TS転生バッファローの群れ

全ての宇宙

TS転生バッファローの群れ

始.


お前という一匹のバッファローが、先ほど合流を諦め引き返した群れがあったろう。

その暴走する群れの結末について、かいつまんで教えてやる。

五分もかからんから引き返さずに聞いてゆけ。




1.


その十数匹のバッファローが、どこから来たのかは私も知らぬ。

それぞれ生まれがあり、育ちがあった。しかし群れになった理由は判らない。

まず始めに離脱したのは一頭の小柄なオスだった。


群れの先頭では立派な角を持ち、ひと際体格の大きいオスが走っていた。群れのバッファロー達は彼につられるように、目的もなく我らの草原を駆けていた。

もしかしたら理由はあったのかもしれぬ。彼らの駆ける方角には砂漠が広がっているとされ、誰もが草原の中で生きていたが、その砂漠の先にはここと比べ物にならぬ程の肥沃な沼地が広がっているとも謳われていた。

しかし暴走する彼らの足跡は、未だ草原を飛び出す程ではなく、この場所と大して変わらぬ草地の半ばで始めの事が起こった。


そのオスは小柄で力もなく、群れの皆から嫌われていた。

どのバッファローも先頭の大角のオスが切り開いた道をなぞっているだけだったが、とりわけその小柄なバッファローは強い者のお零れで走っていると思われていた。


その小柄なバッファローは他の者たちよりも一歩が狭く、やがて群れの走りについて行けなくなった。

一歩遅れたときひとつ前のメスが不快感と蔑みでわなないた。二歩遅れたとき近くを走っていた数匹のオスが苛立ちの咆哮をあげた。


やがて群れの全員が怒りの声をあげ、大角のオスが脚を緩めその小柄なバッファローの傍についた。

大角はその小柄で不幸な一頭に自慢の角をぶつけると、小柄なバッファローは悲しげに一声鳴き、脚を止めた。


群れで一番小柄だったバッファローは群れから追放された。

そいつが今どうしているか? 自分で聞くと良い。

あそこで呑気に草を食んでいるのがそいつだ。

彼は最も小柄だったが、誰よりも器用に動く爪を持っていた。

この草原で餌に困ることはないだろう。




2.


次に離脱したのは一対のつがいだった。

オスは右角が欠けており、群れを率いる資質にはいささか疑問があった。一方でメスは艶やかな毛並みとたくましい後脚の持ち主であり、やがては先陣を走る大角のつがいになると思われていた。

二頭は不釣り合いに思われたが、しかし隣り合った群れにて同じ日に産声をあげ、生きてきた時間の全てを同時に過ごしてきた。


なぜそのメスが欠け角のオスを選んだのかは判らない。

しかし二頭は示し合わせたように群れから離脱し、砂漠にほど近い草原の端で今でも睦まじく暮らしている。

やがて沢山の子供が産まれるだろう。




3.


暴走するバッファローの群れは千里を駆け、草原を抜け砂漠に入ろうとしていた。

そこで群れから離脱したのは一頭の不幸なメスだった。

彼女は誰よりも鋭く巻かれた角を持っており、彼女もそれが自慢だった。

しかし始めの小柄な一頭と同じく、群れの多くから嫌われていた。


彼女は他のバッファローが見つけた餌を奪う事を好んでいた。

そのメスは魅力的ではあったから、好意的なオスも群れの中にはいた。

しかし同じメスには須らく嫌われていた。


群れがようやく草原を抜け、砂漠に入ろうという頃だった。

高い崖に挟まれた狭路を十数匹のバッファローが駆けていた。

数十トンからなる群れの足音が、高台から巨大な岩を一つ降らせた。


落石は数瞬またたいた光に思われた。瞬きの出来事だった。

不幸なメスの首に岩が直撃した。

彼女は自慢の巻き角と共に首を失い、その場で息絶えた。




4.


砂漠を何日も駆けた頃、脚が細く体もガレた、年若い一頭のオスが倒れ離脱した。

彼は気配りが上手く、仲間の繕いにも熱心で、群れの仲間からも一目置かれていたが、産まれてこの方一鳴きもしたことがないと謂われていた。

産んだ母から気味悪がられ、産まれた群れからは追い出され、たどり着いたのが大角の群れであった。

大角は彼を殊の外気にかけており、また彼のオスもそれに熱心に応えた。


しかし暴走するバッファローの群れの中で走り続けるには体が弱く、大地を蹴る力が足りず爪も不必要に汚れていた。

当たり前のことだが、そのオスは半ばで力を使い切った。群れの仲間が気づくころには既に走れなくなっていた。


倒れたオスを案じて群れのバッファロー達は彼を取り囲んだ。

弱く年若いオスは今際の際に大角をじっと見つめた。そして大角に向けて、産まれて初めてわなないた。

大角や仲間たちが待ち望んだ彼の鳴き声だったが、その声は弱弱しく、不安定で、数秒の内に虚空に消えいった。

未来を盗み読むがごとく不吉で、不幸を示唆する声だった。


群れはそのオスに別れを告げ、また歩みを進めた。




5.


暴走するバッファローの群れは砂漠の真っただ中で、別の群れと相対した。

頭数も同じ、体格も互いに立派なバッファローが揃っていた。

一つ違う点として、向こうの群れは口元から何か垂らしていた。血が混じり朱色に濁った、泡とも涎ともつかぬ液体だった。


どちらの群れも遭遇の時より敵対的であった。

こちらの群れの勇敢なオスが、手始めに敵対する一頭に噛まれた。すると勇敢なオスは唐突に泡交じりの涎を垂らし、目は白濁し、敵味方見境なく暴れるようになった。

大角は自身の角を以て敵の群れを突き破ろうとした。眼前のバッファローに角を突き立て、顔をはたき、ひと際優れた脚で道を切り開いた。


しかし仲間たちのいずれもが、敵の角を、牙を、濁った唾を掻い潜ることができなかった。

仲間たちは敵の群れに吸収された。

大角は一匹になってしまった。




6.


一頭になった大角は砂漠を駆けていた。

もはや暴走するバッファローの群れはなく、暴走するバッファローが一頭在るのみであった。

彼は全ての仲間を失い、己もまた同様にやがて倒れる事を予期していた。

この先に肥沃な沼地などない。ただ砂漠が続くのみである。


沼地は本当に存在したのだろうか。群れの力が足りなかったのだろうか。

大角は鈍る脚を懸命に進めながら考えた。

この砂漠で力尽き、血も肉も果て、自慢の角が風に浚われたとて。

何か残るのだろうか。


倒れた大角は薄れゆく意識の中で、己の魂がいずこへ流れゆくのか思い馳せた。

夢の中で大角は、たおやかな四駆と愛される瞳を持った、一匹のメスになっていた。




7.


お前という一匹のバッファローが、先ほど合流を諦め引き返した群れの結末はこうだ。

つまらん最後だったろう。引き返したお前は懸命だったな。

もう話すことはない。どこへでも行くと良い。

どんなバッファローも、これより面白い話を語ってくれるはずだ。


しかし話を聞いたなら、お前が持っている星型の花をいくつか置いて行かねばならぬ。

それさえ忘れなければ、どのバッファローの群れもお前を歓迎するだろう。




終.

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