02 POT + 100,000

 ……あれ? ……そういや、カジノだからってポーカーとかルーレットとかをやらないといけない、なんて法律は……ない、よなぁ……? だいたい今のご時世アナログゲームに金賭ける人より、ガチャに金突っ込む人の方が多いわけだし……。

 と、気付いたゲーム会社と、強固な財源を欲した独立直後の東京都により、東京ではカジノと書いて、ゲーセン、と読むようになった。日本語の発展においては幾度となく行われてきた、表意文字、漢字に新たな意味を付与する行為は拡張され、今やルビは、漢字、カタカナ、ひらがなに続く、第四の日本語文字として地位を確立している。日本語学習者はウンザリしたが、元字の意味だけを取り発音はルビに従う、という原則により、そこまで混乱はしなかった。

 すなわち、カジノゲーセン

「さあ新宿争奪百人バトルロイヤルも佳境に入ってまいりました、現在生存プレイヤーは二十七人、外ウマ終了まであと二人です! 解説の双海ふたみさん、ここまでをどうご覧になりますか?」

「ステージ設定は二十世紀後半、この時代ならではの道路の広さを使い、どこまで立ち回れるかが肝になっています。ここの定点カメラ、ビル屋上がいい例ですね。付近の道路を見下ろせる絶好の籠城ポイントなんです。ですが当然、そこはみなさん織り込み済みなので……」

 よどみない解説と実況。店舗中央の巨大スクリーンにはピックアッププレイヤーの姿。バールを持った軍服の男がビルの屋上、スナイパーライフルを構えるジーンズの男に近づいていく。

「すっごー……!」

 好奇心に目を輝かせ、店内を見回す色葉。

「おーい、見とれてないで、ちゃんとついてきてくれよ」

 久太郎は慣れた足取りで筐体、それを取り囲み熱狂する人々の間を、すり抜けながら歩く。

「あのおっきなスクリーンのゲーム、なんのやつですか!?」

 興奮気味の色葉にしょうがないなと肩をすくめ、歩きながら解説してやる久太郎。

「はやりのやつだよ。百人がどっかに集まって、武器防具を探して、殺し合って、最後の一人になったヤツが勝ち。野良の試合じゃ、一人五百円を一位総取りの賞金に積んでくっての相場だけど……今回は昔の新宿がステージで……」

 ちらり、スクリーンに目をやると、寝そべっていたスナイパーライフルの男がバールで撲殺され、レトロ調フォントで「POT + 100,000」の文字。久太郎は驚いて軽く口笛。

「一人十万……ってことは勝てば一千万か! 税金とディーラー分で十二%だから、八百八十万……なんにしても景気がいいねどうも」

「……すっごー……」

 カジノゲーセンを歩き続ける二人。巨大スクリーンの下にさしかかると、中世の騎士兜じみた端末をかぶり椅子に横たわるプレイヤーたちの姿。その中の一人が身を起こし、兜を外し観客にお辞儀。周囲は暖かな拍手でそれを迎え入れた。脇の店員はおざなりに「お疲れ様でしたー」と言いつつ兜を消毒ラックに。

「ざッけんじゃねぇよクソゲー!」

 けれど、ばん、という荒々しい音と共に、そんな声も聞こえてくる。巨大モニタとは反対側、色葉が恐る恐る目を向けると、唇にピアスをじゃらじゃらつけた金髪の男が、二本の操縦桿が突き出た筐体を大きく叩いたところ。

「……あの怖い人たちは?」

「あれは……クァンタム・コア。改造したロボで戦って、負けたら……」

 男は忌々しそうに筐体から自分のカード型端末を引き抜く。

「一生ガン待ちなら家でやってろクソ寒キャノン野郎!」

 叫ぶと荒々しく去っていく。筐体の向こう側に座ったスーツの男は表情一つ変えず操縦桿を回している一方、周囲の観客がゲラゲラ笑い、狂喜乱舞するチンパンジーじみた声を交わす。

「あそこの台だと、一勝負一万だってさ」

「荒っぽいんですねー……あっちの平和そうなのは?」

 二人の歩く中央通路を挟んだ反対側にも、モニタと筐体がずらり、並んでいる。ギャラリーはいるものの対戦用ではないのか、どの筐体も前に座っているのは一人。

「君ドゥエるのうまいねえ!」

 まったく意味不明なかけ声とともに、ゴーグル型端末を外した男に大勢のギャラリーが駆け寄る。観客用モニタではレトロなドット調キャラクターが雄々しく剣を掲げ「CONGRATULATIONS!」の文字が浮かび、そこから光るカジノチップが降り注いでいる。

「あれは……そんなに平和でもないぜ。クリアまで数十時間かかる一人用のゲームを何時間以内にクリアとか、ワンミスで指一本落とすとか、ヤバい条件でやる連中。条件によっていろいろ、賭け金と賞金が違うんだ」

「ほへー……いろいろあるんですねえ……」

「……そうか、君、カジノゲーセン来たことないんだっけ?」

「噂では聞いてましたけど」

 目を輝かせあちこちに見入る色葉。そんな彼女を見て久太郎は、少し顔をほころばせた。

「じゃ、ローゲームについても知らない?」

「なんか依頼人の人言ってましたよね。それで人を奴隷にしてる人がいるから懲らしめろって」

「……君のその、話を単純化するスキルには毎度毎度驚かされるね」

「えへへ」

「…………褒めてるように聞こえたのか……?」

「えへへ」

「………………もう少しいろいろ考えてくれると、僕もありがたいんだけどね」

「人と人とが協力し合うのが大事なんだって、大家さん言ってました!」

「まったく、すばらしい大家さんだ」

「今月分がまだだって怒ってましたよ、昨日」

「さてじゃあちょっと今回の依頼をおさらいしておこうか」

「もー、追い出されちゃいますよ」

「追い出されないためにもさ」

「はいはい」

 単純化していない話だと、今回の依頼内容は以下の通り。

 カジノゲーセン内で不法上京者を相手に賭け試合を持ちかけ、巧みに金を巻き上げ借金で縛り、奴隷市場に流している二人組がいる。現代東京ではよくある話だ。もっとも、東京に奴隷制が公然と存在するわけではない。

 表向きこれは合法で、しっかりと労働法に則った人材派遣制度の名の下、行われている。だが都民としての身分を持たない不法上京者に、法の保護はほぼ、存在しない。そして奴隷商と影であだ名される一部の人材派遣会社にとってそんな者たちは、定額働かせ放題と言える人材だ。こういった事情から不法上京者を拉致し、奴隷商に売りつけるビジネスが地下で横行し、都は躍起になって摘発を続けている。

 だが今回の依頼に関して、問題は別のところにあった。

「二つの派閥ファクションが関わってるんですか?」

 改めて依頼内容をかみ砕いて説明してやると、色葉は不思議そうな顔をした。世間知らずな色葉だけれど、東京で生きていく最低限は久太郎から教わっている。

 派閥ファクション

 それは政府より経済より、思想より宗教より、都民を結び、かつ分ける、八つの組織。

大鯨連ゲーマーズリーグの下っ端と、足軽悪賊フットライツギャングの下っ端が組んでる、って君も聞いてたろ」

「聞いてましたけど……その二つって、仲いいんでしたっけ?」

 不審そうな顔になる色葉。

「仲がいい派閥ファクションなんてないさ。右手で握手しながら左手で殴り合うのが派閥ファクションってもんだけど……そういう考え方が末端までちゃんと行き届いてるか、って言うとそうでもない」

「みなさん、そんな器用なことしてたんですか……」

「…………たとえ、だよ。たとえ……そういう、風な、的な……」

「……比喩! 知ってます! ……でも……その二人に奴隷商売をやめろって説得できればいい、ってことですか? 樫村さんが言わなくても、派閥ファクションの上の人が言えばいいんじゃ?」

「ま、極限まで単純に言えばね。でも現実ってのはもうちょっと面倒くさいもんさ」

 久太郎は少し笑いながら、ゴーグルの位置を調整。

「どの派閥ファクションでも表向き、奴隷商売はタブーだ。だから自分のトコでそのタブーに手を出した下っ端を始末するって言い出したんだけど……どっちも、二人ともウチの派閥ファクションでやる、って言い張ってるんだと」

「どうして?」

「まあ、なんだ……自分の家族が犯罪に関わってたら、誰かに教唆きょうさ……そそのかされた、ってことにしたいだろ。よくもうちの純粋な子をたぶらかしやがって、って」

「ふ~む……相手を悪くしたいんですね」

「その通り。表向き派閥ファクションは、東京の健全なる進歩と発展、都民生活の向上を目指す、健全で合法な組織なんだ。都がマジで潰そうとしてる奴隷商売に関わってたバカをほったらかしにはできないさ」

「ははー……本音と建て前ですね、知ってます!」

「よし、えらいぞ! ……でも、そんなバカでも派閥ファクションの一員を、よその派閥ファクションに始末された、なんてのは体面メンツの問題になっちまう。構成員の保護がまず、派閥ファクションの存在理由、一番目だし。ばかばかしいけど体面メンツってのは要するに、抑止力だから」

「え~、体面メンツってあれですよね、ナメる、とか、顔を潰す、とか、そういうバカみたいな……?」

「ま、そうだ。でもどれか一つの派閥ファクションでも、過剰にナメられたり、恐れられたりすると、そいつが他に襲いかかる、そいつにみんなが襲いかかる。そしたら派閥戦争コンフリクト一直線、東京崩壊だ。体面メンツは要するに、八つの派閥ファクションは横並び、均衡してる、だから戦争しても得られるものはない、って平和を守るためのものでもあるんだ。バカみたいだけど、バカにはできないさ」

「……お互いの気持ちを尊重して仲良くやってこー、ってことですか?」

「…………そうかもなぁ。で……まあ、そういう問題があるから、話し合いもこじれる、と」

 話の内容をかみ砕くように左右に首をひねる色葉。ワンピースの胸元を彩る、白と金ラインの印象的なリボンタイが、それにあわせ少し揺れる。

「なんだか……面倒くさい話なんですね」

「そういう面倒くさい話だから……」

 広大なカジノゲーセンの外周部。レトロ調ではない、真実古い筐体が立ち並ぶ区画にさしかかる。

「僕らみたいな無所属の自由業フリーランスにお呼びがかかるわけさ」

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