々の本分ですから」

「そこに便乗して、私を捕まえに来たってこと?」

「ご名答。ですから……桜沢里咲さん。そろそろ、捕まりませんか? これ以上逃げても無駄、とは、あなたにもよくわかったはずだ。日本だろうが東京だろうが、どこだろうがもう絶対に、あなたは逃げられないんです。このスーツを着た私がいるから」

「私がそんなこと言われてどうするか、あんたまだわかってないの?」

「…………殺さなければ、まあ、大体は大丈夫です」

 ため息をついた黒石がそう言うと、黒装束の忍者たちが音もなく進み出て、それぞれの武器を構えた。アサルトライフルが多いが、中には刀や鎖鎌を構えている者もいる。それがただの刀や鎖鎌で、あればいいのだが。

「さて……せっかく殺人を否定していただいたのですから……ちょうどいい、邪魔な現地民に人質になってもらいましょう」

 黒石が手を振り上げる。

 がちゃり、かちゃり、からららら。

 武器の音が響く。久太郎の耳にもそれは聞こえる。思わず叫びそうになってしまう。が……諦めた。叫ぶ代わり、今にも駆け出しそうになっていた色葉の手を握る。

「樫村、さん……?」

 愛らしい顔が、今にも泣き出しそうに歪んでいる。

 久太郎は思う。ああ、そうだ、そうだった。

 君が泣かないようにするってのも、約束だよな。

「いっ…………ろ…………ふ……だ……」

 伝えようとした言葉は、しかし、喉がかすれて言葉にならなかった。代わりに左手の指を二本だけ立てて、彼女に見せる。

 色葉、二つだ。二つ、だけだ。

 それだけで、色葉の顔が一気に晴れ、こくり、と頷いた。

 そんな二人を横目でちらり、視線を送った里咲は、自分の直感が正しかったことを確信した。

 あの子には、何かが、ある。

 ひょっとすると、自分のスーツよりとんでもない秘密が。

 だが。


  BRATATATATA!


 忍者たちの手にした、ライフルの一斉射撃が始まる。

 だが。

 銃弾が久太郎たちに届くことはなかった。

派閥協定限定解除コード・リミテッド・リリーシング

 色葉が無感情に言った。

「…………なっ」

 目の前、十メートルは先にいたはずの久太郎、そして色葉、里咲が消え去ったのを見た黒石は驚愕の声を漏らした。そして、自分たちの背後から聞こえてきた少女の声に、戦慄する。

派閥力学ファクショナル・フィジカ限定演算リミテッド・コンピューティング戦闘型起動バトルモード・イニシエイテッド二重認証ツイン・ペルソナ……両面宿儺りょうめんすくな……」

 ……ぃぃぃん、と、ハム音のような甲高い音が色葉の全身を覆っていく。超スピードで抱きかかえられ、里咲と一緒、まだ火の手が回っていない部屋の片隅に置かれた久太郎はその光景を見て、少し息をついた。

「……っっ! そいつをやれっっ!」

 ぞわり。

 今まで一度も感じたことのない悪寒を感じた黒石は、叫んだ。

 忍者たちは一切の情け容赦なくライフルを斉射。


  BRATATATATATATAT!


 だが。

 まるで天上から差し込むヤコブの梯子じみた、真っ白な光に覆われた色葉の体には、それは届かなかった。

「さて……十二人……」

 こきり、こきり。

 呟いて首を鳴らす色葉。艶々と光る、可憐なボブヘア・・・・が揺れる。

 じゃらじゃら……ころ、かちゃん……。

 光が消えると共に、ライフル弾を阻んだモノの正体が、黒石と忍者達にも飲み込めた。

 ドレス、いや、コスプレ、いや……。

 ロリィタ。

 エメラルドグリーンの膝丈ドレスワンピース。胸元やスカートがたっぷりとしたチュールレースで飾られ、さながら森の奥に隠され育った姫君のようだった。控えめな長袖パフスリーブ、シャープで大きな襟、どこかレトロ調の真鍮製バックルベルト。

 枝毛一つ見えず輝くボブヘア・・・・は、これもまたチュールレースとリボンで飾られたミニハットで飾られ、ほっそりとした脚も、ラッセルレースを纏ったサイハイソックスに包まれていた。ふんわりと膨らむスカートの裾を僅かに彩るチュールレースと合わせると、ますます、姫だ。

 達人がフルコーディネートを着こなせば現行戦車の主砲さえいなすというロリィタ服の、幾重にも重ねられたフリルとレースとリボンによってライフル弾は阻まれ、弾かれ、やがて運動量を失い、惨めに床に落ちている。

 ロリィタ服の、瞬着。

 色葉の美麗な髪、ツインテールが、いつのまにかなくなっていた。二つのしっぽが彼女の言葉で解放され、まばたきほどの一瞬で、乙女の武装たるロリィタ服として顕現したのだ。試作品段階だがそんな機能を持った武装コマンドロリィタ服が開発されている、という噂は忍者たちも耳にしたことはあった。しかし事前ブリーフィングでは単なる自由業フリーランスの片割れ、多少腕は立つ、程度の武装茶会コマンドパーティのロリィタに過ぎない……はずだったのだが、ライフル弾をこうも容易く弾くとなると、多少腕は立つ、どころではない。ひょっとすると師匠モデルクラス、一体このガキは……。

「じゃ、十二秒」

 忍者たちが答を得るより先、色葉はそう言って消えた。

 彼女の脚を包む、厚底レースアップニーハイハイヒールブーツ風疾靴テックス、内部の不在力学アンフィジカ機構が全力で動作し、ライフル弾じみた速度を彼女に与える。

 次の瞬間、ばきゃっっ、と大きな音を立て、部屋の壁が吹っ飛んだ。よくよく見ればそれは、とてつもない勢いで弾き飛ばされた忍者の一人が、木製の壁を突き破ったのだ、とわかる……が、黒石がそれを理解した次の瞬間、別の忍者が別の壁を突き破っている。

「な、なに、が……」

 聞こえるのは、何かが高速で動く音。肉が肉を打つ鈍い音。

 見えるのはただ狼狽する忍者達と、その間にきらめくレースの輝き、リボンとフリルの残像。それが一度、二度煌めけば、もう一人、二人の忍者が吹っ飛ばされている。

「……っ! やるー!」

 だがその動作が、一人の忍者、その刀に止められた。硬質な、まるで剣戟の音が響く。だが、忍者の刀が止めているのは、刀ではなかった。

 ……鉄パイプ……金属バット……いや、違う。

 重金属プルトバット。

 不吉な虹色に光る、悪魔の殺戮武器。

 形はただの金属バットだが、重量は二百キロ以上ある合金で作られた重金属プルトバット。プルトと名を冠しているのは悪賊ギャングの遊び心、ハッタリのようなもの。実際にプルトニウムを用いているわけではない。だがこのバットは放射線より速やかに、原爆よりも単純に、相手の命を終わらせる。一体全体、小さな体のどこにそんなものを隠し持っていたのか、この場に知る人間は久太郎以外にいない。だが、それ以外なら久太郎以外も知っていた。

 重金属プルトバットには、武器以上の意味がある。

 重量二百キロ以上の、全長一メートル足らずの片手武器、という正気の沙汰ではないシロモノを武器として扱うには、技術以上に狂気が必要だ。

 即ち、重金属プルトバットを振るうことは、証である。

 蝶のように舞い蜂のように刺す一流のボクサーが、自らの体重すべてを拳一つに乗せられるように、疾靴テックスによる重力と運動量のコントロールを手中にも及ばせられる、悪よりも殺し、賊よりも奪う、一流の悪賊ギャングである証。

 それを、ロリィタ服の乙女が持っている。

 しかも、二本。

 悪賊ギャングの証明たる重金属プルトバット二刀流の、疾靴テックスをはいた、誰よりも可憐な武装コマンドロリィタ。それが今の色葉だった。

「き……貴様……一体……」

 忍者が驚いて呟く。

悪賊ギャングロリィタってところ……かなっっっ!」

 地球上の誰も聞いたことのない言葉の組み合わせを披露した色葉は、朗らかに笑った。場にそぐわない、子どもじみた笑いだった。相手が自分と同じカードゲームをやっていると知った小学生のような。

 右のバットで刀を押さえつけたまま、左のバットを刀に打ち付ける。折れず、曲がらず、鉈の重さに剃刀の切れ味、と言われる日本刀があっけなく、飴のように折れた。忍者は飛びすさろうとしたところ、色葉の疾靴テックスによる流星のようなサイドキックで鳩尾を打たれ、流星のように壁を突き破っていった。卓越した忍者であれば流星のように地面に激突はしないだろうが。

「全員でかかれっっ! 肌を狙うんだっ!」

 忍者が叫び、陣形を整える。

 だが遅い。そして間違っていた。

 陣形とは、数と位置による戦術的有利を生み出すためのもの。だが今の色葉には、疾靴テックスによる超速度と上下左右への意に応じた落下による機動力、そして武装コマンドロリィタ服の防御力と、重金属プルトバットによる防御が意味をなさない暴力がある。そして服の生地に覆われていない顔面に拳銃弾が直撃したところで、軽いジャブを入れられた程度にしかダメージを受けないだろう。武装コマンドロリィタ服とはそういうものだ。それはさながら、地球上で一番暴力カワイイのは、武力キレイなのは自分だ、という意思そのものを織り成した、乙女の胸で熱く燃えたぎる灼熱の鋼鉄が如き不退転の決意そのものなのだ。伝説の武装コマンドロリィタ、茶会パーティの創設者は全裸でありながら爆撃の雨を耐え抜き、正拳一つで高尾山たかおさんを消し飛ばしたという。

 陣形の継ぎ目に潜り込んだ色葉が、ゴルフスイングのように忍者の股ぐらをかっ飛ばす。膝を打ち、崩れ落ちてストライクゾーンに来た頭部をぶっ飛ばす。ライフルを叩き壊し、刀を折り、鎖鎌を引きちぎり、すべてをただ蹂躙する。燃えさかる64ろくよんの間、血飛沫と肉の破片を鈍い音と共にまき散らしながら。

 圧倒的な暴力の旋風。

 美しく、可憐な、破壊。

「…………なん、で……?」

 久太郎の隣、呆然と眼前の光景を眺めていた里咲が、呟いた。まるで破壊神の降臨だ。だがその破壊の神の、なんと美しく、なんと可愛らしいことだろう。

「…………まあ、あいつは、家庭の事情が、複雑なんですよ」

 これからどうしよう、と途方に暮れる思いで、目の前を眺めるしかなかった久太郎は、苦い顔で呟き、そのまま見守った。

 やがてすべての忍者をなんの問題もなく片付けた色葉は、少しため息をついた。予想通りというかなんというか……三人目辺りをかっ飛ばした時点で、黒石はいなくなっていた。瞬間移動を無制限にできる相手を捕まえるのは、なかなか骨が折れそうだ、と思うけれど……そもそも捕まえる必要はあるのかな、と少し、首をひねった。そして首をひねった後……。

「…………あふう……」

 場にそぐわない、眠そうなあくびを一つ。

 そして……目がとろん、ととろけ……。

 崩れ落ちる。

「ああもうっ!」

 久太郎は自分の怪我のことは忘れて駆け出し、彼女の上半身を受け止める。どすんっ、と重金属プルトバットが手からこぼれ落ち床に埋まる。火の回りはかなり早い。もうすでに、上階にも下階にも拡がっているだろう。

「里咲さんっ!」

 呆けたように二人を見ていた里咲は、その声で我に返り駆け出し、二人の手を握り、転移。数瞬遅れで部屋内に吹き出たノズルが、一斉にガスを噴射し始めた。

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