美しい

ムラサキハルカ

美しい

 坂本には三分以内にやらなければならないことがあった。

 大便器をみつけて用を足す。たったそれだけの容易いことを。しかしながら、今、今だけは困難をきわめた。

 全てを破壊しながら爆走するスペースバッファローの群れ。その中間で走る群長むれおさの背中。今、坂本は座ってるのはそんな場所だった。三分以内……あるいは年々締まりが悪くなる肛門のことを考えれば、タイムリミットはもっと速いかもしれなかった。だが、下りるに下りれない理由がある。

「待てぃ、坂本。今日こそはお縄にかかれぇい!」

 スペースパトカーから通信越しに無理やり届けられるのは、普段から坂本を追っている宇宙刑事のガラガラとした声だった。

 おいおいおやっさん。あんたの天職は宇宙刑事なんかじゃなくて、宇宙ヤクザか宇宙マフィアだろ。同じ犯罪者同士、仲良くしようぜ。普段であれば、こんな具合に軽口を叩くところであったが、肛門を締めるのに精一杯な坂本にはその余裕もない。

 気を抜けば……やられる! 肛門の内側から発生するプレッシャーに今にも心が折れそうになる。ほんの出来心ではじめた宇宙掏摸うちゅうすりから、無敵の宇宙バッファローの群れを手に入れ宇宙盗賊の頭目に成り上がるまでの二十年。その間に積み重ねた数々の修羅場をくぐった経験がなければ、とっくに諦めていただろう。そして、今回の大便器探しは、今までの人生で一番の危機といえた。

 どこで歯車が狂ったのだろう? 自らに問い返した坂本の頭に浮かぶのは、スペースクリーブランド産の牡蠣。新鮮ぷるぷるなボディに一目で恋に落ちた。

 絶対に食い逃げさらってやろう。そう心に決めた。これだけの絶品、生以外あり得ないと決意を固め、有りっ丈を口の中に放り込んだ。そして、坂本は生来の巨大かつ活動的な胃を持ってして、ほぼほぼ店内にあるスペースクリーブランド産の牡蠣を食べ尽くす寸前まで行きかけた。食事を終えたら、黙って優雅に店を出よう。まるで、誰もいなかったように……。そんな、坂本の完全犯罪的な思惑を防いだのは、どこかしらからのタレコミを聞いてやってきたらしい宇宙刑事の見慣れた強面と、おもむろに立ち上がった際腹に走った一筋の稲妻のような衝撃。そういえば、スペースクリーブランド産の牡蠣は、あたるのがむちゃくちゃ早いんだったな、と風の噂で聞いたのを思い出す。

 ここでトイレに飛び込んでいれば……後悔はするものの、そうしたらそうしたで宇宙刑事にお手柄を許していたに違いない。ゆえに、腹痛に歯を食いしばり、相棒たるスペースバッファローの背中に乗ったのも、あの場においては正解だっただろう。

 もっと言えば、宇宙服を着ていれば、もう少し排泄に対する恥ずかしさも薄れたであろうし、逃走経路にバッファローを宇宙空間へと飛行させるという選択肢も生まれただろう。しかし、せっかく降り立ったしっかりと安全な呼吸ができる場所で、念のために宇宙服を纏うなどというのは、坂本のプライドが許さなかった。人として、生身に近い形で美味いものを食らうのだと。

 ……とにもかくにも、刻々とタイムリミットが迫っていくに連れて、鈍りつつある頭を捻って坂本は考える。どうすれば、この窮地を乗り越えられるのか? その間もスペースバッファローの群れは、目の前のビル群を気にすることもなしに突っ込み貫き倒壊させていく。ついでに、坂本の尻の穴の命をも振動において揺るがした。

 反転するか。程なくして出した結論は、著しく優雅さに欠けるものだった。しかし、この無敵のスペースバッファローが一度突っ込めば、宇宙刑事が率いるスペースパトカーの車両群など物の数ではない。そうと決まれば話は早いと、相棒の背中を軽く叩いて合図を送った。スペースバッファローの群長は軽く頷いてみせたあと、周囲を慄かせるような咆哮を上げる。直後に群れの最先端が反転をはじめ、後ろにいる獣たちもそれに続いた。

 これでなんとかなるだろう。宇宙盗賊たる坂本はほっと胸を撫で下ろす。長々とスペースストーキングを繰り返す中年男性宇宙刑事には悪いが、背に腹……否、尻は代えられない。スペースバッファローの群れの突撃は全てを破壊すると、信頼しているゆえ、宇宙刑事たちにも大打撃を与えるだろう。美学には欠けるがこのまま宇宙警察を吹き飛ばして、さっさとトイレを探させてもらおう。

 そう考えていた矢先。

「甘いぞ、坂本!」

 超人的な身体能力を持って飛び込んでくる中年宇宙刑事の姿に、坂本は目を丸くする。

「お前の方から近付いてくれるとは、まさしく飛んで火に入る夏の虫よ」

 足に機械でも仕込んでいるのか、素の身体能力ゆえか。息を呑みかける坂本の眼の前に中年宇宙刑事は着地した。スペースバッファローの群長は、異物に乗り込まれたことをむずがるよう、体を揺するものの、図々しくも乗り込んできた男は何も気にしない。

「ようやく捕まえたぞ、坂本」

 腰にぐいっと手を回されると同時にタイムリミットが縮まるのを感じた。

「ここまでガッチリ捕まえればお前も逃げられまい。大人しくお縄につけぇい!」

 坂本の気も知らず、一人で気持ち良くなってるオ○ニーを楽しむ宇宙刑事に、段々と苛立ちを覚えていく。

「おやっさん」

「なんだ、命乞いか? 大宇宙盗賊坂本らしくもない。まあ、所詮、クズはクズということで……」

「ちょっと黙っとけ」

 レバーに打撃を入れる。呻く宇宙刑事の前で、手早くズボンを脱ぐ。上空を行くスペースヘリコプターがこころなしか退いているように見えたが、気付かない振りを決め込んだ。そして、パンツとズボンを脱ぎ捨てると、ふらついている宇宙刑事の頭をスペースバッファローの背に叩きつける。その際、群長の体不機嫌そうに震えたのに合わせて、軽く撫でると同時に、抵抗しようとする宇宙刑事がバッファローの背から落ちないよう、手早くロープで拘束する。

「なにをする、坂本。まさか、私を殺す気か? だとすれば、お前は宇宙盗賊ではなく宇宙殺人鬼に」

「安心しろよ、おやっさん。そんなつもりはないからさ。ただ、今日の俺はちょっとだけ虫の居所が悪いからさ」

 続けざまに宇宙刑事の口を空いた状態で固定したのを確認したところで、その空洞に尻の穴を下ろす。生温かい空気が触れるのと同時に、限界が来たのを感じる。

「トイレになってくれや」

 次の瞬間、

 中年宇宙刑事の口の中に下痢気味の便が叩き込まれる!

 おげげげという汚い中年の叫び声!

 それでも止まらない尻穴からの茶色い奔流!

 口の中から漏れ出すウンコ!

 坂本にやってくる嘔吐感!

 吹き飛ばされ壊滅する宇宙パトカーの車両群!

 漏れ出したウンコウンコが、スペースバッファローの背中に付着しはじめる!

 白目を向いて意識を手放す中年宇宙刑事は、ウンコウンコウンコを窒息しないよう本能的に嚥下する!

 臭いに釣られて吐きはじめる坂本!

 目的地の指示も出されてないので手当たり次第に目の前の建物を破壊し続けるスペースバッファローの群れ!

 ウンコウンコウンコウンコの臭いで意識を取り戻した中年宇宙刑事が耐えきれず、尻の穴にゲロを吐き出そうとするが、重力に引き摺られて戻ってきて悶絶!

 マー○イオンになった坂本はひたすら、嘔吐!

 キレたバッファローの群長、ロープをぶち切って二人を空へと吹き飛ばす!

 大気圏に飛ばされながらも、ウンコウンコウンコウンコウンコ……とゲロのマリアージュを味わい黄泉の国に旅立ちかける宇宙刑事!

 嘔吐をしながら、星を見下ろした坂本! 目に入るのは森を打ち倒しても進み続けるバッファローの群れの勇姿!

「beautiful」

 

 

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美しい ムラサキハルカ @harukamurasaki

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