第2話 子供にはモテる女


 託児所での私の仕事は、子供たちに簡単な読み書きや計算を教えたり、おやつを作ってあげたりすること。

 なんだけど、主に遊び相手ってのがほとんどだ。


 こればっかりは仕方がない。

 託児所にいるのは七歳までの子供だからね。このくらいの子供たちは、遊ぶのが仕事だもの。


「まん丸ぐりっと。オレのために毎日ケーキを焼いてくれ!」

「ごめんねぇ。うちにそんなお金はないの」

「がーん」


 謎の擬音とともにジャンが崩れ落ちた。

 私にフラれたことがショックなのか、ケーキが食べられないことがショックなのか。


「な、ならクッキー! これで我慢する!」

「ルネ……うちにそんなお金は……」

「がーん」


 マルコを入れて悪ガキ三人衆、全滅である。


 なにをやっているのかと言えば、私がフラれたから、子供たちがプロポーズするんだそうだ。

 ちょっと意味不明です。


 身分違いはちょっと置いても、一番年かさの子でも七歳である。

 私とは十歳くらい違う。


 王族とか貴族とかの政略結婚なら、三十歳差四十歳差なんて珍しくもないけどね。

 あの人たちの場合は、結婚もまた政治だから。


「くそう……どうやったら豆ぐりっとのおやつを毎日食べられるんだ……」


 にんじん色の髪をしたマルコがうんうんと悩んでいる。


 待ちたまえよ、きみ。

 私と結婚したいのか、おやつを食べたいのか。

 そこんところを、まずははっきりさせようじゃないかね。


「オレ、頑張って稼ぐから!」

「おやつのために?」

「まん丸ぐりっとのためにだよ!」


 じたばたと足を踏みならしているのは、黒に近い茶色の髪のジャンね。

 いやあ、平民に養ってもらう騎士の娘ってのは、どうかなぁ?


「でも、今日のおやつはりんごのパイを作ってきたよ」


 ぱんと手を叩くと、子供たちが顔を輝かせた。

 まあまあ現金なものである。






「メグさん……さっき子供たちが言っていたことだけど……」


 子供たちが家に帰り、私も帰り支度をしていると所長のポレットに声をかけられた。

 気品のある老婦人で、この人も騎士の未亡人である。


 この人の奉仕のかたちは、こうやって託児所を作って平民の子供たちを預かるってことなんだよね。

 戦死した旦那さんの慰労金を使って基金を作ったんだそうだ。


「私がフラれたって話ですか?」

「子供たちが、お姉ちゃんをフった悪党をやっつけるって息巻いてたわ。本当のところはどうなの?」


 小首をかしげるポレット。

 騎士家の娘には、たいてい婚約者がいる。

 特別な事情がないかぎりね。


 早い人は、生まれたときから結婚相手が決まってたりするんだよ。


 騎士家の結婚って家と家の結びつきだからね。あんまり本人の意思とかは関係ないんだ。

 もちろん相思相愛な夫婦もいっぱいいるんだけどね。


「婚約者が出世したんで、家柄が合わなくなったと破棄されました」

「なにそれ。ひどい男ね」


 ふんすと鼻息を荒くするポレット。


「家柄が釣り合うってのはたしかに大事だけど。騎士にはもっと大切なことがあるでしょうに」


 我がことのように怒ってくれている。


「それはなんです?」


 私は小首をかしげた。

 王への忠誠とかだろうか。


「約束を違えないことよ。誓いを守るというのは騎士道の第一だもの」

「でも、出世に響いちゃいますから」

「騎士が出世に目がくらんでどうするのよ。嘆かわしい」


 理想論ではそうかもだけど。

 騎士とは生き方そのものが大切で、出世だの名誉だのは後からついてくるってやつだ。


 とはいえ、騎士だって人間だから名誉欲も出世欲もあるって。


「若い騎士は本当にダメね。騎士道のきの字も体現できていないわ」


 死んだ旦那なんて、と、思い出話が展開されていく。

 私は相づちをうったり、一緒になって笑ったり、けっこう楽しく時間を過ごした。


 普段ならとっくに帰ってる頃合いだったけれど、ずっと長居してね。


「叔母さん。おやつは余ってるかな」


 談笑していると、玄関から男性が入ってきた。

 まさに、ぬうって感じで。


「きゃ……」


 私は驚いて、椅子から腰を浮かせてしまう。


 基本的に託児所には女性と子供しかいない。

 成人男性、しかもこんな屈強そうな人が入ってきたら普通は驚く。


「あらやだ。もうくる時間だったのね。メグさんとのおしゃべりが楽しくて忘れていたわ。甥っ子のレオンよ」


 すごく雑に紹介してくれる。


 黒っぽい髪と青みがかった瞳。そして均整の取れた身体。

 甥ってことは、この人も貴族家の人かな。


 飾らない感じの平服姿だし腰に剣も佩いてないから、次男とか三男かもしれない。


「メグさんの作ったおやつのあまりを略奪にくる山賊よ」

「おやつ山賊……」


 言い方がおかしくて、私はぷっと吹き出してしまった。


 山賊って、もうちょっとお金になりそうなものを奪っていくような気がするかな!


「山賊はひどいよ叔母さん。レオンです、いつもお菓子を美味しくいただいてます」


 後半の言葉は私に向けたもので、恭しく片膝をつく。


「マルグリットです。親しい人はメグと呼んでくれます」

「以後、お見知りおきいただけたら幸いです」


 軽く頷いて差し出した私の右手の甲に軽く口づけた。


 お見知りおきかあ。

 挨拶も完璧な美丈夫だけど、当分、殿方はいいかなぁ。


 などと思いながら、私は「よしなに」などと無難に返しながら曖昧に笑った。


 

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