あゝ神様、お酒をやめたいです 

ぽんぽこ@書籍発売中!!

第1話 昨晩はおたのしみでしたね


「今まで色んな患者を見てきましたけど、入院初日の隔離室で自慰オナニーをしたのは貴方が初めてですよ? おはようございます、アルコさん」



 困惑と苛立ちの混ざった男性の声。

 分厚い金属製扉を開け、朝食を片手に入室してきた白衣のイケメン天使は朝の挨拶と共に、とんでもない爆弾を放り投げてきた。



「なっ!? どうしてバレ……」

「ここは隔離室ですからね。監視カメラが付いているんですよ。残念ながら、アルコさんの動向はここへ来た時から全て筒抜けでした。……ちなみにご家族の同意は事前にとってありますからね」


「(見られていた!? 私の恥ずかしい行為が、全て……?)」


 挨拶を返す余裕もなく、私の頭の中で彼の言葉が何度もこだまリフレインする。ベッドの上でシーツみたいな薄い掛布団を被ったまま、私はご臨終を迎えた死体のように固まっていた。


 核爆弾級の発言をしたイケメンは私の有り様を見て苦笑いを浮かべながら、トーストの乗ったトレーをベッド横の机にコトリと置いた。


 なぁにがイケメン天使だ。コイツはとんでもない死神じゃないか。ならいっそ、ひと思いにその鎌で私の首をかき切ってくれたまえ。



 白い死神君が言った通り、ここは厳重にロックされた隔離室だ。清潔と安心感がモットーな病院とは到底思えない、牢屋のような重々しい空気が漂っている。


 自殺が出来ないように無駄なインテリアは一切置かれていないし、トイレの紙すら無い。その代わりに、巧妙に隠された監視カメラがどこかにあるようだ。


 動物園のパンダもビックリな徹底的に管理された部屋で、私は人生史上、最悪に近い朝の目覚めを経験していた。



「あとコレは黙っていようかと思っていたんですが、どうして入院時の持ち物の中にコンドームなんてあったんですか? ねぇ、アルコさん。横向いてないでちゃんと僕の話を聞いてくださいよ。貴方、病院をラブホかなにかと勘違いされてませんか?」


「……出来ればそれは、退院するまで黙っていてほしかったんですけれど」


 この白い死神、違うトドメを刺してきやがった。

 どうしてゴムを持ってきたのかって? そんなの私だって知らんわ!



 確かに昨晩、私はこの依存症治療専門の精神科病棟に入院してきた。

 その時に『お前は海外旅行でもするつもりか』ってぐらいに、たくさんの荷物を持ち込んだのも事実だ。


 だけどその時の私は、私であって私じゃない。別のトチ狂った私がそんな馬鹿げたことをやらかしたんだ。



「まぁその話はいずれ。今日からアルコさんは治療のプログラムに参加していただきますので、今から準備してくださいね。――服は着てくださいよ?」

「ふくっ……」


 まずい、ついさっきまでイタしていたこともバレている。

 ショックで口をパクパクさせている私に向かって、白い死神――シラカミさんはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。



「何か質問はございますか?」

「い、いえ……準備いたします」


 いやだ、と言いたいが……そんなの無理に決まっている。


 私から敬語まじりの同意をもぎ取ったシラカミさんは満足そうに「頑張りましょうね」と微笑んだ。



「はぁ、もう死にたい……」


 いくら溜め息を吐いても仕方がない。

 シラカミさんが居る限り、私の逃げ場はあの世にも無いようだ。


 こうして私の3カ月間にも及ぶ、アルコール依存症との壮絶な戦いの火蓋が切られたのであった。

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