第3話 甘味ナイト


 すごく幸せそうにお菓子を食べる人だった。

 私の作ったリンゴのパイを、一口一口かみしめるように、五感すべてで味わうように、大切に食べている。


「おいしい……しあわせだ……」


 なんだか顔までとろけそう。


「なかなかに気持ち悪いでしょう? メグさん。この子ったら二十三にもなってお菓子が大好きなの」


 やれやれとポレットが両手を広げる。


 まあ、たしかに珍しくはあるけどね。

 男の人って、十七、八くらいになったら甘味じゃなくてお酒だもん。

 街の甘味処でも、男性の姿は見たことがない。


「微笑ましいじゃないですか」

「メグさんは寛大ねえ」


 寛大というより、たぶん今の私は他人に興味が持てていないんだと思う。


 たとえばこれが数日前で、ロベールが美味しそうにパイなんか頬張っていたら、どうしたのかと心配しただろう。

 仕事で疲れて体調でもおかしくなったのかと。


「いやいや二人とも。男が甘味を好んだって良いじゃないか。美味しいじゃないか」


 すごく力説してるレオン。

 べつに美味しくないなんて思ってない。

 私だって甘いものは好きだし。


 でも、父も兄も普通にお菓子よりお酒を好むよ。


「考えてみたら不思議な話ですよね」

「それなんだよ。なぜか甘いお菓子は女子供のものという風潮のせいで……」


 とても悲しそうなレオンだ。

 部下の前で甘いものを食べたらバカにされる。端的にいって舐められちゃうんだそうだ。


 軍隊ってのは仲良しグループじゃないから、部下に舐められるってのは非常にまずいんだって。


「恐れられた方がまだちょっとマシなくらいなんだ。縦社会だからね」

「はあ……そういうものなんですか」


 頷きつつも、たいして興味があったわけじゃない。

 レオンが舐められようがバカにされようが、私には関係のない話だし。


「そうだわ」


 ぽん、と、ポレットが手を拍く。

 すごく良いことを思いついたって顔をしてるけど、なんか微妙に悪い予感がした。

 面倒ごとを頼まれちゃいそうな、そんな予感である。


「メグさん。あなた、この子の恋人のフリをしてくれないかしら」


「なぜに!?」

「うええええっ!?」


 レオンと私、同時に奇声を発しちゃった。

 予感の斜め下の頼みごとだよ。





「ちょっとポレットさん……」


 さすがに今日はじめて会った相手と恋人というのは乱暴すぎる。

 婚約者なら珍しくもない話なんだけどね。


 親とか親の上司とか、そういうのの決定で会ったこともない相手と婚約するなんてよくある話だから。


 このあたり、騎士階級なんかより平民たちの方がずっとずっと自由だ。

 好き合った相手と結婚できるんだもん。


 あ、こういう言い方をしちゃうと貴族や騎士は嫌いな相手と結婚してるのかった思われちゃいそうだけど、そういうことじゃないよ?


 結婚する相手は最初から決まっていて、そこからお互いに好きになる努力を積み上げていくって感じかな。

 もちろん互いの家もね。


 息子や娘を、不幸にするために結婚話を勧めるわけがない。

 家名存続のためとか、大切なことはいくつもあるけど、それでも子供を使い捨ての道具と思ってる親なんか、そうそう滅多にはいないから。


 家のことも子供のもどっちも大事だから、互いの家も本人同士も、幸せな結婚生活を営もうと努力するんだよね。

 ここが平民の結婚との最大の違いになるかな。


 家のためと自分のためってのが一番にきちゃう。

 平民だと自分のため相手のためってのが一番だろうからね。


 ともあれ、騎士の恋愛ってそんなに自由なもんじゃない。そもそも好きな相手と結婚できるとは限らないんだから、恋愛なんかしても仕方がないって側面もある。


「メグさんは、婚約を破棄されたばかりでしょ。今なら少しくらい羽目を外しても認められるじゃない」

「それはそうですが」


 私って出世のために捨てられた可哀相な女だからね。貴族社会的には。

 誰かが慰めようと手を差し伸べても、そんなにおかしい話じゃない。


 ていうか、ここしばらくは親切を装って私に取り入ろうとする男性はすごく増えるだろう。


 私の家って騎士の家としてそこそこっていうか、本当に普通レベルなんだけど、一応は代々の王国騎士の家だしね。


 騎士叙勲されたばっかりの人たちからみるとちょっとは高嶺の花にはなる。そこの令嬢が傷物になったと知れ渡ったら、この機会によしみを通じちゃえって考える人は少なくないだろう。


「わんさか押し寄せるわよ」

「それは……ちょっと……」


 ポレットのセリフに、私はげっそりした。

 しばらくの間、殿方に振り回されるのはご勘弁願いたい。


「その点、この子なら虫除けにちょうど良いわ」


 もう定まった殿方がいる、ということをアピールできるわけだ。


 言い寄ってくる殿方は減るだろうね。

 たしかに都合は良い。


 けど、それは私にしか利得がないんだよなぁ。


「俺は虫除けか」


 おいおいって感じて苦笑するレオン。

 そりゃそうだ。


「カップルなら、リシェスにも入りやすいわよね」

「乗った!」


 すごく有名な甘味処の名前が出た瞬間、くるっと手のひらが返った。

 あんた、どんだけお菓子が好きなんだよ。


「そうか……リシェスにいけるのか……」


 視線が中空をさまよってるし。

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