第14話 観雫は怒っている

「おはよう観雫」

「おはよう、一入」


 登校していつも通り朝の挨拶を済ませて、俺たちが向かい合うと観雫が少しだけ苛立っているような口調で言った。


「ねぇ、ちょっと聞いてよ」


 ……観雫がこんな口調なのは珍しい、かはわからないが、少なくとも何かを聞いて欲しいというのはかなり珍しい。


「あぁ、どうした?」


 もしかしたら何か嫌なことがあったのかもしれないし、俺がそれを聞くことで少しでも気が晴れるのであればその話を聞くことにしよう。


「最近、全然友達と遊べてないの」


 予想外の切り口だ……観雫は、元々オシャレ系のグループに所属していたこともあって友達はかなり多い印象だったが、その観雫でも友達と遊べてないなんていうことがあるのか。


「みんな何かで忙しいのか?」

「あぁ、友達っていうのは特定の一人だけを指してて、その友達と遊べてないって話」

「そういうことか」


 あの観雫が友達と遊べてないなんて、最初は何事かとも思ったが、特定の一人と遊べてないということであれば納得だ。

 だが、それでも結局。


「じゃあ、その友達っていうのが最近忙しいんじゃないのか?」

「忙しいっていうか、露骨に優先順位下げられちゃってるんだよね」

「それは酷い話だな……遠回しにでも何でも、一度本人に直接聞いてみたら────」


 俺がそうアドバイスしようとした時、観雫は俺の両頬を引っ張って拗ねたような表情で言った。


「一入のことなんだけど」

「……へ?」


 両頬を引っ張られていたせいで困惑の声がとても間の抜けた声になってしまったが、それは俺の今の気持ちを表しているようでもあった。

 観雫は、俺の両頬を引っ張るのをやめて言った。


「私、最近全然一入と遊べてない」

「それは……結深のことで色々と大変って言うか」

「一入にとっては、私なんかよりも結深ちゃんの方が大事なんだ?そうだよね、私はただの友達で結深ちゃんは妹だもんね」


 観雫は落ち着いた口調ではあるが、少し怒気が含まれているような口調でそう言った。


「お、怒ってるのか?」

「別に?事情は知ってるから怒ってるわけじゃないけど、事情を知ってるからこそ本当は一入と遊びたいって思ってても最近は一入と遊びたいって言うの我慢してたし?今はちょっとだけその鬱憤を晴らしてるっていうか?露骨に私よりも結深ちゃんの方に重きを置いてる感じなのにちょっとムカついたっていうか、怒ってる」


 最終的には怒っているのか……とはいえ、確かに結深のことを観雫に話してからは、今までかなりの頻度で一緒に遊んでいた観雫と一度も遊んでいない。

 それで複雑な心境になるなという方が難しいだろう。


「……悪かった、今日の放課後一緒に遊びに行こう」

「え、本当に……?良いの?結深ちゃんは?」

「今まで観雫と遊びに行って放課後帰りが遅くなることはあったし、今日ぐらいは大丈夫だ……それに、今の俺が言ったところで説得力が無いかもしれないが、俺は観雫と遊ぶのが本当に好きなんだ」

「い、一入……」


 観雫は頬を赤く染めると、俺から視線を逸らして言った。


「一入にしては、良いこと言うじゃん」

「俺にしてはってどういうことだ!」


 そんな会話を交え、俺と観雫はその日の放課後一緒に出かけた。

 久しぶりということもあって、今日は観雫と遊ぶのがより楽しく感じる……時々観雫が、今までにない熱を帯びたような視線で俺のことを見ていたような気がするが、それは俺の思い過ごしだと判断して、俺は特に気にせずに観雫と最後まで楽しく遊んだ。

 そして、19時頃になって家に帰ると、結深がいつものように明るく俺のことを出迎えてくれる。


「おかえり!お兄ちゃん!今日は遅かったね?」

「あぁ、久しぶりに友達と遊んでたんだ」

「そっか〜!ねぇお兄ちゃん、次の休日また一緒にお出かけしない?」


 これに関しては特に断る理由もないため、俺は承諾することにした。


「あぁ、しよう」

「やった〜!」


 こうして、またも結深と休日に出かけることになった俺だったが────この結深とのお出かけを、最悪な形である人物に目撃されることになるとは、この時の俺は……まだ知らなかった。

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