2星は一等星へ生まれ変わる

雅N

あれから何年が経っただろう。今、私は舞台の上にいる。私が住んでる場所は周りに田んぼしか見えない田舎で、大勢の人が寄り付くような観光地ではない。地方では演劇に力を入れている高校もあるらしいけど、うちはそうではないどころか中学も高校も演劇部があるような学校はなかった。故に県内にある若者も受け入れてくれる劇団を探し、成人した私はそこに入団した。その劇団の人たちは皆、温かく接してくれて、それまで芝居を碌に経験してこなかった私を自分の子のように可愛がってくれた。しかし、稽古となると話は別。そんなに甘くはなかった。


「はい、今のセリフもう一回!」

「はい…」

「返事ははっきり!」

「はい!」


雅N

当たり前のことを注意され。


「あなたのことが、好きでした」

「違うんだよなぁ。もっとさ、本気で相手に告白して!自分が好きだと思ったんでしょ?だから全力で言ってんでしょ?なんとしてでも成就させなさい。相手を少しででもいい。振り向かせたらあなたの勝ち!」

「はい!」


雅N

演技指導は細かく。


「お疲れ様でした!ありがとうございました!」


雅N

それでも始まりと終わりの挨拶は清々しく気持ちの良いものだった。皆が各々帰っていく。「お疲れー」とか「ばいばーい」とか「またね!」とか、そういう声や言葉が行き交う。それを尻目に私は台本に今回受けたダメ出しや自分で感じたメモを書き込んでいく。しばらくして、無音になったなと思い顔を上げたら誰もいなかった。私一人だ。


「……」


雅N

今日の稽古場は私たちが公演を予定する施設の中にあるホールだ。しかも、一番大きな大ホール。最大収容人数はなんと、400人を超える。袖近くで作業していた私は、おずおずとステージを移動する。珍しいものでも見るかのようにゆっくり、ゆっくり。そして舞台の中心に立ち、そこから見える客席を眺めた。


「うわぁ……!」


雅N

舞台はまだ照明が落とされていなかったのでこちらからは客席は薄暗く、見上げた客電は無数にあり、まるで満天の星空のようだった。


「綺麗……」


雅N

無人なので響くは私の呟きのみ。一時的にではあるが、この空間全てを独り占めできるその時間は、私の中でとても尊いものだったと思う。


「こういう感情ですらも、あの人は味わっていたのかな…」


雅N

そう。そもそも私がここにいる理由はあの人なのだ。客席から舞台を見ていただけだった私は、今度は舞台から客席を眺めることになった。視界が入れ替わっただけなのに、こんなにもワクワクしている自分がいる。見えない壁で客席とステージが隔たれているだけだというのに、皆同じ空気を吸っているはずなのに、舞台(ここ)は、なんだってできる。どこにでも行けるし誰にだってなれる。それはまるで。


「……魔法の国だ」


雅N

そして、そこに住んでいる私たちは、魔法使いだ。不思議な術でお客さんに魔法をかけてあげられる。


「ああ、だからか」


雅N

だから私は魔法に囚われて自分も魔法使いに憧れ、ここへ辿り着いた。そしてまた、あの時の私のような子に魔法をかけるんだ。終わりのない連鎖のようで。とても素敵なことで。


「まったく…叶わないや」


雅N

決して絶えることのない文化の仕組みを今更理解した私の声は、遠く遠く。高く高く。無限の星空へと消えていった。


END

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魔法の国 まなじん @manajinn-tanigami

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