03 自己紹介からはじめましょう

「で、まあそれでニンジャの人たちみーんなおじいちゃんにやられちゃってねー、あたしもやられちゃいそーになったんだけど、パンチを手錠にあてさせてね、なんとか逃げてきたってわけ」


 ぺらぺら、壁に投影された映像を見ながら解説を続ける里咲。久太郎と色葉は顔を見合わせ、里咲の顔を見て、もう一度顔を見合わせた。


「すごい……」

「なんの説明にもなってない……」


 二人が言うと自覚はあるのか、ぽりぽり、頭をかく里咲。


「……とにかく、あたしは暗殺犯じゃないって、わかってもらえた?」

「…………いや、そりゃ、手を出してなかったのはわかりますけど」


 映像の中ではたしかに、里咲は何もしていなかった。ただその場に立ち、二十人以上の黒装束が、宮武によって無残に屠られていくのを眺めているだけだった。彼女がやったことといえば、ただ都知事の執務室内にどうやってか侵入し、なぜかその場に立ち尽くし、映像の後半で満身創痍になりつつも襲いかかってきた宮武の攻撃を、手錠で受け止め……そして、空間に開いた黒い穴に吸い込まれ、映像は消えた。


「まずあの…………えーと……まず……まず……」


 まず何から尋ねればいいのか、疑問がありすぎて逆にわからなくなってしまう。


「生まれは東京、育ちも東京、住まいも東京、二十三歳のHカップ!」

「……そ、そういうことは聞いてません」

「だってさっきからちょーーー見てるから、気になってるのかなーって思って」

「見てないです! あ、いや、その、スーツの、文字です見てたのは……」


 久太郎の顔が真っ赤になる。それを見てけらけら笑う里咲。映像の中で老人が言っていたことは、ひそかに久太郎も思っていた。とにかくボディスーツが体にフィットし過ぎている。さらに里咲のスタイルが…………まるで日本人離れした、砂時計のように見事な体型。


 久太郎はそういう視線で女性を見てしまっている自分に気付いて罪悪感を覚え、げほん、げほん、わざとらしい咳払いで赤面をごまかす。そんな久太郎を楽しそうな顔で見守っている色葉。じっと見つめないとあるかどうかわからない自分の胸を見てため息でもついた方がおもしろいかな、とも思ったけれど……自分の体は最高に気に入っているからやめておいた。


「えーと、だから……ちょっと待ってください、東京生まれで東京育ちの、東京住まい……不躾ですが、単刀直入にいきましょう。どちらのギルドの方ですか?」


 初対面で所属するギルドを尋ねるのは年収や支持政党を尋ねるのと同様、東京ではかなり失礼な、気まずい行為だ。それとなく察してこそ東京都民というもの。だがこの際気にしていられない。


「あー、その、この東京じゃないんだ、私の東京は」

「……はい?」

「だから、東京生まれで東京育ちだけど、この東京じゃないの、私の東京。私の東京には、ギルド? みたいな、そんなのなかったし、っていうか独立してなかったし、地下街はあったけど二階はなかったし」


 巨大な疑問符が久太郎の頭上に浮かぶ。対照的に小さな疑問符を浮かべた色葉は、呟いた。


「……異世界転移、してきた…………?」


 趣味で読んでいた小説で出てきた概念を呟いてみると、リサは顔を明るくした。


「話が早い! こっちにもそういうお話あるんだ!」

「イセカイ・テンイ……? 三国志の武将?」

「少年は……そういう小説とか漫画は読まないのかー」

「樫村さんはお金儲けにしか興味がないですから」

「……ひょっとして君、私を売り飛ばそうとか……考えて……ないよね……?」

「…………」

「いやなんか言ってよ!」




 正直に言えば、ずっとそれを考えている。

 なにせ……なにせ、十億の賞金首。




 しかし……ハンター以外が賞金を貰おうとするとかなり面倒な手続きを踏まなければならない上、賞金は十分の一程度になってしまう。それでもかなり高額だが……。


 ……彼女の話を聞いていれば、ひょっとすると、一億以上の金になる可能性もある……気が、しないでも、ない……?


「……桜沢さくらさわさんが実行犯でないことはわかりました。けれど、共犯である可能性は排除できません。実行に当たってなんらかの手引き、協力をしたのであれば、しかるべき裁きを受けるのが筋でしょう。自由業フリーランスとして、一都民として、犯罪者の手助けをするつもりはありません」


 久太郎がそう言い切ってみせると、なんとも微妙な顔になる里咲。少し唇をとがらせる色葉。


「つまんないですよー、樫村さん……」

「色葉……この人、十億の賞金首なんだけど……」

「…………も、もう! 樫村さん、まずはもっとちゃんと、里咲さんのお話、聞いてみませんか?」


 里咲への同情、あるいは興味が勝ったらしい。丸椅子に腰掛け、話を聞く体勢。


「それに……樫村さん、このお話、何か、すっごい、においませんか」


 久太郎の顔を見上げる色葉。その顔は言外に、お金のにおいもしますよ、と言っている。久太郎は諦めたように息をつき、ヘルメットの横を親指の関節で叩きながら言う。こん、こん。


「……扱いを間違えれば、僕らが爆死ってにおいもするけどさ」

「いつものことじゃないですか。と、いうわけで、自己紹介から始めましょう」


 にこやかに言う色葉に、しょうがないなと肩をすくめる久太郎。


「……僕は樫村久太郎、この事務所〈9+1ナイン・プラス・ワン〉の自由業フリーランスです。こっちは」

「はい! 相棒の一丸色葉です!」


 色葉がぴん、と、手を上げ、背筋を伸ばしてそう言うと、里咲が少し意外そうな顔をした後……笑った。なるほど、凸凹に見えて、なかなかいいコンビなのかもしれない。


「そういうわけで……お話、ちゃんと聞かせてもらえますか?」


 久太郎の顔に浮かんでいた、およそ少年っぽさのない真剣な表情に、里咲は少しだけ安心して話を始めた。

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