日本から独立して積層都市になった東京のハッカー少年と黒髪ツインテ少女。どすけべお姉さん大泥棒が押しかけてきて都知事暗殺未遂で大変だ!街を支配する8組織を取り持つ調停業は今日も大変。〜鉄帽とリボンタイ〜
09 憲兵さん、よーくお聞き。都知事閣下の言うことにゃ
09 憲兵さん、よーくお聞き。都知事閣下の言うことにゃ
その場の誰もが、口を開けなかった。
暗く赤い軍服に身を包む、
だがそんな
こつ、こつ、こつ。革靴がフロアを打つ、規則正しい、上品な音だけが響く。
「やあやあやあやあ都民諸君! 今日も元気に励んでおるかね!」
深く響く独特の声。トレードマークの口髭、オールバック、形のいいイタリアンスタイルのスーツに、てかてか輝き、のぞき込めば顔が映り込みそうなほど輝く革靴。
ざっ。静寂が支配していた場に、三つ重なった一つの音が響いた。
「
森羅万象のすべてを感知できるはずの
人口一億二千万、事実上独立を果たした東京の政治的指導者、東京都知事、こと、通称
「やあやあやあ、これはどうも、お祭りを邪魔してしまったようだね、申し訳ない」
「……
軍服の男、
「すると、この場はキミたちの手に余る、ということかい?
所属と名前、ふざけてつけられた通り名まで把握されていて鼻白む新部。だが、たかだかスーツ組のトップ程度に遅れをとるものか、とばかりに言い返す。
「……ははは、おかしなことを仰いますな。我々は一般都民の皆様と」
くい、と、手にしたライフルの銃口で、
「おサムライさん方の間で、暴動が起きているという通報を受けまして出動した次第です。
「現場の状況を鑑みるに、通報は妥当であったと言わざるを得ません。都軍令第百二十七号第壱条第壱項附則イの2により、事件現場の収束、指揮には
ぴ、と一本指を立てた松平が、それを新部の唇の前に。脇に控えた隊員たちがライフルを構えかけるが、新部はそれを手で制する。
「
松平の指を気にせず、新部が口を開くがまるでとりあわず、くるり、一回転。偉そうな
「さて、我が
芝居がかった口調に、しかし
「はっ。しかし殿、予定表によるとこのお時間は庁舎にて小休憩となっておりますが……?」
「例の影武者がようやく完成してね。小休憩といっても君らの大将と茶飲み話をするだけだから、退屈で抜け出してきたんだ。四刀流のやつめ、昔の自慢話しかせんのだから。地下開拓時代の、体長八メートルの怪物白鰐と素手でやり合った話はもう、百回は聞いたというのに」
あっけらかんと言う松平に、くすくす笑いが広がる。上流階級の伊達男として知られる都知事だが、時にこうした子どもっぽさを見せ、ふらりと都内にあらわれるのは有名な話だ。歓楽街を一時間も歩けば、都民と酒を酌み交わす赤ら顔の都知事の写真を掲げた店が見つかるだろう。
「はっ……それでは……十七分前、
鞘に収まった
「
「ふむ……
都知事から声をかけられ、うろたえる茜ヶ原。これも都知事の特徴の一つ……というより、政治家としての技能だろうか。彼はレンズがなくとも、人の顔と名前を瞬時に把握すると言われている。
「私は……その……」
ちらちらあたりを見回すが、久太郎の姿も、それどころか先ほどまで肩を並べて戦っていたはずの
「……
取り残された色葉がかわいそうになって、彼女については隠しておく。これを機に色葉には
茜ヶ原の言葉を聞くと、松平はしばらく考え込むようなそぶり。
「すると、どうかな。この場にまだ争う理由はあるかね」
「壁面、床、筐体、天井……修理費はかなりの額になりますが……保険で……都民共済でまかなえます。争う理由は、その理由が逃走した以上、ここにはありません。松平さん」
茜ヶ原の言葉に、ち、ち、ち、と指を振る松平。
「まつだいら、じゃない、私の……名字は……」
と、そこでくるりと向き直り、実況と解説のテーブルを指さす。とにかく何か、状況を実況解説したくて仕方がなかった二人は、そこで小さく、せーの、と、囁いた。都知事が何を言わせようとしているのか、言って欲しいのか、気付いたギャラリーは一斉に叫ぶ。
「「「「「
「オッケーオッケー!」
どっ、と笑うギャラリー。
「さて、我が親愛なる
都知事は跪いている
「君たちは刀だ。熱く、鋭く、何者も阻むことはできない、一振りの刀。その刀は誰かを倒すためにあるんじゃない。都民の自由を守るためにある。違うかい」
「そして精強無比なる
ぐるりっ。芝居がかった動作で
「大変申し訳ありませんが
腕組みをした新部が苦み走った顔で言う。が、松平に気にした様子はない。
「そう邪険にしてくれるなよ、新部くん。私は公僕で、君たち全員が上司なんだ。だから要請や命令は、むしろ君たちが私にするんだよ。こうしろ、ああしろ、あれはするなこれはしろ、謝れ謝るな行け行くなやれやるなやっぱりやれ……ああもうまったく! 都知事なんてなるもんじゃないぞ! 君たちは全員パワハラ上司だからな! その内訴えてやる!」
けらけら、ギャラリーがまた笑う。場の空気が一層、和やかになっていく。
「命令も、ましてや要請もしないよ。私にできるのはせいぜい、提案ぐらいのものさ。お祭りを台無しにしてしまった、おわびの、ね。そこの
お、おお、おおお……? と期待の声がギャラリーから。
「和洋中豊富に取りそろえて、サービスカウンターからご利用いただけます!」
「上階のレストランフロアと提携してますからね」
「アルコール類も?」
「古今東西、魅惑の名酒が皆様をお待ちかねです!」
「泥酔のお客様は退店をお願いする場合もありますけどね」
「それでは……」
新部はそこで諦めた。役者が違う。レンズを通じ、新宿駐屯地への帰投命令を出す。が、数名の隊員が都知事の言葉を待ちわびているのを見て、大きなため息をつく。できれば自分も都知事の次の言葉を聞きたくなっていることに気付き、軽く舌打ちも。
どんな立場であろうとも。どんな
東京にいる以上、それは、都民であるということなのだ。
「
爆発したように一同が沸いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます