第2話─旅に出ると決めた日

 ユウがリオたちによって見つけ出され、新たな家族を得てから半年が経った。心の傷があらかた癒えたユウは、あることを決意していた。それは……。


「ユウ、最後に確認するけど……本当に行くの? 無理しなくても、ずっとここにいていいんだよ」


『……ボク、決めたんです。パパたちのおかげで、ボクは救われました。だから、その恩返しをしようって。それに何より……悪事を働く異邦人たちが許せないんです』


「決意は固い、か。そうだよね、この日に備えて頑張ってきたもんね。ヤボな質問だったよ」


 リオたちの住まう天空の都市、その中央にそびえる白亜の城……グランゼレイド城。そのテラスに、ユウとリオ、彼の六人の妻たちの姿があった。


 ユウは白銀の胸当てと篭手、グリーヴに腰垂れとライトブラウンのズボンを身に着けていた。リオたちがこしらえた、羽根のように軽く動ける特注品だ。


(ついにこの日が来た……。今度はボクの番だ。ボクが、助けを必要としている人たちを救うんだ!)


 新たな暮らしをする中で、ユウは知った。自分と同じ、地球からの転生・転移者……『異邦人』の一部が悪の組織を作り、別の大地で猛威を振るっていることを。


 その対処に追われるリオたちを見て、少年はある決意を固めた。リオたちへの恩を返すため、そして何より……救いを求める人たちのために戦うと。


 ユウのきょうだいたちも見送りに来たがっていたが、全員がテラスに入るのは物理的に不可能なので別室にてやり取りを見守っている。


「ううむ……確かに、ユウが今から向かおうとしている大地……【クァン=ネイドラ】は悪しき異邦人の組織【リンカーナイツ】によって苦しめられておるが……。妾としては、やはり心配じゃな」


「ふふ、私は賛成だよ。ユウの意思を尊重してあげたいからね。なに、大丈夫さアイージャ。この半年、私たちが鍛え上げたんだ。そんじょそこらの異邦人なんぞには負けないよ、私たちの愛しい息子はね」


 自らリオたちに懇願し、ユウはこの半年修行に明け暮れてきた。そうして今日、遠く離れた大地へ旅立とうとしていたのだ。


 この期に及んで渋るアイージャに、隣に立っているフクロウの獣人が声をかける。大きな緑色の翼を持つ女……ダンスレイルは朗らかに笑う。


「確かに、ダンスレイルの言う通りだね。元々ユウは冒険者してたんだしさ、拙者たちが手ほどきすれば原石からピカピカのダイヤモンドに早変わり! 心配することなんてないない!」


「そうそう、クイナの言う通りだ。それによ、何も一人で戦わせるわけじゃねえ。クァン=ネイドラには先んじてリンカーナイツと戦ってる【聖戦士パラディオン】たちもいるからよ。そいつらと力を合わせりゃいいんだ」


 ダンスレイルの言葉に、二人の人物が同意する。最初に発言したのは、緑色の肌を持ち忍び装束に身を包んだゴブリンの女性、クイナ。


 二人目は赤い肌を持つ屈強なオーガの女、カレン。彼女らは率先してユウを鍛えた。いつの日か、ユウを狙う邪悪な存在が現れても自衛出来るようにと。


「わたくしとしては、やはり心配ではありますが……昔からこう言いますわ。可愛い子には旅をさせよ、と。甘やかすだけが親ではありません、時として世間の厳しさを味わわせるのも親心なのですわ」


「……ミス・エリザベートの言う通り。わたくしとしても、心配の種は尽きません。ですが、子の成長を信じ見守るのも親の役目。わたくしはそう思っています。ユウの強さは、よく存じていますからね」


 最後に意見を表明したのは、金髪を縦ロールにした人間の女性、エリザベート。そして、青い肌を持つ生ける人形……自動人形オートマトンの女性ファティマ。


 全員の言葉に耳を傾けた後、リオは微笑む。すでに、この日のために準備は済ませた。魔法を用いて銀色のアタッシュケースを呼び出し、蓋を開ける。


「……ユウ。君の無限の勇気と気高き決意に僕は敬意を表する。だから、これを持って行って。僕たちの一族が総力を挙げて開発した戦闘支援用ガジェット……【マジンフォン】を」


 アタッシュケースの中には、スマートフォンによく似た銀色の装置が納められていた。それを取り出し、ユウに手渡すリオ。


「クァン=ネイドラにいるパラディオンたちは、みんなこれを使ってリンカーナイツと戦ってる。その中で僕が最も信頼している人物に、君のことを伝えたよ。向こうで君を待ってるって、昨日連絡があった」


「ユウよ、そなたにはすでにマジンフォンの使い方は教えた。とはいえ、不慣れなことも多かろう。合流した味方を頼るといい。必ずそなたのしるべとなろう」


『ありがとうございます、パパ、ママ。ボクのわがままを聞いてくれて。まだ未熟ですけど、多くの人たちを救ってみせます!』


「ふふ、そんなにかしこまらなくていいんだよ。僕たちは家族なんだから。……だから、つらいことがあったらいつでも連絡してね。ユウの助けになるから」


 感謝の言葉を伝えた後、ユウはマジンフォンを受け取る。すると、右腕を包む篭手が変化し装置を納めるためのケースが現れた。


 タッチ画面が表を向くようにマジンフォンをケースに納め、ユウは母たちに貰った無限の容量を持つ魔法のポーチをベルト代わりに巻く。


『それじゃあ、行ってき』


「あ、待って! これも渡すよ、創世六神からのプレゼント。彼らが造った最新鋭の銃、その名も【ファルダードアサルト】!」


「六種類の【アドバンスドマガジン】を付け替えることで、様々な効果の魔法弾を放てる代物じゃ。とはいえ、今は二つしか完成しておらぬがの」


「でも心配しないで、残りは完成したら届けるから。十年前のやらかしの後始末はキッチリしてもらわないとね!」


『パパ、ママ、ありがとうござ……いや、ありがとう。ボクは行きます、苦しむ人たちを助けるために! ボクの旅を、どうか見守っていてください!』


「うん、そうするよ。でも、無茶はダメだよ。君の魂に刻み込まれた、前世のトラウマはまだ完全には癒えていないからね」


『……はい。肝に銘じておきます』


「あ、それからね……」


 ユウの力強い言葉に、リオと妻たちは頷く。が、リオはすぐに真剣な表情を浮かべ息子に警告をする。その内容は……。


「ユウ、君の魂にかけられていた隠蔽の魔法は半年前……出会ったあの日に消し去った。キュリア=サンクタラムにいる間は、かつて君を狙った存在から僕たちが直接守れていたけど……」


「クァン=ネイドラではそうもいかぬ。妾たちはリンカーナイツとは別の敵と戦わねばならん、そなたと共には行けぬ。仲間の手を借り、己自身を守るのじゃ。そのための技術と知識、力は授けたからのう」


『はい! 誰が相手でも、ボクは勝ってみせます! それじゃあ、改めて……行ってきます、パパ、ママ!』


「さみしくなったらいつでもマジンフォンで連絡してね! それと、ポーチの中にきょうだいたちの寄せ書きと激励の手紙を入れたよ! 後で読んでね!」


 リオとアイージャの言葉に頷き、ユウはテラスに作られたワープゲートへ向かって歩き出す。その後ろ姿を、家族に見守られながら。


 右腰のホルスターにアドバンスドマガジン、左腰のホルスターにファルダードアサルトを納め。ユウは旅立つ。


 不幸な前世を送り、信じた仲間に追放され裏切られた少年は今……英雄の卵として、新たな物語を紡ぐ。



◇──────────────────◇



「……ふふふ、感じるぞ。十年と半年前……憎き神どもに奪われた魂の波動を。敵地に乗り込むのは下策と避けてきたが……魔神どもの総本山、キュリア=サンクタラムから出てしまえばこちらのものよ」


 同時刻。何もない次元の狭間に、一人の女がいた。女は目を閉じ、ゾッとするようなおぞましい微笑みを浮かべている。


「今度こそわらわが手に入れてくれる。北条ユウ……お前こそがわらわの計画の要石。我が配下、リンカーナイツを使って必ずや……」


 女はそう呟いた後、目を開き手を前方に伸ばす。すると、金色に輝く円形の門が姿を現した。ゆっくりと門が開くなか、女は前へ進む。


「待っているがよい、【器の者】よ。ウォーカーの一族が最高幹部【渡りの六魔星】……【輪廻星】のネイシアがお前を手に入れるぞ。そして、マザーより与えられし使命を遂行してみせる」


 不敵な笑みを浮かべながら、女……ネイシアは門の向こうへと消える。門が閉じ、黄金の粒子となって消滅した。


 ユウが苦しむ人々を救うために旅立ったのと同じように。大地を揺るがす巨悪を操る存在も、また……己が野望を達成するために動き出す。


 こうして、果てしない戦いの運命の幕が上がった。最後に笑うのはユウか、それともネイシアか。結末を知る者は、まだいない。

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