第2章─蒼天の機巧鳥と王剣の継承者

第31話─帝都への旅立ち

 厄流しのお祭りが終わってから、一週間が経った。ユウとシャーロット、チェルシーの三人はニムテを離れていた。


 今のうちに当初やろうとしていた予定を果たしておこうと、フェダーン帝国の首都ティアトルルに向かっているのだ。


「クラネディア陛下、もう待ちきれねえって感じだろうな。まさかギルドに騎士団寄越してまでユウを呼ぶとは思わなかったぜ」


『ボクもびっくりしましたよ、あれは……思い出したくないです』


「あの騎士団長、思いっきりユウくんのトラウマ踏み抜いちゃったものね。首が飛ばないといいんだけど」


 事の起こりは二日前。いつまで経っても会いに来ないユウに痺れを切らした女帝が、なんと騎士団を迎えに寄越したのだ。


 突然の事にパラディオンギルドは大慌て……だけならまだよかった。騎士団の団長が、煮え切らない態度のユウを『上から目線で』睨んでしまったのである。


『我々ももうこれ以上待てないのですよ、陛下も今か今かと心待ちにしていますので。……もしや、招待を断るなんてことはありませんよね?』


『え、ひう、あ……ご、ごめんなさぃぃぃぃぃぃ!! うええええん!!』


『ええ!? な、泣くことはないで』


『おいコラてめー、何ユウ泣かせてんだ。女帝直属の騎士団だかなんだか知らねえが、この落とし前どう付ける気だオラー!』


 団長が目付きの鋭い女性だったことも災いし、ユウは前世の母を思い出してしまい大泣きしてしまう。


 その結果、ブチ切れたチェルシーが暴れそうになったりとかなり大荒れしてしまったが……団長の必死の土下座で、何とかユウが泣き止んだ。


『……ボクはもう気にしてないんですけどね。早く泣かないようにならなきゃ、とは思ってるんですけど……』


「仕方がないわ、トラウマなんてそう簡単に癒えるものじゃないもの。特に、心に負った深い傷はね」


 トラブル自体は沈静化したものの、下手を打ってしまった以上団長が責任を取らされることは明白。


 最悪の場合、辞任だけで済まず処刑されてしまう可能性もあった。ユウもそこまでは望んでいないため、急ぎ女帝に会い陳情するべく帝都に向かうことに。


 現在、その旅の途上であった。フォックスレイダーやマジンランナーを使えば、馬車よりも遙かに早く移動出来る。


「馬車なら五日だけど、マジンランナーがあれば二日で行けるから楽よねー。本当、マジンフォン開発してくれた方々には感謝しかないわ」


 道中、原っぱに停車して休憩しながらそんな他愛のない話をする一行。空は曇一つない快晴、鳥の声が響くのどかさだ。


「そういやよ、マジンフォン造ってる連中ってどんな奴らなんだろな? ユウはなんか知ってっか? 身内だろ?」


『ええ、知ってますよ。ボクの一番上のお兄さん……ソロン兄さんが立ち上げた工場【マジンファクトリー】で製造してるんです。まあ、これ以上は企業秘密があるのでボクも知りませんけど』


「ソロン様ね、私も知ってるわ。ベルドールの魔神の第二世代、その長兄よ。リオ様の後継者と目されているって、お父様から聞いたわ」


「ほー、すげぇ奴なんだな。いっぺん会ってみてぇなあ、魔神の一族ってのにさ」


『じゃあ、帝都での用事が終わったら行ってみます? キュリア=サンクタラムに。パパも喜ぶと思いますよ』


「おっ、いいな! 是非行ってみてえぜ」


 ユウはリオから教わった方法で草笛を作り、ぷーぷー鳴らして遊びながらそう口にする。和やかに話が進む一方、悪しき者たちは……。



◇──────────────────◇



「急遽集まってもらい、申し訳ない。すでに知っていると思うが、永宮久音がしくじり倒された。そのため、後任を決めねばならない。我らトップナイトの中からな」


 リンカーナイツの本部に、六人のトップナイトの姿があった。レオンが彼らを呼び出し、ユウ捕獲の任務を引き継ぐ者を決める話し合いが行われているのだ。


「フン、所詮あやつは我らの中でも最低の小物。あのお方から賜ったチートにばかり頼って、己の心・技・体の研鑽を怠った愚か者だ」


「左様、黒原殿のおっしゃる通り。……やはりあの者ではなく、ワーデュルスをトップナイトに加えるべきだったか」


「今更そんなことを言っても始まらないわよ。で、どうするの? 次の刺客。誰が行く?」


 レオンの言葉が終わると、黒いバケツ型の兜を被った鎧の騎士がそう呟く。苦々しげな騎士に同調し、レオンの左隣に座る男が吐き捨てた。


 そんな二人に、赤いチャイナドレスを身に着けた女が答えつつ改めて提示する。次に誰がユウを狙うか、と。


「ふむ……私としては指名したい者がいる。ミスター・ユージーン。任務の引き継ぎを頼みたい。やってくれるか?」


「……ミーでいいのか? ミスター・レオン」


「ああ。君はチート能力の優秀さもさることながら、チートに頼らずともパラディオンを打ち負かせる実力に恵まれている。信頼しているのだよ、君をね」


 リーダーであるレオンは、自身の真向かいに座っている人物を次の刺客に推薦する。選ばれたのは、灰色のスーツを着た大柄な黒人の男。


 パツパツになったスーツの下には、鍛え上げられた鋼のような筋肉が隠されている。サングラスの向こうからレオンを見つつ、男……ユージーン・レイダムは問う。


「そこまで言われたら、引き受けぬわけにはいくまい。分かった、ミス・ヒサネの仕事はミーが引き継ごう。早速出掛ける、これにて失礼」


「流石ユージーン、自ら動くか。ま、彼なら問題なかろう。我々も安心だ。一人として異議は無い」


「ああ、無事後任も決まったし会議はこれで終わりだ。足を運んでもらって済まない、帰ってくれていいぞ」


 満場一致で次の刺客にユージーンを選び、トップナイトたちは解散する。一足先に出て行ったユージーンは、本部内にあるトレーニングジムに向かう。


「フンッ! フンッ! 魔神たちの切り札、ユウ・ホウジョウ……相手にとって不足無し、万全を期して挑むのみ! フンッ、フンッ!」


 トレーニングウェアに着替え、ユウとの戦いに備えてベンチプレスを行う。その重量、なんと九百キロ。


 本来、人間が持ち上げることが出来る重量の限界は五百キロ。それ以上は骨の強度を重量が上回り、骨折してしまう。


 だが、ネイシアによって選ばれた異邦人は違う。根本的な肉体の強度を、地球にいた頃の何十倍にも高められているのだ。


「フンッ! フンッ! 待っているがいい、必ずミーが捕らえてみせよう。決戦の時が今から楽しみだ。セイッ!」


 一時間かけてベンチプレスを行った後、続いてサンドバッグを用いたパンチングによる鍛錬をするユージーン。


 黒光りする肌を、汗が流れ落ちていく。第二の刺客は、脳内でユウとの戦いのシミュレーションをしながら訓練に励むのだった。



◇──────────────────◇



「……なるほど、わたくしの命令で追っていた者たちは無事捕縛出来たのですね。ブリギット」


「デスデス。バッチリ捕らえたデスよ、おシショー様。これで任務達成デス」


 ユウたちが帝都に向かっている頃、キュリア=サンクタラムにてファティマがとある人物と会談をしていた。


 その相手は、かつてユウの初陣を遠くから見守っていた自動人形オートマトンの女だ。ブリギットと呼ばれた女は、何度も頷く。


「ふむ……であれば、そろそろユウと合流してもらってよいでしょう。リンカーナイツは、最高幹部を倒されましたから。なりふり構わずユウを襲うでしょうからね。わたくしの代わりに守るのですよ、ブリギット」


「お任せデスよ、おシショー様! ダンスレイル様仕込みのトマホークでどんな敵もズンバラリン! となます斬りデスマス!」


「ええ、期待していますよ。……それと、くれぐれもユウのトラウマを刺激するような振る舞いはしないように。いいですね?」


「かしこまったデスマス!」


「本当に大丈夫でしょうかね……貴女はそうやって、すぐ安請け合いする悪いクセがありますから」


 ファティマからの密命……クァン=ネイドラで暗躍する、リンカーナイツの拉致部隊のメンバーの捕縛を達成したブリギット。


 その功績を認められ、新たなる任務……ユウの護衛に就くことに。師であるファティマの期待に応えるべく、ブリギットは胸を張る。


 新たなる敵、そして仲間。帝都へと旅立った先で待ち受ける出会いを、ユウたちはまだ知らない。


 次なる戦いの幕が今……上がろうとしていた。

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