第4話─ユウとシャーロット

 最初の敵を退けたユウとシャーロット。元の姿に戻ったシャーロットは、改めてユウを連れて最寄りの街であるニムテへ向かうことに。


「さあ、今度こそ街に行きましょう!」


『はい、分かりました! ちなみに、街ってここからどれくらいかかるんですか?』


「徒歩だと数時間かかるわ。でも安心して、マジンフォンの機能を使えば問題ないから」


『そうですね、パパから聞きました。確か、このパスコードを……』


【4・6・2・1:フォックスレイダー・スタートアップ】


 ユウは右腕に装着したマジンフォンを操作して、パスコードを入力する。すると、音声が鳴り響き二人から少し離れたところに魔法陣が現れた。


 その中から、狐の頭部を模した銀色の大型装甲バイクが姿を現す。巨大なタイヤを備え、機体後方には狐の尾を模した九つのエンジンが接続されている。


「あら、ユウくんのは特別仕様なのね! 私たちが使ってる【マジンランナー】よりも豪華ねえ、羨ましいわ」


『パパたちがボクのために造ってくれたんです。この半年、特訓ついでに運転の練習もしたんですよ!』


 えへんと胸を張り、誇らしげなユウ。それを見たシャーロットはキュンとしてしまった。手を伸ばし、ユウの頭を撫でる。


『く、くすぐったいですシャーロットさん』


「ふふ、照れてる顔も可愛いわね。あ、私のことはシャロって呼んでくれていいわ。これから一緒に戦う仲間なんだもの、愛称で呼んでくれたら嬉しいわ」


『はい! よろしくお願いします、シャロさん』


「ええ、こちらこそ。さて、街に行こうと思うのだけど……どうする? 私が先導するか……もしくは二人乗りで案内するけどどっちがいい?」


 そう問われ、ユウは少し考える。初めて来たばかりの大地で、土地勘はまるでない。万が一はぐれたら、そのまま迷子になるだろう。


『じゃあ、二人乗りで……』


「分かったわ、私が後ろに座って街への道を教えるわね」


『ありがとうございます、シャロさん。それじゃあ、乗りましょう!』


「お邪魔するわね。よいしょっと」


 シャーロットが前、ユウがその後ろに回りシートに座る。タッチパネルの横に接続された半円状の操縦桿を握ったシャーロットは、アクセルペダルを踏む。


「流石、魔導エンジンが九つあると起動する時の振動が迫力あるわね。さて、ニムテの座標を入れてっと。ナビゲーションシステム起動! 行くわよユウくん、掴まっててね!」


『はい!』


 シャーロットはタッチパネルを操作し、街へのルートを画面に表示する。魔力で出来たクリアカバーがシートを覆ったところで、ついに発進した。


 街へ向かう途中、ユウとシャーロットは親交を深めるためお互いの素性について語り合う。


『じゃあ、シャロさんもボクみたいに人助けをするためにこの世界に来たんですか』


「ええ、そうなの。私の父も母も、かつて大地を救った英雄でね。その娘である私も、同じように人々を助けたい。その一心でリンカーナイツとの戦いに加わったの」


『シャロさんて凄いんですね。ボクも見習わないと!』


「ありがとう、ユウくん。……そういえば、先日リオ様から聞いたのだけれど。あなたも異邦人なのよね、前世ではどんな暮らしをしていたのかしら?」


 何気なく放たれた問いかけに、ユウは固まってしまう。彼の悲惨な前世を知っているのは、父であるリオと六人の母親たちだけ。


 それ以外には、他のリオの子どもたちですら知らないタブーなのだ。当然、リオはシャーロットにも一切伝えていない。


『え、と……。それ、は……』


 口ごもるゆうの脳裏に、前世の記憶がよみがえる。思い出すのは、窓一つ無い閉ざされた部屋。そして、半狂乱になりながらゴルフクラブを振るう母。


『このクズ! ゴミ! なんでお前は普通に話せないの! 人並みになれないのよ!』


『ご、ごめ、ごめなさ……ひぐっ!』


『こっちは必死に腹を痛めてあんたを産んでやったのに! 私の完璧な人生によくも! 泥を塗ってくれたわね……この出来損ないめ!』


 ゴルフクラブで殴打されながら、罵声を浴びせられるユウ。五歳の子どもが、酷たらしい仕打ちから逃れるすべなど持っていなかった。


『もういいわ、幸いあんたを産んだのはうちの企業の系列の病院。出生記録をなかったことにするのは容易いわ。市役所もちょっと脅せば、戸籍やらなんやらも消せる……』


『お、おか、おかあさ……』


『黙れ。もう私はお前の母親じゃない。この部屋で死ね、出来損ない。もう二度と、その薄汚い口を開くな!』


 それが、ユウが前世で聞いた最後の言葉。最期に見たのは、冷たい目で自分を見下ろし睨み付ける母。そうして、少年は一度目の人生に幕を下ろしたのだ。


『う、うう……ひっく』


「! ごめんなさい、思い出したくないことを思い出させてしまったみたい……。きっと、辛いことがたくさんあったのよね。過去は、人それぞれだから……」


 ユウが泣きはじめたことを敏感に察知したシャーロットは、バイクを止め後ろ向きに座り直す。ユウを抱き締め、辛い過去を思い出させてしまったことを謝罪した。


『いえ、いいんです。……いつか、勇気が出たらシャロさんにも話します。一緒に戦う仲間として知っておいてほしいんです。ボクの前世を』


「……分かったわ。待っているわね、その時を。でも、無理はしなくていいのよ? あなたの心の健康が一番だから」


 ユウの言葉に、シャーロットはそう答えた。



◇──────────────────◇



 場所は変わり、ユウがリオたちと出会う前に暮らしていた大地にて。ユウを追放したラディム率いるパーティーは……これまでの栄光が嘘のように凋落ちょうらくしていた。


「あら、また依頼に失敗したの? ここ最近はまるでダメね~、せっかくAランクに昇格したのに。このままじゃBどころかCランクに降格よ~?」


「ぐっ……申し訳ない、次こそは……!」


 この日もまた、ラディムたちは依頼に失敗し受付嬢に苦言を呈されていた。彼らが受けたのは、キマイラの討伐。


 Aランクの冒険者であれば、四~五人でパーティーを組めばよほどのことがない限り討伐が可能な相手である。


「クソッ、ユウをクビにしてから失敗続きだ……。僕たちは実力でここまで上り詰めてきたはずなのに、どうしてだろう……」


 ギルドにいる他の冒険者たちの冷笑を浴びながら、ラディムは仲間の待つ宿へと戻る。そもそもの話、彼と仲間たちは根本から勘違いしていた。


 彼らが躍進出来たのは、ユウの持つチート能力『庇護者への恩寵』のおかげ。彼らがユウを庇護することで、並外れた幸運や身体能力の向上といった恩恵を受けていたに過ぎない。


 ちなみに、ユウの能力によって身体能力がどれくらい向上するかというと……地球人で例えると、一般人がオリンピックの陸上競技で優勝出来るほどだ。


「またラディムの奴しくじったらしいぜ。あいつのパーティー、最近いい評判聞かないよな」


「ああ、でも自業自得じゃないか? 風の噂だけどよ、あいつらあれだけ尽くしてたユウを追放したって聞くぜ」


「えー、サイテー。じゃああいつら、ユウは病気になって冒険者辞めたって嘘ついてたことになるじゃん。はー、ありえなっ!」


 トボトボと去って行くラディムの背中に、他の冒険者たちのヒソヒソ話が突き刺さる。みじめな気持ちを抱えつつ、通りを歩く。


「ただいま……」


「お帰り、ラディム。悪いな、報告押し付け……イツツツ」


「なぁに、気にしないでくれたまえゴルンザ。しかしまあ、日に日にみんなの視線が冷たくなっていくよ。肩身が狭いね……」


 拠点にしている宿に戻り、二人の仲間と合流するラディム。片方は、顔に大きな傷跡がある巨漢……ゴルンザ。もう片方は、白いローブと三角帽を身に着けた女リリアル。


 かつてはこの三人に加えてユウがいたが、今はもういない。その代わり、新しい『自称』異邦人を仲間に引き込んでいる。


「もうそろそろさー、なんとか依頼を成功させないとまずいってラディム。この宿の宿泊代も、もう待ってもらえないよ?」


「新入りの野郎がなあ、もっと働いてくれりゃあいいのによ。これじゃユウを蹴り出した意味がねえぜ」


 リリアルは藤色の髪の毛のいじりながらそう口にする。身の丈に合わない、ムダに高級な宿に泊まっている彼らが稼げなくなればどうなるか。


 即刻蹴り出され、まとまった金が手に入るまで野宿生活を送る羽目になる。宿での快適な生活に慣れきった三人には、野宿するだけの力はもう残っていない。


「ああ、僕もそう……そういえば、彼はどこだい?」


「散歩に行くってよ。ったく、アイツの考えてることはよく分からん。こっちは……お、やっと帰ってきやがった」


「やあ、ただいま。みんなどうしたんだ? そんな真剣な顔しちゃって」


 ゴルンザとラディムがそんなやり取りをしていると、部屋の扉が開き一人の青年が入ってくる。短く刈り揃えた黒髪を持つ、温和そうな顔付きの青年だ。


「やっと帰ってきたか、どこをほっつき歩いていたんだね! まあいい、全員揃ったし作戦会議だ。次の依頼を達成して、悪評を一気に吹き飛ばすぞ!」


「おう!」


「はーい!」


「おー」


 仲間たちに調子を合わせ、拳を突き出す青年。その裏で、邪悪な企みの算段をしていることをラディムたちは知らない。


(この半年、こいつらの観察をして『適性』は見極められた。三人ともイイ線いってるから、頃合いを見てクァン=ネイドラに拉致るか。リンカーナイツの戦力強化のためにな。へへへ)


 自分たちの破滅が迫っていることを、ラディムたちはまだ知らない。

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