九尾の銀狐の異邦人~チートが地味だからと追放されたので、優しいお姉さんたちと人生をやり直します~

青い盾の人

第1章─輪廻の銀狐と鍋底の大地

第1話─北条ユウという少年

「北条ユウ、悪いが君は今日限りでクビだよ。我がパーティーを抜けてくれたまえ」


『ど、どうしてですか? ボク、何か気に障るようなことしましたか……? ラディムさん』


 酒場の一角で、二人の人物が話をしていた。片方は軽薄そうな面構えの青年。もう片方は、銀色の髪をした狐獣人の少年だ。


 九本の尻尾を持つ少年……北条ユウは不安そうな顔で対面に座る男を見つめる。ラディムと呼ばれた男は、酒を飲みながら答えた。


「いいや? 地球……いや、テラ=アゾスタルとかいったか? そこからやって来た『異邦人』である君の持つ【チート能力】のおかげで我がパーティーは大躍進したよ。でもねぇ……だからこそ君に抜けてほしいのさ」


『ど、どうしてですか……』


「簡単な話だよ、君の能力【庇護者への恩寵】は華がないんだ。ひたすらに地味~な力なんだよ。それじゃあねえ、威厳ってものがないのさ。だから君はもういらないってこと。理解した?」


 念話と呼ばれるテレパシー魔法でラディムと会話していたユウは、あまりにも酷い言い草に絶句してしまう。恩人として感謝されこそすれ、こんな扱いをされるいわれはない。


 だが、気弱な少年はそれを主張出来なかった。沈黙しているユウを見ながら、ラディムはさらに心ない言葉のナイフを突き刺す。


「あとはそう、それだ。君はかなりの吃音きつおんだろう? それもよくないね、そんな真人間じゃない奴がいるとはあれば我々のステイタスに傷が付くんだよ。他のみんなにも不評なんだ」


『真人間じゃ……ない……』


「そういうこと。ま、安心したまえよ。君はハンサムな僕とは違うベクトルで……うん、童顔系ってやつだね。パーティーを抜けても男娼として食っていけるさ! ハハハハ!」


 あまりにも酷い言葉を浴びせられ、ユウはうつむいてしまう。他人に話を聞かれないよう、ラディムがわざと人気のない酒場をに少年を呼び出したため助けてくれる者はいない。


「じゃ、そういうことで君との関係も今夜限りだ。どうせたいした荷物もないんだから、このままどこへなりとも行きたまえよ」


『……ボクは、あなたを信じてました。身寄りのないボクをパーティーに入れてくれた恩を返そうって、思ってたのに……』


「いらないよ、今となっては君は用無しだ。この大地広しといえ、君を必要とする者なんていないよ! ハハハハ!」


 もはや何かを言う気力も失せたユウは、無言で酒場を去る。ラディムが言ったように、ユウは宿に取りに戻るような荷物はない。


 動きやすい安物の革の鎧一式、それが彼の全財産。トボトボと夜の道を歩く彼の脳裏に、前世の記憶がよみがえる。


『こっちは必死に腹を痛めてあんたを産んでやったのに! 私の完璧な人生によくも! 泥を塗ってくれたわね……この出来損ないめ!』


(……生まれ変わる前も後も、やっぱりダメだったなぁ。ボクを必要としてくれる人なんて、どこにもいないんだ)


 前世のユウは、親から酷い虐待を受けたった五歳で命を落とした。だが、彼は異世界に転生し第二の生を受けることとなった。


 転生してからずっと親もなく、十年間必死に生きてきた。誰かに必要とされたい、その一心で。だが、現実は非常だった。


『もう生まれ変わるのは嫌だな……。今度死んだら、永遠に眠れるかな……』


──いいや、君が眠る必要はないんだよ。ようやく見つけたよ、ユウ。ずっとずっと探していたんだ、君のことを──


 誰にも必要とされないなら、二度目の人生を生きる意味などない。ひっそりと生を終えようかと思っていたその時。


 どこからともなく声が響き、ユウの視界が白い光に包まれる。気が付くと、広い神殿の中にいた。何が起きたのか分からず、混乱するユウ。


 そんな彼の元に、二人の男女が転移してきた。青い髪が特徴的な、人懐っこそうな顔付きの小柄な少年と銀色の髪が美しいキリッとした女性。


 どちらも褐色の肌を持つ、猫の獣人だ。


『あの、お二人はどちら様ですか……? それに、ここはどこなんですか?』


「順を追って説明するね、まずは名前から。僕はリオ、隣にいるのはアイージャ姉さま!」


「妾たちは【ベルドールの魔神】と呼ばれる、神々の氏族の一つに属する者たちじゃ。そして……神々の主流である【創世六神】と共に、そなたを転生させた者でもある」


『え……!?』


 二人の言葉に、ユウは驚く。そんな彼に歩み寄り、リオという少年は優しく抱き締めた。


「僕の血と創世六神の魔力で君の身体を創って、地球……テラ=アゾスタルから転生させたんだよ。ユウの魂を狙う、悪い奴から守るために」


『どういう、ことですか?』


「ユウよ、そなたの魂には強い力が秘められておる。それを狙い、テラ=アゾスタル人を転生させている邪悪な『何者か』が動き出したのよ。ゆえに、我らが先手を打ちそなたの魂を確保した。……まではよかったのじゃがな」


 そこまで言ったところで、アイージャは顔を伏せ言葉を濁す。少しして、申し訳なさそうな表情で続きを口にした。


「神々がテラ=アゾスタル人の転生を行うのは、そなたが初の事例でのう。おまけに、そなたを狙う存在に感付かれないよう強力な隠蔽の魔法を施したのじゃが……」


「不慣れなことが多すぎて、赤ん坊として転生した君を別の大地に落っことしちゃったんだ。僕と姉さまたちの家族に迎え入れ」


『ちょ、ちょっと待ってください。お二人は……夫婦なんですか? 姉弟ではなく!?』


「なんて言えばいいのかな、血は繋がってないけど魂は繋がってるみたいな……。とにかく、僕と姉さまは夫婦でもあり姉弟でもあるんだよ!」


「うむ、ちなみにリオには妾を含め妻が六人おるぞ。みな、そなたの新たな母でもある」


『え、ええ……?』


 あまりにも突拍子のない話に、ユウは全くついて行けなかった。だが、一つだけ理解出来たことがある。それは、目の前の二人について。


 リオとアイージャは、自分への大きな愛情を持っている。それだけは、心が傷だらけになったユウにも伝わった。


「ごめんね、数え切れない数の大地……地球風に言えば世界があって。君を探し出すのに、十年もかかっちゃった」


「隠蔽の魔法は、妾たちにすら効力を発揮してのう。魔神の一族が総力を挙げてなお、探すのに時間がかかってしまった」


『リオさん……アイージャさん……。二人は、こんなボクを……前世でも、今世でも。誰にも必要とされなかったボクを、受け入れてくれるんですか?』


 恐る恐る問いかけるユウに、リオたちは頷く。彼らはずっと後悔していた。十年前、大きな過ちを犯してしまったことを。


 だからこそ、ユウを見つけ出すために全力を尽くしてきた。大切な息子を、家族に迎え入れるために。


「もちろんだよ! 十年前、君の魂に触れて前世の記憶を見た。……だから決意したんだ。君に、家族の愛を知ってほしいって」


「そのために妾たちは創世六神に直談判したのじゃ。そなたを妾たちの一族に座するため、力を使わせてほしいと」


「だから、心配しなくていいんだよ。今日から君は、僕たちの家族なんだから!」


『う、うう……ひっく、うわああああん!!』


 二人の言葉を聞き、ユウはとうとう泣き出してしまった。悲しみではなく、心からの喜びで。


 前世では吃音のせいで親に虐待されて命を落とし、転生してもまた吃音のせいで誰からも必要とされず。


 冒険者になるまで、ひとりぼっちで生きてきたユウはようやく……心から自分を必要としてくれる『家族』に出会えたのだ。


「よしよし、たくさんお泣きよ。僕でよければ胸を貸すからさ」


「うむ、今日は良き日じゃ。帰ったら宴をせねばなるまいな」


「そうだね、姉さま。ユウが落ち着いたら帰ろっか。僕たちの住む大地……キュリア=サンクタラムに!

ユウのきょうだいがたくさんいるから、みんなに紹介しなきゃね!」


 ユウを連れ、リオたちは帰還する。自分たちの住まう大地へと。そこでユウは出会うことになる。アイージャを含む六人の母と、数え切れない数の兄や姉たちに。



◇──────────────────◇



『わあ……凄い、街が空に浮いてます!』


「驚いたかな? ここは天空都市リヴドラス、僕が治める国……神聖ヴェルド=ラージュ帝国の首都なんだよ!」


 光に包まれたユウたちは、リオとアイージャの故郷へと移動した。遙か天の頂に浮かぶ巨大都市の威容を見て、ユウは感動していた。


「さ、こっちじゃよユウ。この先に妾たちの居城、グランゼレイド城があるでな」


『パ……パたちって、その……物凄く偉い方たちなんですか?』


「ホホホ、偉いなんてものではないぞえ。何しろ、妾たちはこの大地を救った英雄じゃからのう。ま、昔話はのちのち聞かせようぞ。まずは……」


「城に戻ってみんなにユウを紹介しなきゃね! みんな喜ぶよ、一族総出で探してた弟が見つかったんだからさ!」


 城へ向かって歩く道すがら、すれ違う人々はみなリオとアイージャに親しげに声をかけてくる。多くの人々に慕われているんだなあと、ユウは心の中でそう思った。


『そういえば、一族総出……って言ってましたけど。何人いるんですか?』


「んーとね、子世代だけでもう四千人は超えたよ。なにせ千年以上生きてるからね、僕たち!」


『そ、そんなにいるんですか!?』


「うん、大半は他の大地の守護者として巣立っていっちゃったけどね。何千回繰り返しても寂しくて泣いちゃうんだよね、立派に巣立ってくれるのは嬉しいんだけどさ」


「ま、それはそれこれはこれというやつじゃ。親というのは、多くの喜びと寂しさを味わうものよのう」


 そんなことを話していると、ついにグランゼレイド城へたどり着いた。跳ね橋を渡り、白亜の城の正門をくぐり抜ける。


「ユウ、ちと耳を塞いでおれ。今からリオがこの大地にいる一族を呼ぶからの」


『は、はい』


「よしよし、耳は塞いだね? それじゃあいくよ。すぅー、はぁー。おおーーい!! みんなー!! ユウを見つけたよ、おいでーーー!!!!」


 息を吸い込み、凄まじい音量で叫ぶリオ。耳を塞いでなお届く声に、ユウはくらくらしてしまう。その直後、中庭に大量のワープゲートが現れる。


「父上からの招集だ、全員整列!」


「わー、ようやく見つかったんだ! ちぇー、一番に見つけてやろうと思ってたのにー」


「よかった……この十年ずっと探してた甲斐があったってもんだな! ハハハ!!」


 瞬く間に、百人近い獣人たちが集まった。種族もてんでバラバラ、中には鳥や魚類等の獣人もいる。彼らを見て、ユウは悟る。


 これからは、彼らが自分の家族なのだと。それを自覚したユウの目から、嬉し涙が流れる。


「んー、流石によその大地に探しに行ってる子たちには聞こえなかったかあ」


「そやつらは妾が後で呼ぶでな、問題あるまい。さ、行こうぞユウ。今日からはここがそなたの家じゃ。遠慮せず団らんを楽しもうぞ」


『……はい!』


 アイージャの言葉に応え、ユウは一歩踏み出す。この時、少年はまだ知らなかった。今この瞬間から、新たな運命が動き出すことを。


 誰からも愛されなかった少年が、英雄になる物語が幕を開けるのだ。

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